夜姿
窓烏
お眠り、いい子だから。父様に怒られてしまうよ……
乾き残った雨粒が頬を濡らした。きっとそうだ。湿り気が残る土の壁にもたれ、眠りの残り香を吐き出した。霧と硝煙に紛れて散っていった。
もうじき時間だろう、見張りの交代に行かなければ。小銃を担ぎ、塹壕の底を這う。治りかけた傷がきりきりと痛んだ。
熱帯の夜風が吹き付ける。潮の香が鼻をくすぐる。空を仰げば、雲の間に光る星が映る。いい夜だ。
草葉のさざめきの中を漂う声が聞こえた気がした。歩みを止め、耳を澄ました。優しげな、そして安らぐ声を聴いた。母様の子守唄のように、私を包み込む。
母様はどうしているだろうか。先日の電報では随分と心配なされている様子だった。ただ一人残った息子を大洋の孤島に送られ、寂しい思いをしているだろうか。
国のため、そう覚悟は決めてきた。命を捧げる覚悟だ。というのに、存外揺らぐものだ。女々しいぞ、これでは申し訳が立たない。笑顔で送り出してくれた母様に、黄泉の兄様に。
また声がした。不思議なほど、あの声は母様に似ている。きっと、夢なのだろうな。
だが、もし……本当にそこに居るのならば……。
さあ、おいでなさい。
親孝行に、罰は当たらないだろうな……。
父様があなたに会いたがっていますよ。
父様は……。
ああ、
夢か、やはり。
濡れた瞼を開く。雨粒だ。きっとそうだ。
夜姿 窓烏 @mad0_crow
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