殿下は私を追放して男爵家の庶子をお妃にするそうです……正気で言ってます?

重田いの

第1話


「ベアトリーチェ、僕はお前との婚約を破棄し、トロイ男爵家のプリティーを新しい婚約者にする。よって今日限りで出ていけ」


「……正気で言ってます?」


 おっと、思わず本音が口から転げ出てしまいました。

 口を押える私をこの国の第一王子、トンマーゾ殿下はギロリと睨みつけます。


「お前のそういう態度が気に入らないのだ! なんだ、自分は冷静沈着ですとでもいうつもりか!? 泣き出すなりすれば可愛げがあるものを」


「は、はあ……殿下は将来の国王陛下であらせられますが、お妃様がそのう、庶子の方ではふさわしい立ち居振る舞いも難しいでしょう。そこのところはいかがなさるおつもりで?」


「フンッ、そんなこと」


 殿下はドヤァ、と胸を張りました。


「プリティーの愛らしい仕草があれば臣下のみならず各国の大使さえも態度を変えること、請け合いだっ」


「ひええ」

 ば、ばかだ。ばかがいる。


 とドン引きした私の態度がよほど気に障ったのでしょうか、殿下はギリギリ歯ぎしりをするなり、パンと手を叩きました。


 ドカドカと、正装した騎士姿の男性たちが部屋になだれこんできました。

 ああ、殿下が特別に召し上げた平民出身のニワカ騎士……ごほん、平民から取り立てられたとても優秀な、殿下親衛隊の方々ですね。


「ベアトリーチェ・ロレア・スフォルツァ! この日をもって貴様との婚約を破棄するゥ!」


 殿下はばっと手を振り、気持ちよさそうに叫びました。


「騎士たちの正義の刃をくらってこの城から逃げ出すがよいぞ! フハハハアー!」


 そんなわけで私は、ぺいっと王城から放り出されてしまいました。

 門番に事情を話して実家に連絡してもらい、馬車で迎えに来てもらいました。


 死ぬほど恥ずかしかったです。



 ***



「な、何をどうしたらそんなことになるのだ……」

 お父様は呆れてものも言えなくなっておりました。


「あまりにもあまりすぎますわねえ……正妃様には言っておきますわね」

 お母様は扇で顔を仰ぎつつ、ぐったりしておりました。


 私は転地療養の名目で田舎の領地に引っ込みました。


 トンマーゾ殿下とトロイ男爵家のプリティー様は、あっという間に婚約を飛び越えて結婚なさいました。なんでも予想以上に反対派が多く、ならとにかく既成事実を作ってしまえ、えいってことだったらしいです。


 プリティー様はすぐに妊娠なさいましたが、おかわいそうに流産なさってしまいました。


 次も、その次の御子様も。

 次の次も。

 次の次も。

 次の次も。

 次の次も。


 本当に、おかわいそうに……。


 いくら今、王家に王子様はトンマーゾ殿下しかおられないと言っても、たかが男爵家の、しかも庶子なんかが産んだ御子を王族として認めるわけにはいきません。


 ――そう考えるのは私だけではありません。

 この国の貴族階級全体の総意です。


 なぜなら権威あるおうちの正妃からお生まれにならなかった王子様が次代国王ですと、諸外国に侵略の口実を与えてしまうからです。


 この半島のあらゆる国々は、王族、貴族が入り乱れた血縁模様を描き、わかちがたく結びついています。

 結婚によって外国に嫁ぐ女性、婿入りする男性は珍しくなく、げんにトンマーゾ殿下のお母様であられる正妃様は隣国のお方です。


 我々貴族というより平民に近しい男爵家の血が王家に混ざれば、それは混血と受け取られるでしょう。

 血が濁った王家など、外国の王家からしたら侮りの対象でしかありませんもの。決して、そんなことはあってはならないのです。


 プリティー様は転地療養の名目で田舎にお行きになりました。奇しくも、私と同じように。


 そこでとうとうお亡くなりになったといいますが、おそらく毒殺でしょう、これまで御子様を失ったのと同じように。


 トンマーゾ殿下はプリティー様がいなくなると大喜びで女遊びをはじめ、なななんと私にまで手紙がきました。


 婚約破棄の件は悪かった、過去のことは水に流して楽しもうじゃないか。


 元婚約者にこんな手紙を送るなんて。

 びっくりしすぎて転写してあらゆるお友達に送ってしまいました。ふふ。


 次代の国王は国王陛下の弟君である公爵閣下と決まりました。

 だってプリティー様の御子様はお腹の中で育たなかったんですもの。当然、夫であるトンマーゾ殿下の種になんの問題もないわけではない、と考えるのが自然でございましょう。


 トンマーゾ殿下はそれに強く抗議なさり、あの子飼いの騎士などに命じて公爵邸を襲わせ、自らも剣をとってそれは大暴れをなさったそうです。

 衛兵に取り押さえられ王城の地下に投獄されても、なんで俺は王子なのに捕まったんだ? と不思議そうにしていたとか。


 ほどなくして、トンマーゾ殿下は食中毒でお亡くなりになりました。

 鉄格子の中で、たった一人。

 誰にも看取られることなく。


 毒殺をお命じになったのは国王陛下でしょうか、正妃様でしょうか。

 一人息子を失わなくてはならなかったお二人の御心に、せめて平穏あれかしと願ってやみません。


 王家には、完璧な人間以外の血が混ざってはならないのです。身体が弱かったり生殖能力に問題があるなど言語道断です。


 私も、誰からも文句のつけようがないほど立派な貴婦人として生きる覚悟をしています。

 なんでかって?


 ちょうど田舎に引っ込んですぐくらいでしたでしょうか、お忍びで視察にいらしていた帝国の皇太子殿下と恋に落ち、次代の皇太子妃と決まったからですの。


 皇太子殿下――アルフォンシーノ様は素晴らしいお方です。

 数々の戦争を勝ち抜いた歴戦の勇士であり、誰よりも優しく賢く、そして愛らしくていらっしゃいます。


「殿下、殿下は愛らしいお妃様が欲しいとはお思いになりませんの? 私は背も高いし、気も強いし、勉学も嗜みます」


「それの何があなたの魅力の妨げになろう。俺はあなたのすべてが愛おしく、愛らしく見えてたまらないのだ」


 私たちは微笑みます。

 花びらが、祝福するかのように降り注ぎます。


 私は今、とても幸せ。

 帝国に嫁入りするときは、すぐそこです。


「いこう、ベアトリーチェ嬢」

「ええ、アルフォンシーノ殿下」


 結婚したら敬称なんてやめて、名前でお互いを呼び合うと決めています。ええ、そういう線引きはきちんといたしませんと。


 私たちはこれから長い人生を、ともに寄り添い、助け合い、完璧に完全無欠にこなしていくと決めたのですから。

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殿下は私を追放して男爵家の庶子をお妃にするそうです……正気で言ってます? 重田いの @omitani

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