ep.34 ニチジョウ
カーン、カーン、とチャイムがなった。4限終了の合図だ。
「ん〜」
軽く伸びをしていると、クラスメイトの男子のヨースケが話しかけてきた。
「ライム〜、昼ごはん一緒に食べよ〜」
「うん!先に中庭行ってて。トイレいってから行く」
ヨースケは、りょ〜かい、と言うと、弁当箱を持って教室を出ていった。
俺も教室の後ろのドアをガラガラと開け、廊下に出る。
今更だけど、なんで中等部が3階なんだろうなぁ。
1階には初等部4〜6年と職員室他。
2階に高等部。そして最上階の三階に俺たち中等部の教室がある。
まぁ、小学生を3階まで登らせるのは緊急時の避難とかを鑑みても危険だし、中等部と高等部は単に年功序列で高等部の方が距離を短くしてるのかな……
なんてことを考えていると、悲鳴が聞こえてきた。
「わーっ!」
「で、でた〜っ!」
そんな事を口々に言いながら3人の
どこから?
トイレからだ。
「お前らいい加減にっ!」
ちょうど廊下にいたテケン先生がその男子たちを追いかける。
彼らは、逃げろ〜、と言って階段を駆け下りていった。
「はぁ……」
大きなため息を吐くテケン先生。
「どうしたんですか?」
と、テケン先生がニヤリと笑った。
なんか、嫌な予感がする……
「ライム、風紀委員だったよな?」
「……はい」
やっぱりだ。
「放課後、集合な?」
「うっ……はい」
先生と別れて中庭へ行くと、ベンチに座っているヨースケが手を振ってきた。
「遅かったね〜」
「ちょっと委員会でさ〜。先食べててよかったのに」
「ううん。もう食べちゃった」
そう言って笑うヨースケの口元には米粒がいくつか付いていた。
「早いなぁ」
と、ヨースケが手元をのぞきこんできた。
「ライム、今日は弁当なんだ?」
「うん、最近はね。いつもは学食なんだけどさ」
トルビーや魔対のみんなに「魔対なんて抜ける」と宣言してから3日。
どうもトルビーと一緒に寮の部屋で寝泊まりすることが気まずくて、リンさんの家に居候させてもらっている。
……自分からお願いしたのではなく、リンさん、いやどちらかと言うとレイザルさんに押されて寝泊まりさせてもらっている。
ちなみにレイザルさんはリンさんの父親だ。
「いただきま〜す」
お弁当は、リンさんお手製だ。リンさんは毎日、自分で自分のお弁当を作っているらしい。ついでに俺の分も作ってくれているのだ。
俺も料理は嫌いでは無いが、毎朝自分の弁当を作るのはちょっと面倒でやってなかった。リンさんほんと偉い。
と、ヨースケが口を開いた。
「それ、誰に作ってもらったの?」
「ん?友達……かな?」
リンさんは確かに友達だが、友達にお弁当を作ってもらっているというのはなかなか不思議な状況だ。
言い淀んでいると、ヨースケが笑っていた。
「あ、わかった彼女だ!」
「違うよっ!」
ヨースケは、抜け駆けは許さないよ〜、と言って笑うと続けた。
「そういえば、トルビーくんは?」
「ん?ガイチョウ取って校外活動してる」
ガイチョウとは、校外調査許可のこと。
魔対を飛び出した後、トルビーに会っていないので予想だが、まぁ魔対に居るんだろう。
隣の席……トルビーの席は3日間空席だ。
「一緒に行く予定だったんじゃないの?」
ヨースケが首を傾げている。
「まぁ、喧嘩したんだよ」
「ふ〜ん」
あれから、ずっと考えている。
あの時言った言葉は本心だが、言うつもりのなかった言葉だった。
なんで口が滑ったんだろう……
と、ヨースケの声で脳内会議から引き戻される。
「ところでさ、委員会、何してたの?」
「ん?俺、風紀委員なんだけど、最近妙なウワサが流行ってるらしくてさ……」
と、カーンと1回の鐘の音が鳴った。
「えっ、もう予鈴?」
「ライム結構遅かったもん」
「まじかよ〜」
俺はお弁当をかっこんで、ちゃんとごちそうさまでしたを言って、3階の教室に戻った。
カーン、カーンと2回、鐘の音。
6限終了っと。
「ライム、帰ろっ」
そう話しかけてきたのはヨースケだ。
「うん、と言いたいとこだけど、俺呼び出されてるんだよね」
俺が言うとヨースケはイタズラな顔で笑った。
「何したのさ」
「委員会だよ、風紀委員。先帰りな〜」
「遊びたかったけどしゃーなしだね。また明日!」
ヨースケはそう言って、手を振りながら教室を出ていった。
コンコンと、面談室の扉を2回ノックする。
「失礼します」
「入れ〜」
そう言ったのはテケン先生。
先生の向かいの席に座ろうとすると、先生は少しトーンを落として言った。
「ノック2回はトイレの空室確認だぞ?」
「知ってますよ、それくらい」
「じゃあなんで……」
怪訝な顔をした先生。
「トイレの話、ですよね?」
「ご明察だな」
先生は大きくため息をつくと続けた。
「トイレのハナコさんって知ってるか?」
「知ってますよ」
3階の女子トイレ、3つ目の個室に出るという、学校の怪談でド定番のお話。
おかっぱ頭に赤い吊りスカートの少女の幽霊だ。
「初等部で流行ってるんだ」
「あ〜」
思い出してみれば、昼休みに階段を駆け下りて行った、あの男子3人は初等部の制服を着ていた。
「……ん?男子だったな?」
ボソッと言ったひとりごとに、先生は頷いた。
「そうなんだよ。男子トイレに出るってウワサが流行ってるんだ」
「女の子の幽霊が男子トイレに出るんですか?」
「先生が聞きたいよ」
そう言ってテケン先生は頭を抱えて項垂れた。
テケン先生は生徒指導部長らしい。だから初等部の問題にも巻き込まれてしまったようだ。
と、先生は顔を上げ、こちらを見つめてきた。
「……で、ライム」
「やですよ」
即答すると、先生はニヤリと笑った。
「怖いのか?」
「いや全く」
「なら頼む」
手をパチンと合わせて懇願してくる先生。
「嫌です。大体、幽霊なんて居ないでしょ」
「先生もそう思うんだがな……」
「なんで含みを持たせるんですか?!」
先生はふっと笑った。
「気になってきたか?」
「はい……」
先生の目の下のクマがな。
相当お疲れのようだ。なんだかほっとけなくなってきた。
「なら……」
そう言って、少し表情が明るくなった先生に、食い気味に返す。
「そういうの好きな友達がいるので、そいつに行かせます」
「あれ……?」
思った返答と違う、と言いたそうな先生を置いて、俺は面談室を出た。
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