YOSAKOI紡ぐ♡恋バナ

熊谷 雅弘

第1話 北の出会い

 広く澄み渡るあお色の空と爽やかな空気、そして大自然が果てしなく拡がる広い大地――

 北海道北部を形容するのに相応ふさわしい景色の中にたたずむ、とある駅…


 旭川からの特急サロベツ1号が、定刻の午後4時43分に到着した。

 特急とはいえ、都市部と違って編成は4両しかない短いもの。

 その4両でも持て余す数少ない乗客のサロベツ1号は、片手で数え切れる僅かな客を降ろすと、日本最北の駅である稚内へと走り去って行った。


 真っ先にサロベツ1号を降りた折原琉悟りゅうご少年は、手の平サイズのデジカメを構え、走り去る列車を動画モードで熱心に撮っている。


 ――いい動画が撮れた…


 満足げな表情の琉悟が、う~んと伸びをしている。

 琉悟は、熱心な撮り鉄なのだ。


 夏の北海道は涼しいものと勝手に決めつけていた琉悟は、意外な暑さに眼鏡を外し、ひたいを右手で拭っている。




 「――キミが…、折原くん?」


 数人の下車客と一緒に駅舎を出た琉悟に、少年が声を掛けてきた。

 「はい」


 青のツナギ服を着る、スラリとした背の高い少年が、あどけなさが残る日焼け顔をニッコリさせている。


 「…よさこいソーラン、踊ったことある?」

 「え?」

 何の脈絡もない唐突な問い掛けに、琉悟は困惑してしまう。


 「――まさか…、そんなの知らないってか?」

 「な、なにを?」

 「う~む、そっかぁ…」

 困惑しまくる琉悟をよそに、少年が独り腕組みをして考え込んでいる…




 「――やっぱ、見てもらった方が早ぇか…」


 眼鏡の下の目玉を上下左右させて戸惑う琉悟へ、少年がヘルメットをホイと放り投げた。

 状況をまるで理解できない琉悟が、あわててヘルメットをキャッチする。


 「――な…、なに?…なに?」


 いつの間にか少年が、停めてあったバイクのリアキャリアに、琉悟が引いてきたキャリーケースを、ゴムバンドで手際よく固定している。

 「――乗りなよ」


 訳が分からないままヘルメットを被り、スズキのジクサーSF250のケツに乗せられた琉悟は、爆音とともに駅前をあとにした…


 ★


 「えぇっ?いきなり連れて来たん?」

 上下ジャージの少女が眼を丸くするが、

 「見てもらった方が、早ぇじゃんか」

 シレッとしたままの少年が、ツナギ服のチャックを下げて上をはだけている。


 30分ほど幹線道路を走ったバイクは、稚内の市街地に入り、宗谷高校の正門を入っていた。

 高校の体育館玄関前で、訳が分からないまま佇む琉悟は、少しイラついて少年と少女のやり取りを眺めている。


 「――あのさぁ」

 琉悟の問い掛けに少年が、ん?という具合に顔を向けた。


 「何なんだよ、いったい?」




 「俺は、近藤智哉」

 少年が笑顔で、琉悟と向き合った。

 「キミが牧場体験する、近藤ファームの息子だよ」

 「――いや…、そうじゃなくてさぁ」


 「…なに?怒ってんの?」

 「――まさかトモスケ…、説明してないの?」

 割り込んだくだんの少女が、顔色を変えている。


 「それじゃあ折原くん、怒っちゃうでしょぉ?」


 ――え?

 途端に琉悟が、驚愕してしまう。


 ――なんで、俺の名前、知ってんのぉ?!




 「――ハルカぁ~!」

 体育館の中から、呼ぶ声が聞こえた。


 「始めるよぉ~!」

 「いま行くぅ!」

 中へ顔を向けて、少女が叫んでいる。


 「――あたしは、吉田遥香」

 名前を告げた遥香と眼が合った琉悟が、思わずたじろいでしまう。


 「近藤ファームの隣の、吉田牧場の娘よ」

 ニッコリ笑うボブショートヘアの遥香に、琉悟は困惑顔で眼鏡へ右手を添えて、軽く会釈を返した…


 ★


 ふと見ると、智哉がいない。


 体育館の中に入って行った遥香を追って、琉悟が中に入ると、ズラリと三列に整列した十数人の少年少女たちが眼に入った。




 ピイィィ――…


 おごそかな横笛の音色が、神々こうごうしく流れ始めた体育館の中では――

 上下ジャージを着て整列する少年少女たちが、軽く両脚を開き腰に両手をあてて、

 全員が同じ姿勢のまま、微動だにしていない…


 「ハアアァァッ!!」


 横笛の音色が途切れ、全員から一斉に気勢が上がった。


 ザッッ!!!

  

 それぞれがポーズをとるが、よく見ると列ごとにポーズが違っている――


 ダダダンッ!! ダンッ!! ダダンッ!! ダダダダ――


 体育館のスピーカーから太鼓が連打される爆音に続いて、三味線速弾きの大音量が、鼓膜が破れんばかりに流れてきた。

 同時に全員が、一斉に跳躍する。

 続いて列の最後方から、巨大な絵柄旗が二本、サァーッと上昇する――


 ――近藤クン?!


 絵柄旗の旗手の一人は、ツナギ服をはだけて上半身黒Tシャツの智哉だ。

 優雅に宙をヒラヒラ舞う巨大な絵柄旗の前で、流れるリズミカルな音楽に合わせ、少年少女たちが飛び跳ね、手脚をキビキビと動かし舞い踊る。


 ――…ソーラン節?


 音楽の旋律には聞き覚えがある、ソーラン節を想起させるようなものが…


 「ハアアァァッ!!」


 一糸乱れず揃った舞いの次は、全員が背を向け、列ごとに揃った見事なウェーブ。

 踊る全員が、笑顔で舞い、体育館狭しと跳ね廻わり――

 四肢を駆使して、しなやかだがキレキレの舞いが、琉悟の眼前で展開されている…


 ――スッゲ…


 ★


 「――やっぱ、知らないんかぁい!」


 『YOSAKOIソーラン』踊りを、琉悟が初めて見たと聞いた智哉が、大声で嘆いている。


 踊りが終わった途端、同年代らしき少年少女たちに囲まれた琉悟は、オドオドしまくりで居心地が悪い事このうえない。




 「でもさぁ、瑠奈ちゃんが踊ったこと、あるってのに…」

 智哉が名指しした小野寺瑠奈がはにかんでいるが、一人だけ普通の服装でいる。


 「二人とも、東京から来たんでしょ?」

 「あたしは、ビミョーに違う…かな?」

 「じゃあ、どこ?」

 二人の話を聞いていても、琉悟はサッパリ訳が分からない…


 「ちょっとぉ、トモスケぇ~」

 腕組みをした遥香が、不機嫌そうに割り込んだ。


 「ちゃんと説明しないと、折原くん訳分かんないじゃん」

 いきなり遥香から肩に右手を置かれたので、琉悟が眼を丸くしている。


 「…折原くんにも、やってもらわないと、困っちゃうからさぁ~」

 猫なで声で、ねだるような遥香の仕草に、イイィィ…と顔を引きつらせてしまう琉悟だが…




 話を要約すると、こうだ。


 遥香と智哉たち、高校1年生から3年生の15人は、8月初旬に旭川で開催される【YOSAKOI・インターハイ】に参加するとのこと。

 高校生たちの踊り手を全国から集め、大勢の観客の前で披露するのだ。


 札幌に対し敵意むき出しの旭川の有志が、毎年6月中旬に大々的に開催される、有名な『YOSAKOIソーラン祭り』に対抗して、この祭りを3年前から始めたとの事。


 しかし、北北海道地区代表である、遥香と智哉たち宗谷学生連合に、祭り直前になって危機が襲った。

 1人が盲腸で入院してしまい、1人が右腕を骨折して、踊れなくなってしまった。

 人数が欠けると、踊りの表現力が小さくなってしまいかねず、大打撃になる恐れがある…


 そこで、北海道天北町主催の過疎化対策事業、『高校生夏休み牧場体験』に当選して招かれた、高校1年生の琉悟と瑠奈を踊り手に加えることで、急場をしのごうという計略なのだ。


 埼玉県草加市で、YOSAKOIソーランのチームメンバーである瑠奈は、一度踊りを見ただけで、振付けを合わせられたが――

 バリバリの鉄道オタクで運動音痴の琉悟に、出来るわけがない…




 「――じゃあ、旗振りをやってもらうしか、ねぇなぁ…」

 「――は、はあっ?!」

 智哉の発案に、琉悟が眼をむいている。


 「あ、あんな大きくて重そうな旗、振れるワケねぇじゃん!」

 「大丈夫。ウチの牧場でミルク缶を2.3日運んだら、ワンチャン振れるようになるって」

 「…み、ミルク缶って、何キロあるんだよ?」

 「50㎏ぐらい、かな?」


 「む――、無理ゲー過ぎィィ!!」


 ★

 ★


 そして夜になり、天北町役場で行われた、夏休み牧場体験の歓迎会を終えた琉悟は、近藤ファーム事務所棟内にある宿泊部屋のデスクの椅子に、疲れ切った身体をドスンと座り込ませた。


 6畳ほどのフローリングの部屋中に響き渡る、大きなため息をついた琉悟は、スマホのロックを解除する。

 高校の友人たちから、LINEチームミーティングの誘いが届いてたので、参加をクリックした…




 「マジかぁ?!それぇ??」


 ミーティングが始まって早々、友人の佐久間優翔と有村幹太が驚愕顔を、スマホの画面狭しと展開している。


 「クソでっけぇ旗、振れってんだぜ?無理ゲーだっての」

 スマホに向かって、琉悟が毒づいている。


 「牧場体験は、どうすんだよ?」

 優翔からの当然の問いに、

 「それはそれで、すんだって」

 投げやりに答える琉悟である。


 「いつ、踊りの練習すんだよ?」

 幹太からの問い掛けに、

 「牧場の仕事が終わってから、近藤くんのバイクで稚内に行ってぇ――」




 ここから琉悟の愚痴めいた説明が、延々と続いた。


 先刻の歓迎会で町長から、そもそも過疎化対策事業で琉悟と瑠奈には牧場体験をしてもらいに来たのにと、遥香と智哉は怒られてもドコ吹く風。

 天北町の牧場の魅力を肌で感じてもらって、将来の移住に繋げようという事業を何だと、と詰められても二人は、YOSAKOI優先だと居直りまくる。


 二人の両親がオドオドして見ている前で、琉悟と瑠奈をYOSAKOIに加勢させなかったら町を出て行くと智哉が息巻いて、慌てた役場の職員たちから羽交い絞めにされてしまう始末。

 結果、散々脅された町長は、渋々了承するしかなかったと――


 そこまで話した憤懣ふんまんやる方ない琉悟が、スマホに向かって怒声を上げてしまう…


 「マジ、あり得なくね?!」

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