第5話 下界

◆下界


「なあ、ピノ。知っているか?」

 少年はそう切り出した。

「村の外れに大きな橋があるだろ?」

 その橋の事はピノも知っていた。その橋から下を眺めると、当然、川が見えるのだが、その川面は透き通っていて、川のずっと下には、ここの世界とは全く違う世界が広がっている。

 つまりこの村は天界に位置し、橋から見えるのは下界だ。

 黒い羽根族には、遠くのものが見えるという特殊能力がある。ピノは、あまり役に立たない能力に思えたが、人によっては下界の様子を見て楽しむ人間もいるそうだ。


「下界には、何十億もの人間が住んでいるんだ」と少年は言った。

 そして、こう続けた。

「その世界の人間には羽が生えていないんだよ」

「だったら、そこでは、この村みたいな差別はないのね?」

 そんな世界だったら行ってみたいな、ピノはそう思った。

「いや、羽はないけど、その世界では戦争や疫病や、様々な差別があるらしい。飢えに苦しんでいる人たちもいる」

 少年は下界の酷い有り様を語った。

「ピノは、そんな世界に行ってみたいか?」

 一瞬「良いな」と思った世界が、想像とは真逆だったので、気持ちが萎えてしまった。

 そんな沈む心の中、少年は続けた。

「でも、下界の人たちは、救いを求めているんだ」

「誰に救いを求めているの?」

「それは・・神だよ」

 少年はそう言った。少年の言う「神」とは伝説の存在だ。この村で信じている人は誰もいない。

 ピノは考えた。

 どうして、下界の人は、居もしない神に救いを求めているのだろう。

 私だって、自分を救ってくれる神さまが居るのなら、「私の背中に黒い羽を生やして!」と祈りたい。

 けれど、ピノの切実な願いは、叶えられることはなかった。

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