悪役令嬢に転生したのだが、病弱すぎだなんて聞いてない :短編バージョン

Crosis@デレバレ三巻発売中

悪役令嬢に転生したのだが、病弱すぎだなんて聞いてない

 目が覚めると知らない天井であった。


 周囲を見渡せば当然のごとく知らない部屋の中に私はいた。


 部屋の中の調度品が一目見ただけで高級だと分かる物ばかりであるし、作りも今風ではない。


 どちらかと言えば中世ヨーロッパの貴族の一室と言われた方がしっくりくるのだが、そもそも私は産まれも育ちも日本人である。


 当然のことながらこのような部屋で住めるだけの財力も持っていない。


 いったい何故私が今ここにいるのか思い出すために私は前日の行動を思い出そうとした瞬間、私とは違うもう一人の記憶が一気に雪崩れ込んできた。


「……………………前世の私は仕事帰りに交通事故に合い、そして何故か前世でやり込んだ乙女ゲーム『永遠のラビリンス』の悪役令嬢キャラクターであるマリー・ゴールドに転生していて、さらに今更前世の記憶を思い出した」


 とりあえず泥酔からの見知らぬ男性にお持ち帰りされてラブホテルで目覚めたとかいう今まで予想していた不安などどうでもよく思えるくらいの衝撃が私の中を駆け巡っていくと共に心底思わざるをえない。


 なんで今さら前世の記憶を思い出したのか、と。


 今までの、マリー・ゴールドの記憶が正しければ今日行われるパーティーは建国を祝うパーティーであり、前世の私の記憶が正しければ婚約者であるカイザル・ドミナリア殿下から一方的に婚約破棄を告げられるからである。


 だから今更なのだ。


 今更前世の記憶を思い出した所でどうにもできない。


 足掻くこともできず、ただ断罪されるだけの運命。


 しかしながら私はこの乙女ゲーム『永遠のラビリンス』のヒロインであるスフィア・エドワーズへ確かに嫌がらせの様な事をしたのだが、だからと言って婚約破棄を、それも公衆の面前で恥をかかせられる様なされ方で告げられる様な事は一切やっていない。


 あの場でカイザル殿下が告げる私が行った罪の数々は本来であれば、元々カイザル殿下と男爵家長女であるスフィアが仲良くする光景を見て嫉妬した私ではない令嬢達であり、殿下ともあろうお方が下級貴族の令嬢と仲睦まじく過ごしていればどうなるかという想像もできず、その対策もして来なかったカイザル殿下自身が招いた結果としか言いようがない。


 それら全てを私のせいにして、更にあの様な婚約破棄をこれからされるのだと思うと無性に腹が立ってきた。


 しかしだからと言って最早どうする事も出来ないのが余計に腹が立つ。


 そして、私の抱える問題はそれだけではなかった。


 むしろこの問題があるからこそ私はヒロインであるスフィアへとちょっかいをかけていたのである。


 その問題とは、私が余りにも病弱だったからである。


 かかっている病気は魔力欠乏症という不治の病であり、ただ歩くだけで動悸息切れ眩暈、最悪吐血や気絶までしてしまう。


 激しい運動なんて以ての外。


 立っているだけでもすぐに疲労し、立てなくなる。


 だからこそ私はヒロインであるスフィアが羨ましかった。


 地位も名誉も何もかもを投げ打ってでも欲した全てをスフィアは持っていた。


 勉強ができる事は当たり前として、健康な身体は勿論の事、並外れた魔力にそれを行使する魔術の才能、見目麗しい美貌に人徳。


 それに比べて私は体調不良から勉強をする時間もろくに作る事ができず、他の子どもたちと太陽のもとで遊ぶ事もできず、当然病気のせいで魔力保有量が極端に少ないので幼児ですら扱えるような簡単な魔術であっても行使する事ができない。


 実家に権力や経済力があってもただ動くことすらままならない為に使う術がない。


 そんな私の唯一の心の支えはカイザル・ドミナリア殿下と婚約する事ができたという事だけであった。


 カイザル殿下と婚約した事によって私はこの世に生まれて来た意味を持った気がした。


 産まれてきて良かった存在なんだと思えることができた。


 それが例え政略結婚であったとしても、カイザル殿下が私を見る目が冷たいものであったとしても、それでも私は、必要とされる事が何よりも嬉しかったのだ。


 そもそも何故私がカイザル殿下の婚約者に選ばれたかというと、公爵家長女という肩書に魔力欠乏症であったからである。


 この魔力欠乏症であるのだが原因は二種類存在し、もともと魔力保有量が殆どなかったか、産まれた時の魔力保有量が余りにも多すぎた場合人間の器では受け止めきれず、その魔力を保有する器が壊れる事により魔力を保有する事が出来なくなったかである。


 そして私の場合は後者であり、ここ帝国でも二百年前に一人の事例があったくらいには珍しい事であった。


 その結果皇族は私の、魔力欠乏症を起こしてしまう程の魔力の血を欲したのだ。


 私はそれでも良かった、むしろ嬉しかったし、私にとってはやっと出来た生きる理由でもあった。


 だけどそれも学園へ入学するまでの話である。


 その学園でカイザル殿下はスフィアに出会い、二人の関係は誰が見ても急速に縮まって行くのが目に見えて分かる程であった。


 だから私は、私が生きる理由を奪われないためにできる範囲で必死に抵抗したのだ。


 だが、この身体で出来る事などたかが知れている。


 できる事は嫌味を言うくらいしかない自分が嫌で嫌で仕方なかった。


 出来る事ならばスフィアの頬を思いっきり叩いてやりたかった。


 しかしそんな私の行動は全て失敗し、そしてカイザル殿下の私に対する好感度も、無関心から嫌悪へと変わってしまった。


 いや、むしろ記憶の中にあるカイザル殿下の私を見つめるあの目は嫌悪ではなく可哀そうな者を見る様な、圧倒的に劣っている者を見下す様な、そんな目であった。


 そして明日は断罪の日。


 今から私が犯人ではないという証拠を集める時間すら無い。


「はぁ、明日のパーティー行きたくない……」


 今まで文字通り死ぬような思いで必死に覚えて来た皇族となるべく身につけなければならない教養やその他もろもろが砂の城が波に呑まれるかの如く一瞬にして覚えている意味がきれいさっぱり消えてなくなってしまうのだ。


 そりゃ、原作でのマリー・ゴールドは自殺もしますわ。


 ゲームをプレイしていた時は魔力欠乏症の事も何も知らなかった為『たかが婚約破棄くらいで、プライドの高い女ね』などと思っていた自分を殴ってやりたい。


 そんな事を思いつつ私は再度溜息を吐くのであった。





「マリー・ゴールドっ!! よくこのパーティーへと参加できたなっ! 貴様の今まで行ったスフィアへの嫌がらせの数々、忘れたとは言わせないぞっ!」


 翌日、予想通り私を睨みつけてそう叫ぶカイザル殿下は、今まさに自分が正義の鉄槌を悪へ下すという快感に酔っているのであろう。


周りを見渡せばいきなり婚約破棄を公衆の面前で婚約者である女性へ、別の女性を庇いながら怒鳴り散らすその光景を見て、周囲が騒めき立っている事に気づけたであろうが、今のカイザル殿下の視野は狭くなっておりそれに気付く事が出来ないようである。


「いきなり何をおっしゃるのですか? 私は誓ってスフィア様へ、カイザル殿下が怒鳴るような嫌がらせをした覚えはございませんわ」


「言うに事欠いて覚えてないだとっ!? 貴様も地に落ちたもんだなっ。こんなお前でも俺の婚約者だから今まで我慢してきたのだが、お前がその態度ならばこちらにも考えがあるっ!」


もし気付けたのであれば、この状況は余りにも不味いと判断し、場所を変えるなり、後日言いたい内容と対応を書いた書類を送る等の対応をしてこの場を即座に離れるのであろうが、正義という名の拳を振りかざす事に酔い始めているカイザル殿下は、そのまま更に私へ怒鳴りつける。


そもそも私がスフィアへとできる嫌がらせなど、体力面から見てもせいぜい皮肉たっぷりの小言を言うくらいしか出来ない上に、私はスフィアが『貴族淑女としてマナー違反をした時にだけ』しか言っていない。


というのも、そもそも私の体力面から考えれば少しでも一撃が大きい方法をと考える訳で、となればぐうの音も出ない正論を振りかざす行為が一番有効であると考えたからである。


スフィアが廊下を走った時、声を上げて笑った時、特に他人の婚約者である異性と二人でいる時などである。


確かに私はスフィアを目の敵にして意地悪な義母のごとく目につく限りいびり倒したのだが、決して相手が悪い時だけ(言い返せず鬱憤が溜まる時だけ)しか言っていないと胸を張って言い切れる。


なので私は自信を持って胸を張り、カイザル殿下を睨みつける。


カイザル殿下の方こそ間違っているのだと。


「なら、スフィアの私物が度々無くなった事や、水をかけられた事、足を引っかけられて転んだりした事など全て記憶にないというのかっ!?」

「それらの、私がやったという証拠はございますの?」

「証拠など無くともスフィアがそう言っているのだっ!それで充分であるっ!!」


しかしそんな、ある意味で私からの最後となろう助言も空しくカイザル殿下は証拠も無いにも関わらず愛人の言葉を鵜吞みにして、私に対して婚約破棄を投げかけ、更には糾弾している事を他貴族が大勢いる中で声高らかに、それこそ自分が正しいと言わんばかりに宣言する。


その瞬間、周囲の慌てようが更に激しくなり、小声で使用人や他貴族と耳打ちする光景がそこかしこで見え始めた。


当たり前である。


皇帝へと即位するに不可欠な後ろ盾である私という駒との婚約を破棄するという事は、言い換えればカイザル殿下は自分こそが沈む運命の泥船であると宣言したのも同然である為、沈む船から逃げるネズミの如くカイザル殿下派閥達は派閥の離脱準備やその仲間を瞬時に集めなければならなくなったからである。


ここで波に乗り遅れた家は間違いなく泥船と一緒に沈むと理解している分、皆カイザル殿下にバレないようにと行動しているものの、その焦りまでは隠しきれておらず、会場は異様な空気となっていた。


ましてや証拠もないのに愛人の言葉を鵜呑みにして婚約者を陥れるような人物の側など、その切り捨てられる対象がいつ自分に降りかかるかも分からない為、誰も好んでその神輿を担ごうと思わないのだろう。


もしいるとすれば、それは邪な考えを持つ者くらいである。


とりあえず、周囲の反応から見ても、私は上手く立ち回れているようでとりあえずは一安心といった所だ。


それと同時に、婚約破棄を言いつけられた私を見て、悦に浸っている令嬢達の顔も記憶に焼き付けておく。


いくら扇子で口元隠そうとも、目元で感情を読み取るとされる元日本人であった私からすればバレバレである。


今回のいじめ騒動の根源ともいえる首謀者たる彼女達を脳裏に焼き付けた後、相応の報いをさせてもらう脳内リストへとぶち込んでいく。


そうですわね、今回のゴタゴタが落ち着き私が無罪であったと証明された暁には手始めに虐めの証拠を彼女たちの婚約者とその家族へばら撒いて行こうかしら。


目には目を、歯には歯を、婚約破棄には婚約破棄を、ですわ。


「おいっ! 聞いているのかっ!?」

「申し訳ございません、全く聞いておりませんでしたわ」


そしてカイザル殿下の怒号により私は妄想から現実へと引きずり戻される。


「貴様……っ!」

「だってそうでしょう? 私は無実なのですもの。それに聞けば証拠は何一つなく、そこの小娘の戯言が証拠であるという始末ではないですか。そんな信憑性も根拠も何もない話を聞く必要などないですわよね」


「はっ、まったく可愛げの無い女だなっ! 少しでも申し訳なさそうな態度ぐらいは見せられないのか?」

「私は謝るような行為も、申し訳ないと思ってしまうような行為も決して行っていないと断言できますもの。それなのに何故私が悪いような態度を取らなければならないのですか?」


恋は盲目とは言うものの、愛する異性の為に悪を成敗するというその勇ましさと行動力は大変よろしゅうございますが、それが次期皇帝候補となると話は別である。


ましてや、一度吐いた唾は飲み込めないのだ。


今この日の出来事はそっくりそのままお父様とお母さまのお耳に入る事であろう。


私の家は公爵家である。


すなわち私の家系は皇族の血が流れている事くらいその爵位からも簡単に想像できる上に、目の前のボンクラのお爺様である前皇帝陛下の父親の曾孫が私なのである。


知らなかった、分からなかったでは通用するはずがない、言い逃れなど出来ようはずもないし、とぼけて知らない振りをしようとしてもさせるつもり等毛頭ない。


だからこその公爵家であり、だからこその権力を持っているのだ。


故に我がゴールド家の後ろ盾は強力であるのだ。


恐らく目の前のボンクラの思考回路は『皇族の言葉は絶対』とでも思っているのだろう。


皇族という事でございますれば、私も公爵家の産まれであるという事は皇族の血筋であるという事にすら気付けていないのだろうか?


最早目の前のボンクラを想う気持ち等きれいさっぱり無くなりマイナスへと今なお振り切れ続けている。


因みに私が魔力欠乏症である事を知っているのは両親と家族、現皇帝陛下と妃のみであるのだが、公爵家から娘を嫁がせるにしても何故東西南北と振り分けられている四つの公爵家の内、ゴールド家である私が選ばれたのか、ボンクラの態度を見る限り少しも考えようとしていなかった事が窺える。


他の公爵家が黙っているのを見るに四公爵家は魔力欠乏症ではないにしろ何かしら私に、他の家の令嬢にはない物を持っている事に気づいているのが分かる。


他に公爵家にも殿下と歳の近い娘は何人かいたにも関わらず、彼女らと見合いすらせずに、私が生まれてすぐにカイザル殿下との婚約に至ったのだ。


一般的な知能があれば私に何かがあると普通は思うであろう。


「そんなんだからお前は俺に捨てられたんだよっ! もう良い、この場から即刻出ていけっ!!」

「出て行けと言われましても現皇帝陛下にまだお目通りもしていないにも関わらず、まだ皇帝ですらない継承権を持っているだけの人の指示に従い勝手に出ていける訳がないでしょう。私は壁の花にでもなっていて差し上げますので金輪際私には関わらないでくださいまし」


どうせ今日この日を以てカイザル殿下の皇位継承権は無くなった事に等しくなるのですけれども、と頭の中で思いつつ私はこの居心地の悪い場所から離れようとする。


「このまま逃がすと思うか?」


しかしながらそんな簡単に離れさせてはくれないみたいである。


 カイザル殿下はそう私を睨みつけながら言うと、私の肩を掴み強引に引き寄せようとするではないか


「きゃぁっ!?」


そして当然そんな事をされては、私の身体が耐えられるはずも無く勢いそのままに床へ倒れ込んでしまう。


「ふん。いつまで倒れているつもりだ? どうせ床に倒れ込んだ行為もか弱さをアピールする為の演技なのだろう? 残念だが俺にはそんな演技は通用しない。……フン、無視か……まあいい。むしろこっちの方が好都合だしな」


しかし、相変わらず周囲の反応に気づいていないカイザルは、膝を突く私の背中を蹴とばし、そのまま突っ伏してしまいそうになるのを防ぐために手をついていた状態の私の頭を足で踏みつけるではないか。


「素直に謝ることができないのならば俺が手伝ってやる。ほら、被害者であるスフィアに頭を下げて謝罪しろ」

「あぐっ!!」


そしてカイザルはそのまま私の頭の上に乗せた足に力を入れ、まるで土下座の様な態勢にさせられてしまう。


「早く謝罪しろよ」


そして一向に謝罪しない私に苛立ったのか、頭に乗せている足に更に力を入れて再度謝罪しろと命令してくるのだが、そんな状況を私の身体が耐えきれる訳もなく、あっけなく意識を手放してしまったのであった。





目が覚めると見知らぬ天井であった。


まさかこの言葉を二回も使う日が来るなんて……。


「そっか、昨日私は……」


そして記憶を手放す前の屈辱的な光景を鮮明に思い出すと共にあの時受けたダメージがじくじくと痛み出す。


きっと痣が残っているわね……。


本当に、何もやり返すことができずされるがままな、この身体が嫌になる。


「あら、お目覚めですか?お身体は大丈夫でしょうか?」


そんな時、私が目覚めて身体を起こそうと動いた事により出た音で、私が目覚めた事に気づいたのであろう。


眼鏡をかけた見慣れた女性の使用人がノックをしたあと私がいる部屋へ「失礼します」と側仕えのメイドのアンナとメイド長のアマンダが入って来る。


「え、ええ。所々少し痛むくらいでそれ以外は何も問題ないわ」

「それは良かったです。最初近衛兵が血相を変えながらマリーお嬢様を抱きかかえて来た時はどうなる事かと思いましたが、命に係わるような状態でないと分かり安心いたしました」

「これも全て私の身から出た錆び、我儘を言い過ぎた罰なのでしょうね」

「それにしても今回カイザル殿下が行った行為は度が過ぎます」

「あら、私の我儘は否定してくれないんですの?」

「事実ですから」


そう言いながら光る眼鏡の位置を右中指で調整する我がゴールド家のメイド長であるアマンダと、アマンダの後について来るように入って来た私の側仕えメイドであるアンナが顔面蒼白でアマンダを止めようとするその光景がなんだかおかしくて、私は思わず吹き出してしまう。


「ふふ、言い返せないのが悔しいわね。ですから今後は言い返せるようにできるだけ我儘は言わないようにするわ。今まで迷惑をいっぱいかけてしまってごめんなさいね」

「お、お嬢様ぁーっ!!」

「何をおっしゃいますか。子供は迷惑をかけてなんぼでございます」

「め、メイド長ぉぉっ!」


そして私は今までの非礼を詫び、心を入れ替える旨を伝えるとアンナは号泣し、アマンダは私を子ども扱いしてくるものの、その口元はどこか嬉しそうである。


「あら、私ももう立派な大人のレディーの仲間入りしていると思っておりますのよ?」

「それは十八歳になってから──」

「既に私の胸の大きさはメイド長──何でもないです」

「まったく、ですがそれほど元気があるのであれば安心いたしました。それに私の胸は成長途中でございます……何か?」

「い、いえ」


そして今年で二十歳を迎えるメイド長に胸囲の話はご法度であると胸に刻みながら、これからの事を考える事にする。


まず、このような大事になっては、私とカイザル殿下との婚約は破棄せざるを得ない。


そして我儘で有名であり、こんな問題を起こした私を娶ろうという殿方も現れる事はないだろう。


まだ、我儘だけであれば貴族の中ではありがちなので公爵家の権力でどうにかなったかもしれないが、皇族と問題を起こしたという事は公爵家の権力ではどうにもできない。


いくら我がゴールド家の力が他の公爵家の力よりも上であったとしても、それはあくまでも公爵家間の話であり、当たり前の話なのだがその公爵家よりも偉い存在なのが皇族なのである。


だれも皇族からの印象を悪くしてまで私を娶りたいと思う者など、余程の物好きでかつ破滅思考の頭がイカレた者くらいであろうし、万が一そんな物好きがいたとしても周りの家族がそれを良しとしないであろう事くらいは容易に想像がつく。


であれば教会でのんびり暮らすのも良いかもしれない。


しかしながら、私のこの身体では教会での生活が何年持つかどうか……。


なんなら寒い冬を乗り越える事が出来ずに一年も経たずにすぐ死ぬ可能性が高い気もする。


「それでは、私は旦那様へマリーお嬢様がお目覚めになられたことを報告しにまいります。アンナは引き続きお嬢様のお世話をお願い致します」


そして私がこれからの事をあれやこれやと考えていると、アマンダが私が目覚めた事をお父様へ報告するために部屋を出るのであった。





 あれから五日が経った。


 当然やられっぱなしは腹が立つので今回の件はお父様に包み隠さず伝えたのだが、既にお父様の耳には入っているようでカイザル殿下の皇位継承権を剥奪する流れで話をこれから皇帝と進めて行くとの事で、胸の中にある溜飲が少しばかし下がる。


 恐らく近い将来カイザル殿下が私の元まで婚約破棄の解消を言いに来るのだろうが、その時はこっ酷く断ってやろうと思っている。


 私の妃としての未来を潰しておいて自分が皇帝になる未来が潰れるかもしれないとなったら手のひらを返すような、自己中心的かつ残念な頭を持ってしまったカイザル殿下の自業自得であろう。


「それにしても、この身体は本当に不便ですわね……」


 今現在私は学園への登校を復帰しているのだが、道中は馬車で行くため問題なくとも、馬車から教室、そして教室から中庭までの僅かな距離を歩くだけで眩暈を起こして倒れそうになる。


 以前であれば、それと引き換えに私にはそれだけの価値があると思えたのだが、今はその心の支えが無くなってしまっている状態であり、ギフトから呪いに変わったような心境である。


 それでも心を押し殺して過ごしていた今までの生活よりはまだマシだと思える程には、口を開けば自己中心的な言葉しか吐かず、他人に対して思い入れの無いカイザル殿下の側は息苦しかったのだろう。


 今は自分の感情を抑える必要も無いため、魔力欠乏症のせいで体調は悪いのだが心は軽やかである。


 そんな事を思いながら私は中庭へ、そしてさらに奥へと移動する。


 そこは人気のない私のお気に入りスポットでもあった。


 中庭から少し奥へと移動すると少し開けた空間があり、そこへ大きめのハンカチを敷いて座ると、草や花、それに集まる虫や鳥、そして頬をすり抜ける風を感じる。


 そうする事で私の抱えている問題などちっぽけなモノに感じられるのだ。


「あら、可愛らしいわね。 そうだ、アマンダから貰ったクッキーがあるのですけれども食べるかしら?」


 そんな事を思いながらハンカチの上に座っているとリスがわたくしの膝の上に登って来るではないか。


 その可愛らしさに、本来野生動物に人間の食べ物を与えるのは良くないと思いつつクッキーを与えてしまう。


 そのクッキーを頬袋いっぱいに詰め込もうとしている姿が可愛らしくて、スマホがあったら絶対に写真を撮っていたのにと思うのであった。



◆とある侯爵家の長男アイクside



「おい、俺の頬を一発殴ってくれないか?」

「どうした急に?」

「俺にも分からん。ただ、俺は気が狂ったのかもしれない……」


昨日俺は鍛錬ができそうな場所を探していたのだが、女性の声が聞こえてきたので思わず身を潜めてしまう。


 そこで目にしたのは、少し開けた場所に座り小動物たちと戯れるあのマリー・ゴールドであった。


 それだけであれば俺もここまで悩む事は無かったのだが、事もあろうに俺はその光景を見てからというものマリー・ゴールドの事が頭から離れなくなってしまったのだ。


 何故そんな事に陥ったのかは分からないのだが、もしかしたらあのマリー・ゴールドの事である。


 俺に魅惑の魔術をあの一瞬で行使した可能性だってあると思った俺は、翌日登校するやいなや友に頬を殴って欲しいとお願いする。


 俺の状態を鑑みるに、自分の意識すら失う程の強い魅惑をかけられている訳ではないようなので強い衝撃を与えてくれさえすれば治ると思った訳だ。


「…………いや、いきなり殴れと言われても気持ち悪いんだけど? アイク」

「……分かった。取り敢えず理由を説明するがここでするのは気が引ける。申し訳ないが人気のない場所まで付いて来てくれ」

「……俺、そっちの気はないからな?」

「? 何を言っているんだ?」

「…………」

「おいっ! 何か言えよっ!! おいってばっ!!」


 そして、俺にいきなり殴れと言われて困惑している友に対して説明する為にあまり使われていない校舎まで移動する。


 流石に今俺に起きている症状を他の人に聞かれてしまうのは不味いだろうしな。


 取り敢えずそういう事なので変な事を聞いてくる友達を無視して、手首を掴み強引に連れて行く。


「さっきからうるさいぞ? どうしたんだよ急に。お前そんな奴じゃなかっただろう?」

「それはこっちのセリフだっ!! それで話ってなんだよ? そっちの話ならば断わるぞっ」

「そっちがどっちか分からないが取り敢えず今から話すから黙って聞いてくれ。実は──────という事が昨日あってな、魅惑をかけられているかもしれないから一発殴って欲しんだが?」

「…………」

「なんだ? そのあり得ない物を見たかのような表情は?」

「いや、筋トレと剣術、そして帝国騎士団入隊にしか興味のない筋肉馬鹿だと思っていたお前がいっちょ前に恋をしたというんだぞ? そりゃビックリもするしあり得ない物を見ているような気分にもなるだろうが」

「…………いや、ちょっと待て。誰が誰に恋をしたって?」

「だからアイクがマリー・ゴールドへ、だよ」

「……いやいやいや、そうじゃなくてだな、あのマリー・ゴールドだぞ? 恐らくこれは魅惑を──」

「マリー・ゴールド側に一切利点が無いんだが? それと、恐らくマリー・ゴールドはお前の名前すら知らないと思うし、そもそもお前は隠れていたんだろう? なのにどうやってお前に魅惑をかけるんだよ? それとも何か? 隠れているつもりだったけど実はマリー・ゴールドにはお前が盗み見ている事がバレバレだったとでも言うのか?」

「いや、間違いなく俺の存在はバレてな……い…………となると、どうやって魅惑の魔術を俺に行使したんだ?」

「まったく、初めての恋心でテンパってるのは分かるが、そもそもマリー・ゴールドは魔力が無いため魔術の類は一切使えないのだろう? それでどうやって魅惑の魔術を行使するんだよ?」

「…………っ!?」

「そんな、今気づいたみたいな表情されてもな……。恋はここまで人をバカにしてしまうのか……。俺も気を付けるか」



◆マリーside



 何故だろう?


 ここ最近誰かに監視されているような気がするのだけれども?


 しかしながら、視線がした方へ振り向いてみても誰もいない訳で……。


 まぁ、私を攫うようなもの好きも、悪評がとどろいた私と仲良くなりたいと思うような人もいないだろうからきっと気のせいだろう。



◆アイクside



 い、今のは危なかった。


 友に『単なる一目惚れ』だと指摘されて、嘘だと思うもののそれを否定する事も出来ずにこうして毎日マリー・ゴールドの事を監視して自分の感情を確かめているのだが、監視すればするほどマリー・ゴールドの事が気になって仕方がないというか、マリー・ゴールドの全てを知りたいと思ってしまう。


 友からは『お前それ完全にストーカー行為じゃん。一線越えてしまう前にせめて告白しろよな』と言われたのだが、誰がストーカーだ。


 これは俺の感情を確かめる為に必要な行為でありストーカーなどでは断じて違う。


 そして、そんなこんなでマリー・ゴールドの事を監視して分かった事がある。


 彼女は噂のような悪女には全く見えなければ、体調はいつも悪そうに見えるという事である。


 とてもではないが噂のような、逃げる為に二階から飛び降りたなどという行為ができるような身体には見えない。


 一度気になり始めると、俺はマリー・ゴールドの行動だけではなく体調の事まで気になり始めるではないか。


 それからというもの、俺は約1か月にわたってマリー・ゴールドを観察して分かった事がある。


 それは、噂上のマリー・ゴールドと実際のマリー・ゴールドは別人であると断定できる程かけ離れているという事である。


 では、何故そのような噂が流れ始めたのかと考えてみたところ、マリー・ゴールドにとって不都合な噂が流れ始めたのは、丁度カイザル殿下とスフィアが仲良くなり始めた頃と合致するのではなかろうか?


 そして今、カイザル殿下の婚約者候補として有力視されているのはスフィアである。


 …………いやまさかな、流石にそこまでカイザル殿下が考え無しの人物である訳がない……と思いたいが、そうとしか考えられない訳で……。


「けほけほっ!!」

「お、おいっ!! 大丈夫かっ!?」


 そんな事を考えると、後をつけていた……ではなく、見守っていたマリー・ゴールドが咳をしたかと思うとそのまま蹲るではないか。


「……なるほど。最近視線を感じると思っていましたが、あなたでしたのね……」


 そしてマリー・ゴールドはそう言うと力尽きたのか意識を失ってしまうではないか。


 そのマリー・ゴールドが手に持っているハンカチには赤い血がついていた。



◆マリー・ゴールドside



「と、いう訳で私の身体は欠陥品であり、魔力は膨大にあるけれどもそれを入れる受け皿が壊れている状態というわけです。膨大魔力を持っていたお陰で何とか受け皿が壊れた状態であっても死ぬ事はないけれども、病弱な身体になってしまいこのありさまよ。もし膨大な魔力を持っていなければもしかしたら受け皿も壊れていなかったと思うと複雑だけれども……でもこれが私だと受け入れるしかないわね」


 目覚めると学園の保健室のベッドにいつの間にか運ばれていたようだ。


 傍にはアイクが心配そうに覗き込んでくる。


 一応保健医からは命に別状は無いので安静にすればいいとの事のようなのだが、倒れる前に吐血してしまったせいで無駄に心配をさせてしまったようである。


 取り敢えずこのまま追い返すのも可哀そうだし、追い返したところで病弱な身体がバレてしまった以上納得いく説明をしない事には安心しないだろうと思った私は、まるで雨に打たれた子犬のような表情で見つめてくるアイクに私の身体の事を説明するのだが、何故か余計に心配そうな視線を送ってくるではないか。


「まったく、そんな表情をしてどうしたのよ。私の悪い噂は貴方も知っているでしょう? 他人から心配されるような人ではないからもう私の事は放っておいても大丈夫──」

「大丈夫じゃないっ!!」


 なのでもう大丈夫だと言おうとしたのに、私の言葉は泣きそうな表情に変わっているアイクによって遮られる。


「なんで、その悪い噂は全て嘘だと言わないんだっ!! ここ最近マリー・ゴールド、君の事を見ていたのだが、とてもではないが噂のような人物ではない事くらい直ぐに分かったっ!! だから……だから俺の前だけはそんな嘘を吐かないで欲しい……っ!! もし、今もマリーの事を傷つけるような人がまだいたのであれば俺を頼って欲しい。一生をかけてマリーを助けると誓うっ!!」

「…………ふふっ」

「な、何か俺はおかしなことを言ってしまっただろうか?」

「いえ、何もおかしな事は言ってはいないわ。ただ、愛の告白みたいだなと……」

「……あっ」


 そして、おそらく感情のまま言葉を紡いでしまったのだろう。


 私の指摘で自分の言った言葉を認識したアイクは顔を真っ赤にする。


「まぁ、わたくしもカイザル殿下ではなくてアイクが婚約者であったのならば……いえ、あり得ないタラレバですわね。忘れてください」

「嫌だ」

「……はい?」

「忘れるものか。むしろマリーさえ良ければこのまま婚約をしたいと俺は思っているっ!!」


 はいぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいっ!?



◆カイザルside



「くそくそくそっ!!」

「そんなにカリカリしないでくださいよぉ。カイザル殿下」

「うるせぇ! そもそもお前がマリーが邪魔だから婚約破棄をして欲しいと言ったのが原因ではないかっ!!」

「きゃぁっ!?」


 あのパーティーの後俺はお父様に呼ばれ、何かと思ったら『マリー・ゴールドと婚約を解消したのであれば、お前は最早なんの価値もなくなった。お前は勘違いしているようだが、我が皇族が欲しいのはマリー・ゴールドの血であり、お前ではない。これならば弟をマリー・ゴールドと婚約をと思いたいところではあるが、あのような大衆の面前で最悪な方法で婚約破棄をしたのだ。もう弟をお前の代わりに婚約者として進める事すらできない程の失態だろう。今までは大目に見てきたが、どうやら甘やかしすぎていたようだ。ここは親としてもお前にお灸を据える必要があると思わざるを得ない』と言うではないか。


 そして一か月後、父上の言っていたように俺は皇位継承権が剥奪された。


 それもこれも全てこの糞女のせいではないか。


 コイツだけではない。マリー・ゴールドも同罪である。


 何が『こうなればマリー・ゴールドの子供と我が弟の子供を婚約させるのが一番マシか……』だ、ふざけやがって。


 この糞女もマリー・ゴールドも、この俺をコケにした事を後悔させてやる。


 とりあえずは目の前の糞女だ。



◆マリー・ゴールドside



 婚約の話はとんとん拍子で進み、私はアイクと婚約する事となった。


「ちょ、ちょっと恥ずかしいじゃないのっ!! 降ろしなさいっ!!」

「いや、ダメだね。俺の大切なマリーがまた倒れたりしないようにしなきゃいけないだろう? それに俺はあの時にマリーを護ると誓ったんだ」

「だからって皆が見ている前でお姫様抱っこは流石に恥ずかしいと言っているのよっ!!」

「ダメだね。マリーは歩くだけでもかなりキツイ事を俺は知っているからな。無理はさせたくない」


 何故か知らないのだけれども、婚約してからというものアイクの溺愛っぷりが日に日に酷くなってきてるので、誰かどうにかして欲しい。


「……ダメか?」


 そして、こういう時に子犬のような表情で見つめてくるのは卑怯だと思う


「ねぇ、見てっ!! あのアイク様がマリー様にべた惚れですわっ!!

「しかもあのアイク様がお姫様抱っこを……羨ましいですっ」

「アイク様がマリー様にぞっこんというあの噂は本当でしたのね……」

「それにしてもお似合いのお二人ですわよね……」

「マリー様の婚約破棄された理由が全てカイザル殿下の嘘と分かりましたし、マリー様には幸せになって欲しいですわ」


 そして聞こえてくる周囲の声に恥ずかしさが増してくるのだが、子犬の表情で見つめてくるアイク(イケメン)の要望を断れるほど、私は前世でも今世でも男性経験がないわけで……。


「わ、分かったわよ。アイクの好きにしてちょうだい」

「マリーならそう言うと思った……ちゅ」

「んなっ!?」

「「「きゃぁぁぁあっ!!」」」


 私は折れてアイクの好きにして良いと言うと、アイクは私の頬にキスをするではないか。


 そして周囲の令嬢たちよ。手で目を隠しているように見えて指の隙間から覗いている事はバレバレですわよっ!!


 ちなみに私とアイクの婚約が決まる少し前、皇帝から直々にカイザル殿下との婚約破棄の原因であるマリー・ゴールドの噂は全てカイザル殿下の捏造であるという声明がなされ、学園では割と平和に過ごせていたりする。


「お前のせいで、お前のせいで、お前のせいで、」


 当初は学園の生徒たちから謝罪の嵐であったのだが、今はそれも落ち着いてきているそんな時、目の前にカイザル殿下が何かを呟きながら私の前に現れるではないか。


「カイザル殿下……たしかスフィア様を暴行した為幽閉されていたのでは……?」

「うるせぇっ!! 俺の人生をめちゃくちゃにした奴に正義の鉄槌を下すまで俺様を止められるとぐべはぁっ!?」

「俺の愛おしいマリーに、何をするって? 次は容赦しないぞ?」

「ぐ……っ」

「どうする?」

「ひ、ひぃぃぃいいいっ!!」

「いたぞっ!!捕まえろっ!!」

「お、おいっ!! 離せっ!! 無礼者たちがっ!! 俺は次期皇帝となる男だぞっ!!」


 そしてカイザルは懐に隠していたナイフを出したところでアイクが私をお姫様抱っこをしたまま見切れない程速い蹴り技でカイザル殿下の頬に一撃を入れて吹き飛ばすと、怒りの表情のアイクを見たカイザル殿下はそのまま逃げようとしたところを衛兵に確保されていった。


 その姿を見て、私は今まであんなにちっぽけな存在に縛られていたんだなと、心が軽くなった。


 それと同時に、カイザル殿下に感じていたモノとは違う、どこか暖かい感情が胸に小さな火を灯した。


「…………私、アイクの事、その、好きかもしれないわ」

「え? なんて? 聞こえなかったからもう一回言ってくれっ!!」

「絶対聞こえているでしょうっ!? 嫌ですわよっ!!」


 前世の記憶を思い出した時はどうなるものかと思っていたのだけれども、結果私は今幸せです。

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