紫煙たゆたえ幽世まで。
城之内 綾人
序章壱 昭和十九年
密林の先で、耳の鼓膜を突き破るような音が鳴り続いている。地面に倒れ込んだまま、途切れそうになる意識を懸命に繋ぎ留めて、上手く機能してくれない気管で酸素を取り込もうと口を開ける。うつ伏せはよくない、肺が圧迫されて余計に苦しくなる。鼻先に感じる土の匂いから逃れるように仰向けに転がれば、今度はむせ返るような鉄と火薬の臭いが鼻を突いた。
パッと一瞬、音が鳴り続く方の空が明るくなった。轟音。恐らく誰かが照明弾を使ったのだろう。いまだ鳴りやまない銃声と、叫ぶ兵の声。もはや敵味方どちらのものか見当もつかない。
「…………――、」
声を出そうにも出ない。まるで喉に穴でも開いてしまったかのように、ヒューヒューと悲しく気管が鳴るだけだ。誰か、生きているか。そう問いかけたくても出来ない。眼球が動く範囲で辺りを眺めて、濁った視界のもと察した。倒れ込んでいる仲間はもう事切れている。誰もかれも、こんな見知らぬ孤島の密林に送り込まれ、暗い藪の中であっという間に死んでいく。
――村のために、死んで来てくれ。お前が死ねば、村は助かる。
いつだったか、表情一つ崩さずに発せられた言葉が蘇る。確かに最初こそ死んでやるつもりだった。しかし、今となってはそんな気持ちは微塵もない。
鈍痛が全身に蔓延し、もはやどこを負傷しているかもわからない。夜空に月が見えていたが、それも霞んで見えなくなる。あんなに聞こえていた音が、もうあまり耳に入らない。
ああ、結局、死ぬのか。こんな見知らぬ密林で。
「…………し」
死にたくない、ではなかった。死んでやりたくない、そう言いたかった。だがやはり、どう足掻いても、それ以上は声にはならなかった。
「…………」
照明が落とされるように徐々に視界の端から暗くなり、意識が沈んでいく。何も考えられなくなり、何もわからなくなる。
刹那。
何かが月光を遮ったかと思えば、その何かが体に覆いかぶさってこようとしていた。獣かと思ったが、触れられたはずの肌には何も感じない。そこにあるのは、ただ黒い大きな何か。
シヌニハ、オシイ。
それは幻聴だったのか。
脳に直接響くような艶めかしい声が何か囁いた気がしたが、考える暇もなく、意識はそのまま暗い闇へと溶けて消えた。
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