第25話 初陣、“西山月子”
「さ、榊原………?」
インターハイ予選直前に知らない人物に絡まれた格好の月子。明日香の呟きを聞いてもピンとはきていないようだった。
「おおっ、あんたは白川!畠山におるって噂は本当やったとねぇ!久しぶりやけど元気しとるね?」
月子の隣にいる明日香にも榊原は気がついたようでにこやかに声をかけた。
「……ご無沙汰してます」
「なんね、よそよそしか!同級生やし知らん仲じゃかなかやろ?いやあしかし白川も凄かねえ、中央行かんで畠山で薙刀部ば作るとか……」
「ちょっとあんたなんね、試合前に。知り合いかなんか知らんけど、少しは気ば遣わんね。そいと、ウチの薙刀部は“作った”っちゃなくて“復活”させたとよ。間違わんでほしかね」
笑顔のまま語っていた榊原の前に、ずいっと志穂が身を乗り出した。その彫りの深い顔立ちが鋭い視線にさらに迫力を与える。
「ほうっ………そいつは失礼したばい。ちなみにあんたはお初やけども、1年生?」
「一条志穂。西山たちと同じ1年生たい。薙刀歴は2ヶ月!」
値踏みするような顔の榊原に、志穂は胸を張って右手の指を2本立ててピースサインのように堂々と答えた。
榊原は一瞬、目を丸くしたが、すぐに口元をほころばせた。
「……2ヶ月でその面構えしとると?はは、よか。気に入ったばい。あたしはあんたみたいなモンは好きよ」
「褒めてもなんも出らんばい?」
ある意味似た者同士の視線が中空で交差していると、榊原の後ろからまた馬津の制服を着た少女が現れた。
榊原とは対照的にどこか真面目で気弱そうなその少女は来るなり畠山の一同に頭を下げた。
「ひーちゃん!ダメだって試合前に!“日下部のおった!”ってズンズン行っちゃって……皆さん、ごめんなさいごめんなさい!」
「…下柳さん」
明日香はその子にも面識があるようで名前を呼ぶ。
「………はい!
「ほらヨッちゃん、噂は当たっとったろ?白川は畠山に行って薙刀部のを作……おおっと再開させたとよ」
「……白川?この子達は?俺は全然話が見えない」
「あ、明日香ちゃん、このお二人知り合いなの?」
山口と月子の問いに明日香は頷く。
「はい。私が中学時代に何度か戦った事がある知り合いで…馬津高校の榊原さんと下柳さんです」
(──そ、そう言えば馬津って!)
未だに榊原にはピンときていないが、馬津高校の名前に月子は目を見開いた。
中央高校と並ぶS県の高校薙刀の雄、馬津高校。実質Sのインターハイ予選は馬津と中央の対抗戦という情報も思い出す。
「──何あれ?ケンカ?」
「──おっ、薙刀?珍しかね」
「──あのポニテの娘ちょっとかわいかな」
榊原のよく通る大きな声も手伝って、周囲の人らも何人か注視し始めていた。
「ひーちゃん!もういい加減にしようよ。目立っちゃってるよ!」
「む……確かに。試合以外で目立つとはあたしのポリシーじゃなかし、白川たちにも悪か。どうも日下部の顔ば久しぶりに見て舞い上がっとたばいね」
自省をするような調子で言いながら、榊原はぺこりと畠山の面々に頭を下げた。
「畠山の皆さん、どうもご迷惑ばおかけしました。すいません」
「私からも謝りますごめんなさい。ひーちゃんは悪気はないんです」
「あ、いや、別に…」
山口は苦笑いを浮かべながら後頭部を掻いた。
「ほら、ひーちゃんもう行こ?先生や先輩に怒られちゃうよ」
芳恵に袖を引かれる形で、榊原は「分かった。ごめんねヨッちゃん」と言うとまた明日香と月子に目をやった。
「うん………白川、今年こそあたしたち馬津は中央ば倒して全国に行くけんね。それと日下部、忘れたなら覚えとかんね。あたしは榊原ひかり……団体は出ると?」
「い、いや、個人戦だけ…」
月子の返答に榊原はニヤリと嬉しそうに笑う。
「そうね。運が良かったら個人戦でやろうで。じゃ、また」
「すいません、すいません!うちのひーちゃんが失礼しました」
また堂々と言い残して、榊原は人混みの向こうへと去っていった。その後ろで何度も頭を下げている芳恵の姿が小さくなるまで、誰も動かなかった。
ざわめきの中の短い静寂。
「……あっれ、なんかすごい子だったな」
ぽつりと山口が漏らした言葉が、皆の胸の中のもやもやを代弁していた。
「ふん、面白か奴たい!白川、西山!薙刀にはあがん変わった奴のおっとね!試合でやるとが待ち遠しかね」
「いや、志穂ちゃん、私たち今日は出ないからね……」
鼻息を荒くする志穂にひよりが弱々しくツッコミを入れたのだった。
「月ちゃん、本当に覚えてないんですか?」
榊原に声をかけられてから1時間ほど過ぎた。開会式も終わり、胴着に着替えた月子と明日香は2人で柔軟運動をしていた。
剣道部も混じっているようで、周囲には似た胴着に袴姿の人が月子らと同じように準備運動などをしている。
「……うん。全国大会で言ってたけど、小学生の時か中学生の時か……分からへん」
明日香に押されつつ身体を折り曲げながら、器用に月子はかぶりを振った。
「そんなに何度も全国大会に出てるなんて…やっぱり月ちゃんは凄いですね。私なんか中3の時の控えでしか出た事ありません」
「もう、小中の全国大会なんかそこまで凄くあらへんって!インターハイみたいに勝って出たわけやないんやし。ほら、交代」
立ち上がり明日香と身体を入れ替える月子。
「それはそうですけどね……しかしあんなキャラクターですが榊原さんは“強い”ですよ」
明日香の台詞には実感がこもっている。
「そっか。明日香ちゃん地元やしやった事あるんやね」
「ええ、と言っても公式戦はほとんどないですが……馬津の私たちの代では一番強いと思います。あの隣にいた下柳さんも大人しそうですが思い切った薙刀をします」
「なるほど。じゃあ………ち……」
月子は『中央の一年生で強いのは?』と聞こうとして咄嗟に止めた。
明日香からすれば、中学時代の仲間。それが今は形の上では“敵”となっている。
もしかすると明日香の気持ちを揺らすかもしれない。普段ならともかく、この試合直前に聞くべき事ではないと思ったからだ。
「ち?なんですか?」
「ち……ちょ、挑戦者の気持ちでいかなアカンね!って言おうとして噛んだんよ!榊原さんとやる時は!挑戦者としてぶつかっていかな!」
やや苦しい言い訳だったが、明日香は納得しているようで何度か頷いて見せた。
「うん……そうだね。私たちはSの4校の中で1番格下だから…挑戦者としてぶつかっていかないと…」
(良かったぁ〜なんとか誤魔化せたみたいや)
ふぅっと息を吐く月子。そうやって柔軟を続けていると山口とひよりと志穂がやって来た。
「ごめんごめん、まさかここのトイレがあがん混むって思わんやった」
「そうそう。人数の割に少ないって!」
「俺が剣道やってた時の古い武道場よりマシだぞ……っと2人ともお疲れ。もうすぐ薙刀競技始まるぞ。団体を後回しで個人戦が先みたいだな」
手元の資料に目を落としながら山口が言う。
「団体戦は3校しか出ませんからね…組み合わせを見せてください」
「私も」
山口から個人戦の組み合わせ表を借りる月子と明日香。
「3人総がかりで8ブロック……でブロックを勝ち抜いた8人でトーナメンか。分かりやすくてええね」
「月ちゃんのAブロックは南高校の2年生と中央の2年生……私のFブロックも南高校の2年生と…馬津の榊原さん」
「ええ?白川さんそれってさっき絡んで来たあの自信満々の人だよね?」
顔を引き締める明日香と驚くひより。
「西山じゃなくて白川のほうに来たか……大丈夫ね?強かとやろ」
「………榊原さんに限らず、この大会に出てる選手の大概は私よりも強いですよ。それよりも月ちゃん」
「ん?何?」
顔を上げて月子をまっすぐ見る明日香。
「南高校の選手はあまり知りませんが、月ちゃんのやるこの中央の2年の
「明日香ちゃん……」
月子はやや呆気に取られた顔をした。先程自分が気を遣って言わなかった話題を明日香自身が口にしたからだ。
(私が気にしすぎてただけなんかな……?それとも明日香ちゃんはとっくに“今の自分”として立ってるって事やろか……もしそうなら見習わなアカンな…)
「どうかしましたか月ちゃん?」
尋ねる明日香に月子は笑ってみせる。
「ううん、なんでもないよ。ありがとう、明日香ちゃん」
月子は両腕を軽く回しながら、呼吸を一つ深くした。
「私Sの選手の事とかまるで知らないし、特徴とかがわかってるだけで、全然ちゃうから」
礼を言いつつ指をポキポキと鳴らす月子。
(月子ちゃんも白川さんも……なんて言うか…試合前の昂り?みたいなのをしているのかな…いつもの2人とちょっと違うような…凄いなあ)
ひよりは経験者2人を見ながら素直に感心していた。
「よし、じゃあ早速白川と西山は移動してくれ。新谷は西山、一条妹は白川についてくれ。俺は時間があれば両方行くけど、どうしても行けない時はすまん」
「センセ、試合って撮るとやろ?」
志穂が山口が手に持っているビデオカメラを指差す。
「ああ、他の部活の先生に聞いたら常識らしいしな……俺がいない時はお前たちのスマホで撮ってくれ。固定用の三脚も貸すから」
「学校に余ってるビデオカメラあって良かったですね」
「ただし畠山大学の方の所有のカメラだから、絶対に壊すなって教頭に言われたけどな…」
「ちょっと世知辛か話やねえ」
その言葉が終わるか終わらないかの時、個人戦の開始を告げるアナウンスが場内に響き渡った。
ざわ……と空気が揺れる。選手たちが決められたコートへと散っていく音、袴の布が擦れる音、どこかで柄を握り直す乾いた音。それぞれが自分の中の緊張を確かめるように動いている。
「……よし、私たちも行こか。次会うのはブロック勝った後やね」
お互い勝ち抜いて本戦トーナメントで戦おう。その意味を込めた激励の言葉は明日香の胸にずんと響いた。
「……はい。月ちゃん、頑張りましょう」
明日香が静かに頷き月子とお互いの手を叩いた。その表情は、いつもの柔らかさよりわずかに硬い。しかしその硬さは、恐れから来るものではなかった。
「ええと試合会場が4つでA・C・E・Hブロックが先だから…うん、西山の方が早いな…まずは南校の橋本戦か……白川、じゃあ先に西山の方に行くからお前は一条妹と頼む」
「はい、行きましょう一条さん」
「よっしゃ!行こうで」
二手に分かれる畠山高校薙刀部。月子とひよりと山口が指定されたコートに向かう。
試合場は八面取られたコート。着くなりそこの外側にいる運営係員に呼ばれる。
「畠山高校一年、西山月子さんですね?もう少ししたら、もう一度お呼びしますので防具とタスキをつけてお待ちください」
赤いタスキを受け取る月子。その場に座り手慣れた様子で防具を身につけていく。
祖父母に買ってもらった防具と真新しい『西山』の垂れネーム。それらを身に纏うと不思議な感覚を覚える。
(関西で買ってもらった防具を着た『西山月子』が畠山高校の選手として出るか…ふふっなんか面白いやん)
「月子ちゃん、タスキを付けさせてもらっていい?私家で練習したから」
赤のタスキをもったひよりが声をかけた。彼女なりに今自分ができる事を精一杯やろうとしている事が伺える。
「うん、ありがとうひよりちゃん。頼むね」
ひよりがタスキを月子の身体に巻き付けながら続ける。スムーズだがタスキの布が少し揺れていた。ひより場の雰囲気などで緊張しているのだろう。
「……頑張ってね月子ちゃん。私も力一杯応援するから」
「それは心強いわあ。よろしくね」
面から脛当てタスキまで全てを身につけた月子がすくっと立ち上がる。
(………ああっ、試合を待つこの感じ…“帰ってきた”感じするわ……)
面越しの視界の向こうには同じ格好の相手が待ち受けている。
───もうすぐ彼女と雌雄を決するのだという実感が濃ゆくなる。
やがて準備が済んだのか。運営員が声を張った。
「白、南高校、橋本選手!」
「はいっ!」
相手が呼ばれる。次は当然月子の番だ。
「赤、畠山高校、西山選手!」
「ハイッ!」
“日下部”ではなく“西山”と呼ばれて出ていくのは初めてだが違和感はなかった。
テープで区切られたその正方形の中へ、月子はしっかりとした足取りで進んでいく。
中央線を挟んで月子と橋本が対峙する。上級生という事もあり月子より身長が高い。
(やっぱり2年の人やからかな落ち着いてるわ………ん?やけどこの人…)
「はじめっ!」
「はぁーっ!めぇーん!!」
はじめの声がかかるや否や、所謂『出バナ』で橋本は飛びかかって来た。
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