路地裏②

 それからユウマは陽毬と一緒にエニスを連れて散歩に出た。


 商店街から裏手に折れると、路地は密集した家々の間をうように続いていく。ユウマがいつも帰りに通るのと似たような道程みちのりで、その先はやはり明鹿橋通りに繋がっている。その手前のあたりで、狭間と待ち合わせをしていた。正確には、狭間と待ち合わせをしたということを、エンジュ経由で伝え聞いていた。


 ユウマは陽毬と一緒に歩いて胸を高鳴らせながらも、ちゃんと今日の目的を忘れてはいなかった。普通に考えれば忘れる方がおかしいのだが、今のユウマなら忘れてしまってもしょうがない。それくらいユウマは陽毬の私服姿に心を奪われていた。


 可愛らしいのにちょっと大人っぽくて、ゆったりとして柔らかな印象の装いは、陽毬の雰囲気によく似合っていた。そんな陽毬と並んで歩いていると、ついエニスが空き地の草場に吸い寄せられていくのを止めるのも忘れて、横顔に見入ってしまう。陽毬がそれに気づいて、不思議そうにニコッと笑うと、ユウマはいたずらがバレたようにうつむいてしまう。


〈ど、どうしよう〉ユウマは心の中で呟いた。〈めちゃくちゃ可愛い……〉


 草むらに突っ込んでいこうとするエニスを慌てて引き留めながら、ユウマは必死に気持ちをしずめようとした。今日の目的は狭間に陽毬の様子を見てもらうことで、散歩デートはあくまで副次的なものに過ぎない。


 明鹿橋通りと並行に伸びている路地を表通りの方に折れると、狭い道の途中にほこらがある。民家の間にぽつりと立った木柱で支えただけの小さな三角屋根で、その中には地蔵がまつられている。背のたけよりも低い古びた地蔵堂だが、近所の人が手入れをしているのか、地蔵には清潔そうな赤い前掛けがしてあり、両脇には瑞々みずみずしい花が活けてある。


「あれ? エニス、どうしたの?」


 陽毬が不思議そうに声を掛ける。エニスはその地蔵堂の横にトコトコと歩いていくと、お座りをした。


「なんか、地蔵とかがあると、こうやってお座りしたがるんだって」


 エンジュから聞いたことをユウマが伝えると、陽毬は「そうなんだ」と少し目を大きくした。


「お地蔵さんにお参りしてるのかな?」

「どうだろう」ユウマは少し考えた。「……前の飼い主が散歩中にお参りしてたのかもね。いつもその間こうして待ってたから、それがクセになってるのかも」

「そうなんだ……」


 エニスのことは、前の飼い主が亡くなったので、引き取り手が見つかるまで知り合いが預かっているのだと陽毬には伝えてあった。


「……もしかすると、こうやって待ってたら、ご主人様が前みたいに連れていってくれると思って、いい子にしてるのかな」


 陽毬がそうぽつりと呟いて、ユウマはハッとした。陽毬がそんなことを言うまで気にも留めずにいたが、エニスは前の飼い主である物倉美晴と死別しているのだ。きっと大切に飼われていたのだろう。エニスの人への懐き方を見ると、人間と一緒にいることにいい思い出が沢山あったのだと思わされる。そんな人懐っこい犬が、大好きな飼い主と別れて暮らすことになったら、それはもう寂しい思いをしているに違いない。


「そうなのかも……」


 そんなことを考えると、地蔵に向かってお座りする姿が可哀そうに思えて、ユウマはエニスの頭を撫でてやった。


 しかしエニスはいつもののんきそうな顔をユウマに向けた。それからジーッとユウマを見る。〈そんなことしてる場合?〉とでも言いたげに。


 それでユウマはもう一度ハッとした。そうだ、こんなことをしている場合ではない。ここで狭間に陽毬の様子を見てもらわなければならないのだった。


 周りを見回すが、狭間の姿はない。どこかに隠れているのだろうか。姿を見せたら陽毬がビックリしそうだという話をエンジュとしていたので、狭間の方で気を使ってくれているのかもしれない。


 しかし姿が見えないとなるとどうしていいものか、ユウマも困った。ユウマたちが気づかない間に、もう何かしてくれたのだろうか。それとももう少し、ここで待っていた方がいいのだろうか。いっそ、出てきてくれた方が有難かったかもしれない。確かに陽毬を驚かすことにはなるかもしれないが、いつもよくしてくれる友達に陽毬を紹介したいという気持ちもちょっとだけあった。流石に止めておいたほうがいいだろうが。


 どうするか考えあぐねて、ユウマは再びなんとはなしに周りを見渡した。すると、さっき曲がってきた角に、人影がさっと身を引いたのが見えた。すごく見覚えのある形姿なりかたちだった。


「あっ」とユウマは少しわざとらしい声を上げた。「ごめん、ちょっと忘れ物しちゃって……すぐ取ってくるから、ちょっとここで待ってて!」


 ユウマは陽毬が何か言う前にリードを託すと、慌てた風を装って、元来た道を小走りで戻っていった。


 角を曲がると、そこにはエンジュがいた。


「何してるの?」

「別に」


 とエンジュはバツが悪そうに言った。


「……もしかしてエニスが心配でついてきたの?」

「そ、そんなんじゃねーよ! なんでオレが犬の心配なんかするんだ! 今日は散歩しなくて済んでよかったって、喜んでるくらいだ!」

「…………へぇ」

「このヤロウ、信じてねーな?」

「そんなことないよ。それよりさ、ちょっと確認したいんだけど」

「狭間のことか?」


 話が早い。ユウマは頷いた。


 やはり狭間は、陽毬に見えないように姿を隠しているのではなくて、ここには来ていないようだった。


「あのバカ、約束忘れてどっかで酒でもかっくらって寝てんじゃねーのか」

「もう少し待った方がいいかな?」

「待ってたって、いつ来るかわかんねーからな。ひとまず散歩は続けて、帰りにまた寄ってみたらどうだ?」

「そうだね、折角の散歩なのにあんまり待たせるとエニスが可哀そうだもんね」

「なんでそこで犬の話になるんだよ」


 狭間にはエンジュが書き置き的なものを残してくれるということだったので、ユウマは陽毬とエニスのところに戻った。


「ごめん、お待たせ。大きいのをしたとき用のトイレットペーパーを忘れちゃって……」

「すごく早かったね」


 陽毬は素直に驚いた。それもそうだろう。さっき待ち合わせた辺りまで実際に戻ったにしてはあまりに早すぎた。


「は、走ったから……待たせたら悪いと思って……」


 ユウマがしどろもどろになって取り繕っているのを横目に、エニスが立ち上がった。呆れているのか、助け舟を出してくれたのか。早く散歩に行こうと促すように、クイクイとリードを引っ張った。

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