明暗

@ask413

第1話

僕の住んでいる世界は明るい。


 外に出て周りを見渡せば色鮮やかな電光飾が愉快に揺れ動く繫華街があったり、思想強めな言葉がスプレー缶で壁に描かれていたり、丸みを帯びた家々が立ち並ぶ通りがあったり、一際眩しい光を放っている丸い塊が天井に浮かんでいたりした。それなのにじいちゃんは、暗いと言った。


 僕にはその言葉の意味が全く理解できなかった。何故ならとても明るいからだ。


 天井に浮かんでいるフレアコアを直視し続けるのは、目に良くないと言われた。つまりは、それほど明るい光に包まれて僕たちは生きているということになる。それでもじいちゃんは暗いと断言した。僕がまだ幼少の頃、じいちゃんはその言葉の意味を教えてくれた。


 「なんで俺が、いつも暗いって言ってるかわかるか?」

「分からない。どうして」

「それはな。あの天井で光ってるやつは偽物だからだ。地上にはな。太陽って言って、もっと明るい光の塊が空高くに浮かんでいるんだ。他にもなあ───」


 僕はその言葉聞いた時、とてもワクワクした。じいちゃんの知っているその地上の世界とは、想像を絶するほど広くて、天井なんて存在しなかった。太陽は遥か彼方先にあって、この世界の何千倍も大きいらしい。


 「ほら。これがなにかわかるか?」そう言ってじいちゃんは透明なビニールのような何かをバサっと広げた。

「これはな。カサって言ってこうやって手に持って、頭上を覆うようにして使うんだ」


「何のために使うの?」

「んーそれは内緒だな。気が向いたら教えてやる。いつかお前が傘を使える日がくればないいのになあ」その時のじいちゃんの顔はいつになく寂しげで、目尻の皺が抉れていたのをよく覚えている。


 じいちゃんのせいで、僕は未だにこの傘の用途が分からない。他の人に聞いてみても、ぽかーんと口を開けているだけで、まともに取り合ってくれない。


 僕の住んでいるスレブタウンという町には、それなり数の人が暮らしている。しかし上の世界を実際に目にした者は、いないに等しいと思う。万が一地上のことを知っていたとしても、そんなこと大ぴらに話せやしない。憲兵に聞かれでもしたら、間違いなく殺されしまうだろう。


 そんな世界で生まれ育った僕は、あろうことか地上に出たいという欲求に支配されていた。それは間違いなくじいちゃんの影響だろうと思う。


 子供の頃から地上の話は、ファンタジーだと作り話だと教えられてきた。皆一応にそれを信じた。しかし僕にはじいちゃんがいた。百年以上前の世界を知っている人が身近にいた。


 学校の先生の話と、じいちゃんの話とでは説得力に雲泥の差があった。確かにじいちゃんの話は急に飛躍したり、突拍子もなく俄かには信じられない内容が多かった。それでもその話には不思議な力があった。その力の理由は、経験した者でないとわかりようのないことが、鮮明に言語化されていたという点にあると思う。では何故そんなことが言えたのか。それは間違いなく、じいちゃんが実際に太陽の光を浴び、飛行機に乗って空を飛んでいたからであろう。


 「飛行機に乗る時は、耳が痛くなるかもしれないから気を付けろ」それがじいちゃんから聞いた最後の言葉だった。その言葉は実際に経験していなければ、発しようのない言葉だと思えた。


 目の前に確かに存在しているこのトゲトゲしい大きな建物や車を作る技術は、どこからやってきたのか。そんなことを考えていると、地上が存在したほうが色々と説明ができてしまうことが多すぎた。だから僕の思考は常に禁忌に触れてしまっている。頭の中を覗かれでもしたら、明日まで生きていられる自信がない。


 僕はどうすれば生きて地上に出られるのかと、暇さえあれば考えていた。そのせいで周囲の人達からは、変人扱いを受けてしまったが、気にする暇さえを思考に費やした。そしてある仮説を思いついた。この世界が作り上げられた経緯と、我々が地上に与える影響についての一先ずの答えを導き出すことができた。


 その仮説を導出する上で、カギとなったのは天井に浮かぶフレアコアだ。この狭い世界に住まう大多数の大人が従事することになる仕事内容は、間違いなくあのフレアコアに起因する。事務作業だろうが現場作業だろうが全てはあのフレアコアを維持し続けるために行われている。それは誰もが薄々感じていることだ。


 表向きは光を絶やせば我々は死んでしまうなどと、大層なことを言っているが、間違いなく裏がある。恐らくフレアコアに異常をきたすと、地上の奴らが困るのだ。


 我々の祖先は、約九十年前に何らかの理由でここに閉じ込められ、フレアコアを維持するための奴隷となってしまった。その何らかの理由が何なのか。


 わざわざフレアコアを維持するために地下深くに世界をつくり、厳重な言論統制までを行わなければならない理由。恐らく地上の人々はフレアコアを直接見ることができない、或いは近づくことができないのではなかろうか。そう考えれば、地下深くにフレアコアが存在することに合点がいく。加えて、もしフレアコアの有害性に対して抗体のような物を持っている人がいたとしたら。それが我々の祖先なのだとしたら。


 現段階での仮説はここまでだ。地上にいる人々が何故フレアコアを必要としているのか。それについてはよくわからない。全ての疑問は、上の世界に行くことができれば自然に解決すると僕は漠然と思っている。

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