ep.3 ラズリスと白狼

「"フォーガ"!」


 僕がそう唱えると手のひらサイズの火の玉が現れた。


「わぁ〜!」


 あの授業の時、僕は自分が炎を出したのは見ていなかった。先生が、みんなが、優しい嘘をついてくれたのだと思っていた。


 それを裏付けるように、あの実技の後、先生や友達がいくらアドバイスをくれても、魔法を出せたことは無かった。



 なのに……


 本当に、本当に魔法を出せたのだ。

 僕はしばらく、右手の上で小さくゆらめいている炎を見つめていた。



「……いや、どんだけ長持ちなの?!」

 ラズリス姉さんが急に大きな声を出した。


 僕はびっくりして術式を解いてしまった。


「え?2回目なんでしょ?」

 姉さんの言葉に僕が困惑していると姉さんは咳払いしてこう言った。


「……と言うかやっぱり、あんたの個性魔法は「かきかえ」だったね!」

「そう……なんですかね……?」

 曖昧に返すと、姉さんにそうだよそう!と押し切られた。


「ちょっと遊んでなよ。今日中にはあっちに着きそうにないから今日はこの辺で休も」

 ケロっと言う姉さん。

「やっぱり無謀だったんじゃないですか!」


 姉さんは手を合わせて続ける。

「ごめんって。まあいいじゃん、魔法使えること分かったんだからさぁ」 

 手をヒラヒラさせながら姉さんは森の中へ入っていってしまった。



「……2年越しで野宿かよぉ」

 僕はそう独りごちたが、内心、魔法を使えたことが嬉しくてうずうずしていた。



 ○●○


 

「ライム、想像を片足ジャンプで超えてきやがった」

 ラズリスはライムを1人にしてみたかったのだ。


 まず、初授業で魔法を使えてしまう子はそういない。早い子でも実技授業4、5回はかかる。


 それにあの学校の教育方針が変わっていないのなら、初めは手本を見せられて「はい、やってみて」という超投げやりスタイルのはずだ。


 それだけで本当に魔法を発現させたならとんでもない才能の持ち主だ。



 こんなことを考えている間にも、ライムは楽しそうにいろいろな魔法を出している。

 ついさっき、なにかの花の吹雪を舞わせていたライム。しかも7色のだ。


 一体どこでそんな術式覚えたんだろうと、私は首を傾げた。


(……ふっ、あの笑顔、リエルによく似てる。懐かしいなぁ)


 

 ラズリスは初めての実技授業で学校の中庭を水でいっぱいにした。


 その時、教室で授業を受けていた男の子と目があった。私は後で知ったことだが、その人がライムの兄のリエルだった。

 あの時、あの状況で、リエルは目を輝かせていた。


 やった本人が言うのもなんだと思っているが、正直、変わってると思った。

 

 あの時は先生たちすら慌てていた。しかしただ1人、リエルだけが目を輝かせてラズリスを見つめていたのだ。


(そう考えたら、その後一緒に仕事をすることになるのも当たり前だったのかもなぁ……)



「……ん?!」


 思い出に浸っていると突然背後から強い魔力を感じた。


 ハッと振り返ると真っ白な狼が前足を振りかぶっていた。ギリギリのところで後ろに飛び退いたが爪がほっぺにかすり、血がツーと流れた。


「姉さん?!……って、犬?!」

 ライムが私の方を向いてそう言った。


 ライムに観察していたのがバレたっぽいが仕方ない。


 初心者の魔法に気を取られて命を落とす魔導師なんてカッコ悪すぎる。

 ……まぁ危ないとこだったけど。


 そう考えながら白狼に手のひらを向け、攻撃魔法を構えた。


「"ネミ"……」

「「待って!」」


 驚いて構えを解いて振り向くと、そこにはライムともう1人、息を切らした女の子がいた。


「……そ、その子、私の家族なんです……っ!」

 肩で息をしながらいう女の子。


(家族なら何だって人を襲うんだ)


 白狼はプライドが高く、手懐けるのが困難なことで知られている。こんなにか弱そうな女の子が白狼の主人になれるはずがない。

 

 一方ライムはライムで、何もないところに手をかざして首を傾げている。

 かなり白狼に近い位置でだ。

 危ないなぁ……


 と、女の子が青い顔をしながら続けた。

「今さっき……急にこの子の、目の色が変わって、気づいた時には見失っていたんです……!」


 ん?どういうことだ?使役魔法だろうか。

「とりあえず、襲ってきたのはそっちだ。あんたが大人しくさせられないならこっちが深傷を負うことになる。悪いけど……」


「姉さん」

 ライムが私の言葉に被せるように言ったその声で、自分が焦っていたことに気付かされた。


 そしてその腕をライムが掴んでいた。

「ちょっと僕に任せてくれませんか」


(うわー、どうしよう)

 

 さっきライムの魔法はかなり上手いことを知ったが、白狼相手にしてちゃんと使えるだろうかと疑問だった。

 白狼は魔獣の中でも魔法の扱いが上手いことで知られている。


 

 と、ライムが手を離した。

「……何も言わないってことはいいってことですね?」

「あ、ちょ、んまぁ、危なくなったら……」


「……ひとりで平気です」

 こちらを真っ直ぐ見つめて言うライム。


 ……え?こんな短時間であんな自信芽生えるか?浮かれちゃってる?


 これ死亡フラグだよ……

 どうしよう、リエルに顔向けできんぞ。

 

 とりあえず危なくなったら助けに入れば……!



「自信がある訳じゃないけど、作戦があるので!」

 そういうとライムはニコッと笑って白狼に向き直った。


(あぁ、君はやっぱり、リエルの弟なんだね……) 

 ラズリスの頬には一筋の涙が流れていた。

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