第二幕 幽世まで
再び町中に戻り、とりあえず必要なものシヅルの指示に従って買い始める。お米や大福といった縁起の良さそうなものを一通り買い、もちろん荷物は朧介が持ってやる。
「大福って縁起物だったんだな」
「そうだよ。でも大福を選んだのは、きよめご達の好物だからという理由が大きい」
「へぇ、そうなのか」
あの小さな丸い光のような体でも、お供え物が食べられるのかと要らぬ想像をしていると、ふとシヅルが足を止めて横を見た。道端の屋台で鉢巻を撒いた親父がコロッケを揚げている。気温が低いこともあって、揚げ油とコロッケからもうもうと湯気があがっていた。
「これは何?」
「コロッケだな」
「ころっけ?」
「食べたことないのか」
ふるふると首を振るのを見届けて、屋台の親父に「二個」と簡潔に注文し、料金を払う。紙に包まれた揚げ立てのコロッケの片方を渡してやれば、シヅルはクンクンと犬のように鼻を近づけて匂いを嗅いだ。こちらをちらりと伺うもんだから、まずは朧介が率先して一口食べて見せてやる。ホクホクしたジャガイモに程よく味付けがしてある。「美味いぞ」と勧めれば、シヅルもようやくコロッケにぱくりとかぶりついた。
パッと、表情が明るくなる。
「美味しい……!」
まるで花が咲くように笑ったシヅルに、思わず目を見張る。可愛いと……ふいに心の奥に芽生えた感想に、どうかしていると思わず口を覆う。普段勇ましい口調で凛としているシヅルが、こうも妖怪らしからぬ表情をするのかと、胸がどきどきと高鳴りそうになる。
「近代の人間の料理にはあまり詳しくないけど、こんなに美味しいなんて……!」
「気に入ったならよかった。何個か買って帰るか。シロクにも食べさせてやろう」
さり気なく顔を隠すように背けて、もうあと数個ほど追加で注文してコロッケを買った。料金を渡す際に、店主の男性がちらりとシヅルを見た。
「そんなに美味しそうに食べてくれると、作り甲斐があるよ」
ははは、と男性は陽気に笑う。
「兄ちゃん、彼女可愛いじゃねぇか。ハイカラさんっていうのか? 可愛い恰好が様になってるなぁ。この辺りじゃ見かけない美しさだ」
「ええ、いや……彼女……って……」
思わず語尾が小さくなって、否定が否定にならなくなる。
店主がシヅルを褒めちぎるもんだから、なんだか朧介まで恥ずかしくなってしまった。思わずシヅルに視線を移せば、シヅルもシヅルで褒められた事に対して珍しく照れているらしく、食べかけのコロッケで顔を隠す様にして店主を見ていた。
(彼女……ってことは俺は彼氏に見えるのか……)
店主の言葉が、シヅルがコロッケを食べている間、ずっと脳内を飛び回っていた。
やがてシヅルが食べ終えたのを確認してから、再び歩き出す。なんとなく真横を歩くのがむず痒く感じ、つい早足になってしまう。シヅルも歩行速度が遅いわけではないから、普通に朧介の少し後ろをついて歩いてきた。
気を紛らわせようと道端に出ている露店を眺める。りんご飴に綿菓子、焼きそばなんかの出店が並ぶ。恐らくさっき立ち寄ったコロッケの店も祭りの期間だけの出店なのだろうと考えつつ、ふとすぐ後ろにいたはずのシヅルの気配が消えていることに気がついた。
振り返れば、彼女は五メートル程後ろで足を止め、何かをじっと見つめていた。歩みを戻して見てみれば、どうやら食べ物の出店ではなく、ガラス細工の店のようだ。目線の先を追えばガラス細工の花が付いた
先程、彼女と言われた言葉が再び落ちてきて、胸の奥でことりと音を当てた。
今だけ……人々が抱いてくれたイメージにあやかっても、バチは当たらないだろうか。
「親父さん、その簪一つ」
簪を指させば、にこやかな笑顔の店主がお金と引き換えにそれを朧介に手渡す。「お嬢ちゃん別嬪さんだから絶対似合うぞ!」とお墨付きを得て、また心がむずむずとした。
ありがとうとお礼を言って、シヅルの方へ向き直る。彼女は目を丸くして朧介を見ていた。
普段のシヅルにはない表情だなと内心苦笑しつつ、右手を彼女の頭の後ろに回し、綺麗に結ってあるお団子にそっと挿してやる。体と体の距離が自然に近づけば、花の様な良い匂いがした。
「え、朧介殿……あの、」
シヅルがそわそわと自分のお団子を気にする。動くたびにガラスの簪は彼女がつけている耳飾りのように良い音をさせた。
「……うん、似合ってる」
自然と目元が緩む。
「…………!」
目の前の少女の頬が、目元が、まるで梅の花のようにほんのりと色づいた。
宝石のようにきらきらと輝いた瞳が朧介を捉えて離さない。そんな目で見ないでくれよ、という言葉は音にならず、胸の奥に積もったままになる。
(なんなんだ、これは)
無意識に、つばを飲み込んだ。
(……どんな顔をすればいいか、わからなくなる)
自分は照れているのだろうか。
戦場にいた頃、そういった役目を仰せつかった女性に世話をしてもらった事こそあるが、おおよそちゃんとした男女の仲というものは経験したことがない。ゆえに朧介にはよくわからなかった。ただ、柄にもなく頬が緩んだことだけは自分でわかった。
もしも……お互いに今のような状況で出会っていなければ、そういう道もあったのだろうか。
考えて、ハッとする。
何を馬鹿なことを考えたのかと、自らの拳に少しだけ爪を立てた。
今の状況になっていなければ、そもそも出会う運命ですらなかったかもしれないのだ。
(馬鹿だな、俺も。何考えてやがる)
頭の中身を全部振り払うようにして、一度呼吸を整える。
そのままゆっくりと、なるべく丁寧に言葉を紡ぐ。
「……俺からの贈り物。いつも、ありがとうな」
言えばやはり照れくさく、誤魔化そうとポケットの煙草に手を伸ばせば、もう中身がないことに気がつく。買っておけばよかったと思わず眉を寄せれば、目の先でシヅルがふふっと可愛らしく笑って言った。
「煙草も買おう。せっかくだから、少し休憩も」
行って踵を返すシヅルの足取りはどこか軽やかで、まるで年相応の女の子に見えた。
角の煙草屋で二箱程買い、近くの茶屋の軒下に座る。荷物を下ろしてから煙草を咥えて火を付ければ、普段通りの馴染みある匂いが辺りに立ち込めた。おやつ時もとうに過ぎ、夕方が近いということもあって、茶屋に人は少ない。遠くで烏が鳴いていた。
「……っと、お茶を飲んでいる時に煙草はいけないな」
隣に座って、熱々のほうじ茶を啜っているシヅルの休憩の妨げになってはいけないと、火をつけた煙草を地面に落として消そうとすれば、白い手が伸びてきてそれを止めた。
「消さなくていい。煙草の匂いは嫌いじゃないから」
「そうなのか。非喫煙者はこの煙が苦手な奴が多いからな」
捨てようとしていた煙草を再び咥えて深く吸い、ふぅっと紫煙を吐き出す。寒気に溶けたそれが風に攫われていく。
「朧介殿、知っているか」
西の空が徐々に夜の紫を映し始める。
「紫煙は供養にもなるから、
「幽世……あの世ってことか」
こくりと頷く。
「だから……朧介殿の気持ちも、思いも、心も……きっとあちらにいる者達に届いているよ」
思わずシヅルの方を見やれば、宝石のような瞳が朧介を見ていた。夜の匂いを含んだ風が彼女の髪を揺らして、その瞳を隠す。
「…………」
亡くなった母の姿が、浮かんだ。
同時に、戦地で一人……また一人と消えていった沢山の仲間の姿を思い出す。
自らが手に掛けた、どこの誰かもわからない命の姿も――。
「……そうか、」
目を、伏せた。
「……そうだといいな」
それ以上、朧介は何も言えなかった。
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