第一章 砦墜とし編・4
「アコ、アナタには力があるのです。それを信じるか否かは、アナタが決める他はありません……そしてこの事実を周りが知った時はどうなるか、聡明なアナタは既に分かっているはずです。わたくしは、庇い切れないでしょう。相手は国王ですから」
それは死刑宣告であった。
アコニタムがこの国に居続けることを国王は許さないだろう、という事だ。
当然である。彼女を生かしておけば、国内各地で無数の犠牲者が出るはずなのだから。
巫女長はこう言いたいのだ。
自分の意志で国を出るか。それとも国王の沙汰により追放されるか、もしくは後顧の憂いとなるのを未然に防ぐため排除されるかだ。
最悪、いや国にとっては次善の策として、追放ではなく即処刑もあり得る。
「わかります。分かっています! 私だってきっと、そんな危険な人が近くにいて欲しくないと思うから……でもこんなの、あんまりだ」
自分の感情を押し殺して魔物が蔓延る外の世界に出れば、巫女長だけが彼女の英断を記憶してくれるが、他人は誰も自分を慮ってはくれないだろう。
そして弱さに屈し、我を通せば、自分は世紀の殺戮者。魔王を嗾けた国賊になってしまう。
孤独か罪過か。修羅か畜生か。選択の余地は無かった。
「巫女長の力を貸してください。私だけじゃ、何にもできないんです。この【空白絵札】は、そういう力なんです」
覚悟はできていないが、アコニタムは精一杯自分のできること、できないこと、やらなければいけないことを考えた。
「明日早朝に旅立ちます。巫女長の知恵と、人脈と、それから僅かながら施しを下さい……足掻いてみます。恐ろしくてどうしようもないけれど、進まなくちゃいけないと思うから」
巫女長は頷いた。アコニタムの決断を無為にしないためにも、彼女は限られた時を最大限使うことを誓った。
「全力を尽くします。アナタのできることを補強して、アナタに必要な物を可能な限り用意してみせます。参りましょう、先ずは人手がいりますので」
巫女長はそう言うと、机の引き出しの鍵を開けて貨幣の入った小袋を取り出し、そこから数枚の金貨を抜き取ってから、残りが入った袋をアコニタムに渡した。
「金貨です。20枚もありませんが、外の世界では使えません。全てここで使い切ってください」
ポンと数年分の給金に匹敵する額を渡されたアコニタムは、これから自分の価値観が壊れることを察した。
◇
アコニタムと巫女長は巡礼用の旅装を急いで支度し、王城へ向かう直前だった教皇を捕まえて大雑把な報告を済ませ終えると、そのまま門前町に駆けだした。
当然教皇は半信半疑、とまではいかないが、余りにも突拍子の無い話しに困惑し、実際に呪いを受けたアコニタムの首を見て度肝を抜かれていた。
詳しい説明は巫女長が晩餐会の前に国王を交えて行うことを約束し、歓迎式典の欠席と諸々の手回しと手続きを願って辞去した。
風のように颯爽と駆けていく二人を見送った教皇は、第一聖堂の回廊で茫然と立ち尽くした。
◇
第一聖堂の守衛の敬礼を雑に返礼して門を潜った巫女長と、その数歩後ろを追従しながら律儀にお辞儀をしながら立ち去るアコニタム。
門前町に躍り出ると巫女長はアコニタムが覚醒したという能力、【空白絵札】についての質問を早口に尋ねた。
前を殆ど見ずに、駆け足で道行く人たちを器用に避けていく巫女長。その姿を見ておっかなく思いながらも、アコニタムは自分が分かる範囲で【空白絵札】の仕様を伝えた。
そもそも【空白絵札】の特異性はアコニタムの超常的な入力性能に端を発している。だが本人もそれを自覚していない――そもそも人と比較したことがなかった――ため、こういう事が出来そうです、という何ともざっくばらんな説明しか伝えられなかった。
例えば、絵札が空白のままであれば、奇跡や術式を封じ込めることができる。(現状では中位中級まで。)
無生物(死骸)を封じ込めることができる。
魔道具・宝具・聖具・呪具を封じ込めることができる。
生物・魔物・聖獣・妖精・精霊を封じ込めることができる。
封印したものは自分の意志で開放でき、それを使用、使役できる。
消耗したものは霊晶を必要量つぎ込めば復旧することが可能になる。
また一度使用した奇跡や魔術も属性の一致する霊晶を与えることで再使用が可能となる。
開放する時に絵札に表記された、もしくは自身が筆記した名称を呼ぶ必要がある。
同一名称の魔物の絵札は合成することができる。強化合成は奇跡や呪術でも可能で、無生物でも名称が一致していればできる。
絵札の開放位置は自分を起点として半球状に三歩先までとなる。無生物は名称として表記された量が纏めて解放される。
当然だがこれらには幾つも条件や縛りが存在していて、それも含めて聴いた巫女長はなんとも形容しがたい表情をしながら唸った。しかしまあ、それ以上に強力無比であることに違いはないが。
「つまり、アナタはその絵札が空白である限り、大抵のものを自分の力として取り込み振るえるわけですね?」
「ですが、元になる対象がなければ無力です……。私は低位低級の治癒の奇跡を日に数回しか使えません」
肩を落とす少女に向かって危うく巫女長は、なに言ってんだコイツ? と言いそうになった。
「いい? 相手が中位中級の術士(メイジ)の集団でしたら、向こうの力を奪いながら簡易術式起動用経典(インスタント・スクロール)をその場で量産して、それを即座に使えるという事なのでしょう。相当ふざけた力です……お分かり?」
そんな場面を想像したことがないアコニタムは首を捻っていたが、それも無理からぬことだった。彼女は隔世された環境で育ち、神の声を聴くことを生業としていたのだから。
なお、巫女長は巫女時代に戦場を経験している。
若作りだが、アコニタムとは倍以上の経験を積んでここにいるのだ。
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