数百年ぶりの八百比丘尼

OJH

第一章

昔々あるところにそれはもう美しい一人の娘がおりました。彼女は全国各地を旅し、たくさんの男と結ばれました。しかし、彼女の愛した人は全員彼女よりも先に死んでしまいます。なぜなら彼女は年を取らないからです。常に美しい姿でしたが、年齢は数百歳を超えていました。彼女は、愛する人がなくなるたびに心を痛めました。そしてそのうち尼となりました。そして生きるのに疲れた彼女はとある洞窟に入り、出てきませんでした。

帰りたいな。

この探究活動を選んだことを後悔した。地元のことだと思って選んだけれど、まさか一人で活動することになるなんて思ってもいなかった。高校も進学したばっかだし、中学の友だちは別の友達と組んでるし...。まぁ、実際一人でもなんとかなっているから別にいいけど、今日はなんだか、気晴らしに友だちと喋りたいと思ってしまう。そのくらい憂鬱だった。

その理由がこの”声”たちだ。

「おい!こいつ今こっち見たぞ!」

「本当か?そんな人間、久々に見たぞ!」

「お嬢ちゃん!聞こえてるだろ〜」

などなど…本当にうるさい。耳をふさぎたいが声が聞こえてることがバレてしまう。そりゃ、霊感の強い人に出会ったら興奮するだろう。死んだら私もそうなるのかもしれない。この霊たちも悪意があるわけではないのだろう。けど、どうしても八つ当たりしてしまいたい気分だ。真面目に答えているのに間違えてクラスのみんなに笑われる、そんな感じだ。

「お墓…多いですね…」

それとなく伝われと思い遠回しにお坊さんに伝えてみた。

「そうですね。これでもお寺なので」

真面目に返ってきた返答にも嫌気が差してきた。いや、そもそも霊感を持っている私がおかしいのはわかるが、こんな当たり前のこと聞いているのだから少しは違和感を感じないのだろうか。

「つきましたよ。」

やっと、墓から離れた。そろそろ霊たちも諦めてくれるだろう。

「ここが八百比丘尼入定洞です。」


ああ…もっと壮大なものを期待していたんだけどな…。正直な感想だった。

地元といいつつも地区が違うからあまり知らなかったんだ。

きっとそこで見ている人もそう思ってるんだろうと思う。

写真だけ取って帰ろうかと思い、カメラを向けた。

その時、違和感を感じた。

慌ててカメラを下げた。うん。いる。のに…

「えっ…マジか」

つい声に出してしまうくらい、驚いてしまった。そして相手は私を見ていうのだ。

「私が見えるのですか」

あぁ…幽霊か…やってしまったな。





無視しようとしたけど反応してしまったせいかしつこく話しかけてきた

「あの…見えていますよね」

もう言い逃れはできないのはわかっているが今、反応するともっとめんどくさい事になるのはあきらかだ。

ただ耐える。それだけだ。


「あの…ここどこですか…?」

家までついてくるとは思わなかった。学校についてきてから嫌な予感はしていたけど家までとは、予想外だった。

まさか取り憑かれてる?いや、幽霊は見えるけど、取り憑かれたことはないしそんな幽霊、見たことない。そもそも幽霊は、墓が家みたいなものだから、本能的に墓に帰りたくなるもの。墓がないやつは、死んだ場所にいることが多い。例外としてはこの世に未練が残ってる霊か…でもそいつらにも墓があるから霊の感覚的には近いお出かけのはず…

ということは、こいつは、私か私の知り合いに未練があって、今旅行気分を味わっているということになる。

「あの…聞こえていますよね?」

そもそもこいつは誰だ?

こいつは八百比丘尼入定洞にいた。

あの周りには墓がいっぱいあったからあの中の誰かだと思っていたけれど…

彼女の服は、あまりにも古い。歴史は特に詳しいわけではないが、おおよそ…鎌倉とか?いや、江戸とかかもしれないけれど。でも、明治以降の服装ではない。というか比丘尼?女性の僧っぽいし…でもショートなんだよな。ちょっと髪の毛が見える。でも、大河でやってた藤原定子も出家したときショートだったし…あの時代はそうなのかも。

ん?八百比丘尼入定洞にいて?出家してて?女性?


「八百比丘尼…?」


「はい!」


えっ…マジか…てか、答えたし…


「えっ死んだの⁉️」

そりゃ、八百比丘尼は普通の人間は死んでしまうくらいの年はとってますけど、彼女、800歳生きたという伝説の人だし、死なないと思ってた。と、言うか…八百比丘尼って生まれたの飛鳥時代じゃなかったっけ?探究学習で調べた気がする。

気になったことは、すぐに調べる。常に心がけてること。ただ、これは調べるべきではなかったかもしれない。そう思ったのは、調べてすぐだった。

「えっ…飛鳥時代って、西暦592〜710年…え…じゃあ、800年旅していたから…だいたい1400〜1500年に洞窟に入ったとして…今2024年…」

頭が痛くなってきた。幽霊ってそんな生きるの…じゃあこの世って幽霊だらけじゃないか

「あっ今も生きてます」

「んなわけないじゃん!じゃあ、あなたは誰なのよ!」

「八百比丘尼です!」

いや、生きてるって勘違いしてるの?

「あなたは幽霊なんだから、もう死んじゃってるんだよ」

「あっ…いえ、これは生きたまま、魂だけ外に出しているだけで、生きてはいます。」

意味のわからないことを言っている。…つまり幽体離脱ということだろうか。

「いや、そんなことできるの!?」

幽体離脱なんて芸人のネタでしか聞いたことない。できるわけがない。体と魂は一心同体。片方だけ離れるなんておかしい。それは、死も同然のはず。体と魂の関係は、文字通り切っても切れない関係なのだから。

本当にできるならば、それは”死”。肉体の死だったら、魂が自由になる。魂の死ならば、肉体が自由になる。どちらも自由になるなんてありえない。

「私は、とても長い間、生きていましたが、体は、老いません。一方魂の方は、老いています。なので、私は、体と魂のつながりが浅くなっているのかもしれません。だから、これは、きっと私だけができる特殊な技なのです。」

「よくわからないけれど、あなたは、八百比丘尼なのね。」

嘘かもしれないけれど、信じてみることにした。そうしないと、話ができない。

それに彼女、すごくきれいだから。

噂によれば、八百比丘尼ってめっちゃ美人って噂があるんだよね。

なにせ何人もの男の人を落としてきてるんだから。そりゃ美人だよね。

現代にも通用するよ。

「では、次にこちらからの質問に答えていただけないでしょうか。」

「うん。」

「ここはどこですか?」

「福井県小浜市。昔は若狭国とか呼ばれてたとこだよ。」

「では、今は、いつでしょうか。」

「西暦2024年。令和6年。」

「…というと?」

「あなたが知っている最近の有名人は?」

「えっと…私が洞窟に籠もる前は、足利の政経がどうとかいう噂を。その後は…一番新しいので言うとアメリカと…戦争?とか?」

言葉が出てこなかった。いや、1400〜1500年だから...めっちゃ昔、室町とか…古いなぁ。

そして、一番新しいので、第二次世界大戦…だいたい、おじいちゃん世代の人たちの話が最新って…時代遅れにもほどがある。

「えっと、あなたが言っている最新がだいたい80年くらい前の話になるのよ。そして、あなたが洞窟にこもってからは500〜600年…」

明らかに驚いた顔をしている。

そりゃ、ショックを受けるよ。なかなかしんどいだろうに。

「なるほど。だから、こんなにも街が変わっているのですね。」

え、それだけなの!?こんだけ生きていると、感覚もおかしくなるのなのか。

「もっと驚かないの?」

「驚いていますよ。この前、来たときと比べて、黒い道が増えて、家の形なんて、変わりまくっていますし、何より街が明るすぎます。夜なのに」

いくら田舎といっても街灯はある。かなり暗い裏道なんてザラにあるが、私が帰宅する路は国道と住宅地だ。街灯がなくったって窓から漏れる光がある。都会に比べたらそりゃ、静かで暗くて星が綺麗に見えるだろうが。

だけど昭和、大正が最新の情報である彼女にとっては明るいのかも。

「それに、動く箱もありますし。」

車か。動く箱って…的確な表現ではあるけど。

田舎では車は生活の必需品。車無しでは生きていくのは難しい。現に私が住んでいる福井県は車の保有率が日本一だ。特に、私の住んでいる小浜市は、福井の中でも南…特に田舎に属している。だから人口の割に車が走っているんだ。

「でも…人は変わっていません。だから、大丈夫です。」

いきなり哲学的なことを言い出した。しかも、心底嬉しそうな顔で。

不思議な感性だと思う。人は変わるものだし、私は昔の人よりも志が低いと思っている。もし、昔の時代…それこそ鎌倉とかの時代だったら生きていく自信がない。

娯楽もなく、その日の食事にたどり着くのがいっぱいいっぱいの生活なんてしたくない。

だから今、一生懸命勉強しているわけで…。

正直、他人の人生なんてどうでもいい。だから、たとえ未練があった幽霊を見つけても無視するし、遺族に一生懸命話しかけている幽霊がいても教えない。

周りに変な目で見られないため。

自分の人生を自分自身で守るため。

きっと、みんなそうしている。そう思っている。

だから、彼女の思いがわからない。

人は、自分の大事なことを中心に考えるから。

変わらないわけないから。

「何をもって変わらないっていうの?」

「ふふ。私は長い間旅をしてきましたからわかるのです。皆、大切な人のために頑張っているって。」

そう言って彼女は続ける

「先ほどすれ違った人は、あなたのことを愛しく見ていたでしょう。」

帰る途中、近所のおばさんの話をしてきた。いつも学校帰りに「おかえり」って言ってくる人だ。なんて返せばいいのかわからなくて、いつもお辞儀だけして挨拶は返していない。

「きっとあなたのことが大切なのですよ。たと

え違う家の子でも。」

確かに、いつもお辞儀だけで何も言わない子なんて感じが悪くて、すぐに無視するだろう。けれど、あの人は、私が小学生の時からずっと挨拶してくれている。

「近所の人のことを大事に思い、協力する…私が人として生きていた頃から何一つ変わっていません。」

「そう」

それ以外何も話さなかった。言葉が出なかったんだ。

彼女の言っていることは、私にはわからない。きっと、私が、まだ15年とちょっとしか生きていないし、ここ以外住んだことないからなのかな。

でも、彼女の言っていることが理解できるのは、私がシワクチャのおばあちゃんになった頃なのかも。

もしかしたら、一生わからないのかも。

けれども彼女の人生が少しだけ気になったかもしれない。


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