生きた証

ムーゴット

第1話

初老の男は、パソコンに向かっていた。

動画の編集作業。

といっても、今回は特殊な効果や細工は無し。

ただただ、素材を淡々と繋げていく。

とても短調で、退屈なはずの作業。

だが、男は、素材の一つ一つを確かめながら、

時にニンヤリ、時に遠くを見つめ、目を細めながら作業を進めていく。


男は、10年ほど前のことを思い出していた。





「じゃあ俺、先に出るから、瑞紀みずきも気をつけてね。」


「はーい、いってらっしゃーい。」


「職場復帰初日なんだから、無理するなよ。」


「ありがとう。ほら、遅れるよ、いってらっしゃい、おとうさん!」

子供の手をとって、バイバイさせるのは、

今日から産休明けの新米おかあさん、瑞紀みずき

まだつかまり立ちも怪しい長男も、今日から初保育園だ。


「着替えとオムツとお布団と、後、お帳面ちょうめんと、、、。」


「あれー、スマホどこいったっけ?」


「あれー、財布はどこぉ!?」


「あーーーー!臭うぞ!うんち出たね!」

「もう、遅刻しちゃうよぉ!

はい、じっとして、圭介けいすけ、オムツ替えますよぉ!」





ようやく準備も整い、玄関を出て、車に乗り込み、

子供をチャイルドシートに収める。

運転席に腰を下ろしたところで、

「あれ、玄関 施錠せじょうしたっけ!?」

「!?!?!?」


気が付かなかったことにして、このまま出発しよう。

、、、というわけにもいかず。

「ええぇい!しっかりしろ、わたし!」

車から飛び出して、玄関に戻る。

ガチャ!ガチャ!

ドアノブを二回連続引いてみるが、ドアは開かない。

施錠せじょうしてあったじゃない!」

「もう!やだよーー!出発するよ、圭介けいすけ!」






また、別の日の朝。

ブウンン。停車する車。


「保育園着いたよぉ、圭介けいすけ。」


「おはようございまーす。お願いしまーす。」


「はい、圭介けいすけくん、おはよう!」

「いってらっしゃい。」


保育園の先生は、保護者をいってらっしゃい、と送り出してくれる。

親になってみて、初めての気づきがたくさんある。


「あれ!そういえば、自宅玄関は施錠せじょうしたんだっけ!?」

一度不安になると、もうなんともならない。

無意識だけど、いつものルーティンで施錠せじょうしてるはず。

でも施錠せじょうした記憶がない。

気づかなかったことにして、職場へ急ごう。

、、、そんなわけにもいかず。

「もうぅ!しっかりしてよ、わたし!」


大きな時間のロスだが、自宅へ戻って、確かめる。

ガチャ!ガチャ!

ドアノブを二回連続引いてみるが、ドアは開かない。

施錠せじょうしてあったじゃない!」

「もぅーーーぉう、いやだ!こんなことで遅刻だなんて。」

慌てて職場に電話を入れる。







またまた別の日の朝。


瑞紀みずき、今日は俺、出先から直帰ちょっきになるから、早く帰れるよ。

保育園のお迎え、俺が行こうか。」


「あーー助かるぅ!今日買い物行きたかったのよ。

ナイスタイミング!よしく!」


「じゃあ、先に出るから。あと頼むね。」


「はーい!いってらっしゃーい!」


圭介けいすけ!いってきます!」


「いってらっしゃい!おとうさーん!」


「あぁーぶぅー!」






「先生、今日のお迎えは父親が来ますので、お願いしまーす。」


「はい、わかりました。いってらっしゃい。」


保育園経由で職場へ車を走らせる瑞紀みずき

信号待ちでふと思いがぎる。

「あれ、玄関 施錠せじょうしたっけ!?」


無意識だけど、いつもちゃんとできてるよね。

記憶にないけど、ちゃんとしてるよね、いつも。

ここまで来て、自宅に戻るのも、なんだかなあ。

「うん、信じてるよ、わたし。」





今日は久しぶりに落ち着いて買い物できるわ。

圭介が一緒だと、たくさんの買い物荷物抱えられないもんね。

「あっ!トマト安い!」

「あっ!お肉も!」

「今夜の晩ごはんは、ちょっと腕を振うぞ。」





帰宅のタイミングは、ほぼ同時となった二人。

自宅前の駐車スペースに二台続けて入庫する。

「ただいまぁ!」


「ただいま!」


「同時だったね。」


「同時だった。」

「まず圭介けいすけ入れたら、荷物手伝うよ。」


「ありがとう、お願いね。」


子供を抱えた男が先に玄関ドアに手をかけた。

開錠かいじょうしようとするが、、、。


「あれ!かぎかかっていないよ!」


「え!うそ!」


「ちょっと、圭介けいすけと ここで待ってて。中を確認してくる。

何かあったら警察に電話して。」


「わかった。」


空き巣狙いが居直り強盗になることを考えて、

室内をあらためるが、誰もいないし荒らされた形跡も無し。


「大丈夫みたいだ。ということは、、、。」


「、、、ということは。

わたしが施錠せじょう忘れたんだ。ごめんなさい。」


「う、、ん、、。

実は、言ってなかったけど、前にも一度あったんだよ。」


「ぅ!ごめんなさい。」


「物が盗られるだけでは済まないこともあるからね。

瑞紀みずき圭介けいすけが怖い思いしても嫌だから。」


「うん。」


「二度あることは三度、にならないようにね。」


「うん。ごめんね。」


「よし、腹減ったよ。

今日は俺も手伝うよ。ご飯作ろ。」


「うん!」

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