輪廻

永嶋良一

第1話 帰る

 帰る・・・


 いつものように、そう入力して『送信』をクリックすると、私はスマホを閉じた。妻の美咲とは返事は返さない約束になっている。


 眼を閉じて、座席に深々と身体を傾けた。背中から電車の単調な振動が伝わって来る。振動が子守唄のように心地よい。


 今日は朝から会議続きで疲れた・・・


 瞼が次第に重たくなってくる。瞳が完全に閉じる直前に・・・電車の中吊り広告が眼に入った。


 『現代怪奇研究所・・不可思議な怪奇現象に襲われたら、当所にお電話を・・XX-XXXX-・・・』


========


 眼が覚めると、電車は最寄り駅のホームに止まっていた。発車のベルが鳴っている。私は座席から立ち上がると、あわててホームに飛び降りた。


 私たちのマンションは、駅から坂道を20分ほど登ったところにある。


 私は去年、美咲と結婚した。子どもはまだいない。私たちは結婚と同時に今のマンションに引っ越した。古いマンションだ。郊外にあるため、通勤に2時間近く掛かるが・・・小高い山に囲まれた閑静な場所にあるのが気に入ったのだ。


 8階建てのマンションの入り口を入って、エレベーターで5階に上がった。私たちの部屋は505号室だ。


 私は505号室の前に立つと、玄関のチャイムを鳴らした。少ししてドアが開いた。


 室内の明るいLEDライトを背にして、美咲が立っていた。


 が、何かおかしい?


 私の眼の前にいるのは確かに美咲なのだが・・・何かがいつもと違っているのだ。


 髪型が少し違うようだし、見たこともないセーターを着ている。


 美容室に行って・・・帰りに洋品店でセーターを買ったのだろうか?


 呆然と突っ立ったままの私に、美咲が笑いかけた。


 「あなた、どうしたの? さぁ、早くお入りなさいよ」


 私はあわてて聞いた。


 「美咲。美容室に行ったの?」


 美咲は首を振った。


 「ううん。行ってないわよ。どうして?」


 「い、いや。髪型が少し変わったかなと思って・・・」


 美咲が髪に手をやった。


 「ああ、これね。朝、セットするときに、ちょっと変えてみたのよ」


 美咲はそう言うと、私に背を向けて、キッチンに入って行った。キッチンから、シチューの香りが漂ってきている。

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