ビクトリーラーメンマンシリーズ第6弾 出世茸

ロックホッパー

 

  ビクトリーラーメンマンシリーズ第6弾 出世茸


                           ―修.


 「甲斐さん、ちょっとよろしいでしょうか。」

 俺は課長から声を掛けられ、課長の席の前に立った。今度赴任してきた課長は、なんと二十歳前の男性である。三十近い俺からすると、どう見ても若造というか、青二才にしか見えない。当初は、なんでこんな奴が課長なのかと思ったが、人事の知り合いにこっそり聞いたところでは、この課長は飛び級に次ぐ飛び級で入社前に博士号まで取った秀才らしい。そして、入社後1年もせずに、課長に昇進することになったそうだ。もちろん、そんな秀才がなぜうちのような部署に来たのかは知り合いも謎だと言っていた。まあ、幹部になる前に色々な部署で経験を積むということなのかもしれない。

 まだまだ若い課長とは言え、言葉遣いが丁寧で年上を尊重してくれるのはありがたかった。以前の女性課長はやり手で優秀だったが、そのせいか、たぶん俺はその他大勢の一人ぐらいにしか思っていない節があり、なんとも職場がやるせなかった。


 「甲斐さん、甲斐さんのプロフィールと実績を見せて頂いたのですが、甲斐さんの鋭い味覚と強運を生かして、是非お願いしたい仕事があるんです。」

 「え、なんですか。そんなにもったいぶらなくても、言ってもらえばなんでもやりますよ。」

 今までの課長達は俺の都合など聞くことはなく、次はどこどこの星に行けと一方的に指示を出していた。俺は課長の丁寧さに感心するだけでなく、この課長なら間違いなく幹部にのし上がるであろうことを思うと、少しでも自分を売り込んでおきたいという気持ちも芽生えていた。

 「甲斐さん、ありがとうございます。実は自分の知り合いにキノコ採りの名人が居るんですが、おいしいキノコが見つかったので食べにおいで、と誘いがあったんです。」

 「え、どこか別の星ですよね。送ってもらえばいいんじゃないですか。」

 「行く先は『ULLAUS J1671 + 0928星』、通称『キノコ星』なんですが、それが、かなり繊細なキノコで、採ってから鮮度がすぐに落ちるらしいんですよ。ですから、確かな舌を持つ甲斐さんに是非吟味してきてもらいたいんです。」

 「そういうことですか。判りました。早速調査に行きますね。」

 俺は、課長が自分のことを少しは買ってくれているようだと判り、二つ返事で引き受けた。


 俺は、人呼んで「ビクトリーラーメンマン」。とは言っても別に格闘家ではない。俺は汎銀河コングロマリット「ビクトリー・ラーメン社」の食材調査担当の単なるサラリーマンだ。ビクトリー・ラーメン社は「食」と名のつくものならなんでも扱っている。食品はもちろん、食品倉庫から、船底の腐食防止塗料なんてのも扱っている。そして、人々は我々社員をビクトリーラーメンマンと呼ぶのだ。今までは目的も判らず、行く先だけが指示されてきたが、今回は行く先も目的もはっきりしており、簡単な出張であろうと予測できた。


 今回の宙航はコールドスリープをするかどうか悩むほどの近距離であった。そして、最近の調査で俺が珍しい鳥の食材を発見したためか、移動用の調査船も少し大きくなり、操縦席と小さな寝室の2室構成から、簡易シャワー室が追加されてより快適なものとなっていた。水再生には時間が掛かるため、結構大きな水タンクを搭載していることだろう。俺は、簡易シャワーを堪能しつつ、仕事に関する情報収集と勉強を行いながら1カ月程度の通常宙航を行った。


 到着したキノコ星は地球よりやや小さいものの、地球とほぼ同じ重力があり、何より分厚い大気層のためか、赤道付近から中緯度まで熱帯のジャングルが広がっている惑星であった。先住民族がいるようだが、居住地はジャングルが切れる中緯度以北に偏っていた。しかし、課長から指定された着陸ポイントは赤道直下の無人地帯であった。


 調査船を着陸ポイントに降下させると、そこには縦横500mはあろうかという巨大な施設があった。

 「こんなジャングルに宙港があるなんて。なんのために・・・。」

 俺は無線で着陸許可を申請した。

 「こちらはビクトリーラーメン社調査船 識別番号VR3195BEZ。パイロットは甲斐。着陸許可を要請する。」

 「了解した。1番ゲートへの着陸を許可する。操作はこちらから遠隔で行うので、制御を渡して欲しい。」

 俺は言われた通りに調査船の制御を宙港に渡した。すると間もなく、施設の屋根の一部が観音開きに開き、この調査船の数倍の船でも入れそうなドックが現れた。

 「なんか仰々しい宙港だな。」

 俺は格納庫のような場所への着陸は経験がなく、かなりの違和感を感じた。すると宙港からは耳を疑うような連絡があった。

 「着陸後に船体の消毒、洗浄、乾燥工程を2回行うので、許可するまで船内に留まるように。」

 消毒、洗浄、乾燥工程だと。調査船をばい菌か何かと思っているのだろうか。


 2回の消毒、洗浄、乾燥工程は半日近く掛かった。長すぎる。俺が調査船のエアロックを出ると、ドックの出入り口では白衣を着た初老の男性が明るく出迎えてくれた。

 「ビクトリーラーメンの甲斐さん、ようこそわが家へ、待たせたね。」

 「わが家なんですか・・・。」

 俺はいきなりの言葉に理解に苦しんだが、そこはスルーして任務を進めることにした。

 「うちの課長の知り合いのキノコ採りの名人の方を訪ねてきたんですけど・・。」

 「それはわしのことだな。」

 「えっ、てっきりどこか近くの小屋に住んでいる孤独なおじさんみたいなイメージでいたんですけど。」

 「あー、あいつは説明が下手だからな。ちょっと説明すると、わしは菌類専門の植物学者じゃ。そしてこのわが家は、製薬会社がスポンサーとなって提供してくれている調査宇宙船なのだ。まあ、助手のみんなは出かけているので、孤独なおじさんというのは当たりだな。」

 「これって建物じゃなかったんですか。」

 俺は着陸時に見た施設の大きさから、てっきりこの土地に建てられた施設だと思っていたのだ。

 「本当に何も聞いていないようだな。この星は湿度も気温も高くほとんどがジャングルだが、特に赤道付近は湿度100%で菌類の天国になっている。その結果、飛んでいる胞子の量がものすごい。健康体なら問題ないが、少し体調が悪かったりすると、体にキノコが生えたり、気道にカビが生えて、悪くすると死んでしまうことがある。」

 「だから念入りに消毒するんですね。」

 「その通り、この宇宙船内はクリーンルーム並みの塵埃密度になっておる。」

 「そうなんですね。」

 俺が施設が宇宙船だったことに感心していると、早速博士が任務の話を始めた。

 「これは聞いていると思うが、わしは長年キノコの研究をしているが、わしの人生で最高においしいと思うキノコを発見したのだ。しかし、年を取ってくると味覚もおぼつかなくなってくるので、是非誰かに味見をしてもらいたいと思っていたのだ。まあ、助手連中はうまいと言ってくれているが、やはり確証が欲しくて第三者に味見のお願いをすることにしたという次第だ。」

 「はい、そのことは課長から聞いていますので、今からでも味見させていただきますよ。」

 「ありがとう。しかし、今は手元にキノコがないのだ。このキノコは鮮度の維持が大変難しいもので、生だと収穫して1時間ほどで変性して食べられなくなる。収穫直後にしっかり茹でることで変性は止まるが、1日もすると石化してしまい食べられなくなる。」

 「石化って、カルシウムが凝固するみたいな・・・。」

 「そうだ、カチカチに固まる。もう一つ、収穫前にも大きな課題がある。このキノコは先住民族は食べているようで『出世茸』と呼ばれている。」

 「『出世茸』ですか。何かいいことがありそうな名前ですね。」

 俺は出世確定の若い課長の顔が頭をよぎった。

 「何かいいことではなく、成長に応じて呼び名が変わっていくキノコなのだ。食べ頃も難しく、最初は少し苦いが、徐々に苦みは取れて無味無臭となり、その後一瞬でうまみが最高に達する。その時食べると最高においしい。おそろしくうまい。しかし、その最高点は一瞬で、そのうまみはどんどん落ちていき、有害成分が増えていき、最後には致命的な毒キノコになる。それぞれのステージで違う名前がついている。」

 「それはちょっと怖いですね。」

 「まあな。ステージに応じて色が変わっていくので、それを見極めれば恐れるに足らん。今日は助手がおらんので明日一緒に採りに行こう。」

 「はぁ、判りました。」

 俺は少し嫌な予感がしたものの、調査任務のためには仕方ないと思い、気の乗らない返事をした。


 翌日、博士と俺はまるで装甲宇宙服のような防護服に着替え、エアロックから出てキノコの自生地へと向かった。自生地へは徒歩で30分ほどの距離であり、周りにはおびただしい数のキノコが生えていた。よく見ると、白っぽい茶色のものから、濃い茶褐色のものまで、色々な段階があるようだ。

 「甲斐君、ここが自生地じゃ。1本1本、微妙に色が違うだろ。この中から、最高においしいものを選定しなければならん。」

 博士は1本1本慎重に色を確かめては数本を採集していった。俺は博士から離れた場所で、茹でる準備をした。そして、博士が戻ってくるとキノコを一気に茹でた。

 「もうよかろう。宇宙船に戻って食べるとしよう。」

 博士と俺は来た道を戻り、エアロックで1時間近く消毒、洗浄、乾燥され、ようやく船内に戻ってきた。


 「では早速食べるとしよう。一旦茹でているから、そのままでも食べられる。少し醤油を垂らして食べるのが一番うまいと思うぞ。」

 俺は言われるまま醤油を垂らし、キノコを口に運んだ。

 「うまい・・・。うますぎる・・・。」

 あまりにもうまいと、人間うまいとしか言えなくなる。博士の言う通り、確かにこれはうまい。最高だ。単純にキノコなのに、うまみ成分がこれでもかと襲ってくる。これがわが社で商品化できれば、きっと大ヒットになるだろう。課長は数年後には会社幹部になり、俺もそれに引っ張られて昇進することになるのではないだろうか。 給料も爆上がりだ。キノコのうまさもあり、おれはだんだん陽気になってきた。

 「ははは、博士確かにすごいですね。これは最高です。大ヒット間違いなしです。ははは・・。」

 「甲斐君、そうだろう。わしの舌で感じたとおりだ。ははははは・・・。」

 「いや、すごい、すごい、はははははは・・。」

 「わしの研究成果も学会で認知されることだろう、ははははははは・・・。」

 「いや、おいしい、はははは・・。そういえば、出世茸って言われてましたけど、どんな名前がついているんですか。ははは・・・。」

 「あー、教えていなかったな。ははは、愉快、愉快。最初の苦いときは『苦笑茸』で、無味無臭のときは『微笑茸』、で、一番おいしい時が『大笑茸』、最後が『笑い死に茸』じゃ。ははは・・。」

 「そうなんですね。ははは、ちょっと僕たち笑いすぎじゃないですか。ははは・・。」

 「そう言えばその通りじゃな、ははは。少し、中枢神経に来たようじゃの・・・。若干、旬を過ぎていたかな。まあ、おいしかったから良かろう、ははは・・・。」

 俺と博士は夜まで笑い通し、そして疲れ果てた。


 翌日、俺はドック内の調査船から、課長にキノコが最高においしかったことと、博士と半日近く笑っていたことを報告した。課長はキノコがおいしかったという報告に満足がいったようだった。

 「リスクを冒してでも食べたくなるもののようですね。フグと一緒ですね。研究班の派遣を要請しておきます。甲斐さん、ご苦労様でした。」


 早朝に戻った助手たちがキノコを採りに行ってくれたようで、俺はおみやげにもらった『大笑茸』を食べるべきかどうか悩みながらキノコ星を後にした。


おわり

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