第6話

 ただ、問題はこの容姿。『彼氏にしたい』ではなく、『弟にしたい』と言われることが増え、結局彼女を一度も作れずにいた。

 守られるっていうより、守りたいタイプとか言われて、頼りないと遠回しに言われることに、完全に慣れている。だから、もう彼女なんか要らないとか、自分で勝手に拗ねているところだ。

 社会人になって、ちゃんと稼げるようになったら、ジムやオシャレにお金をかけて自分磨きをする。そしたら、絶対可愛い彼女を作ってやると、心に誓っているんだから。


「……暴行罪って、何年で出られんの?」


 素敵な未来設計が音を立てて崩れる中で、俺は体を震わせてその罪はどれだけ償ったら釈放されるのかと、現実を見る。


「俺、……が、悪いのか……」


 出会い頭に男からキスなんかされて、抵抗しない奴なんかいないだろう。人違いでもさ、俺悪くないよな。

 当然の行動だった。でも相手が悪かった。絶対手をあげちゃいけない人だった、ただそれだけ。


「ううっ、なんで俺、全然カッコよくなんないんだよぉ」


 男なのに、可愛い容姿とか絶対要らないだろうと、どんどん蹲る。もうほんと泣きたい。

 じわじわと涙が滲んできたその時、


「陸、入ってもいい?」


 ドアの向こうから母さんの声がして、俺は慌てて布団を跳ねのけて、滲んだ涙を必死に飲み込む。


「あ、うん、大丈夫だけど」

「さっき火月ちゃんと水月ちゃんから、連絡があってね」

「二人から?」

「学校でちょっともめ事があって、落ち込んでるはずだって教えてくれたの」


 あんなことがあって、二人は心配して電話をくれたみたいだった。友達の優しさに俺はついに泣き出してしまった。


「陸?」


 突然涙を流し始めた俺を、母さんはそのまま抱きしめてくれた。強く抱きしめられる腕は、すごく安心して、嗚咽まで出てしまう。


「母さん、……っ、俺……俺……」

「何があったか知らないけど、陸がいきなり名門校へ行くなんて言った時は、びっくりしちゃった」


 母さんは俺を抱きしめたまま、クスッと笑った。

 決して合格できるような成績じゃなかったけど、いい大学に行って、いい会社に入って、両親に親孝行するって決めたのは、高校二年の時だった。

 クラスメイトの両親が、事故で亡くなったのがきっかけだ。一人っ子の俺が出来ることは、いい会社に入って、安心させることなんじゃないかって、勝手に決めて、それから猛勉強を開始した。勝ち組になってやるなんて、邪な考えもあったと思う。

 火月はサッカーの名門校だったのでそこを受けると言い、水月は火月と一緒がいいとそこを受けると言った。で、俺もここを目標に三人で何日も何日も勉強した。

 三人で絶対合格! って、壁に張り紙までして、よく家に泊って勉強会を開いたのが懐かしい。

 それが、入学早々にこんなことになるなんて……。


「ごめん、母さん」


 もう謝罪しか出てこない。親孝行どころか、親不孝もいいとこだ。


「いつもの明るい陸はどうしたの? 大丈夫、明日はきっといい日になるわ」

「……っ、う、……」

「大学生にもなって、そんなに泣かないの」


 しがみついて泣き出した俺に、母さんは優しくしてくれたけど、それが余計罪悪感を重くした。明日にはきっと警察がきて、俺は学校を退学になり、刑務所に送られるんだと、これが最後かもしれないと、母さんに思いっきり抱きついた。






 ◆◆◆

 翌朝、てっきり家に警察が来るものだと思っていたが、訪問者はおらず、俺は重たい足を引きずって学校へと向かう。


「おはよう陸くん、顔色悪いけど大丈夫?」


 いつもの角で待っていた水月が、真っ青な顔色を覗き込んできた。その後、火月がポンッと肩を叩く。


「心配すんなって、陸は悪くない!」

「手、出したの俺なのに……」

「あ、あれは、正当防衛ってやつだろう」


 火月はポンポンと肩を叩きながら、大丈夫、大丈夫と繰り返すが、全然大丈夫じゃない! って、内心で俺は盛大に泣いていた。


「僕がついてるからね」


 思いっきり落ち込んだ俺に、水月が優しく背中を撫でてくれる。


「ありがとう、水月」

「俺たちは陸の味方、もっと顔あげろって」


 二人は勇気づけるように左右に立って、俺を励ましてくれた。やっぱ友達っていい。とか思うけど、相手が相手だ、とても太刀打ちできそうもないと、やっぱり俺の足取りは重くなる。

 結局、背中を押されながら俺は肩を落としたまま学校へと到着した。


「校門にはいないみたいだな」


 門を通り過ぎても、天王寺や浅見の姿は見えず、火月と水月はひとまずホッとする。ついでに俺の心も一息つく。

 こんな大勢のいる前で連行されるのは、やっぱり嫌だから。それから構内へと足を踏み入れたが、天王寺の姿はどこにもなく、警察らしき人もいない。そう、いつもと同じ学校だった。

 俺は一体いつ、どこで、声を掛けられるのかとビクビクしながら授業を受けることになった。


「陸く~~ん」


 一通りの授業を終えて、構内を歩いていたら水月と火月が走ってきた。


「何かあったか?」

「それが、何もない」

「もしかして、なかったことになってるのか?」


 昨日の出来事は全部夢だった? 火月は鼻の頭を掻きながら上を向く。何かしらのアクションがあってもおかしくないのに、何も起こらない。


「もしかして、裏で何かしてるのかな?」

「水月ぃぃ~、それ、めちゃめちゃ怖いんだけどぉ」


 実はすでに掲示板に停学処分者『姫木陸』とか書かれてるんじゃないかと、3人で生唾を飲んだ。


「ま、まさか本人に内緒でそんなことねえだろう、なあ、水月」

「火月ちゃん、ちょっと見てきて」

「え?! 俺? ここはやっぱ本人が……」

「ううっ、火月ぃ、水月ぃ~、二人で見てきてよ」


 本気で掲示してあるんじゃないかと、冷や汗が止まらず、3人で顔を見合わせてゴクリと喉を鳴らす。


「姫木陸だな」


 誰が掲示板を見に行くかで揉めていたら、背後から冷ややかな声がかけられ、俺たちは飛び跳ねる勢いで振り向く。

 そこにいたのは、すらっとした凛々しい顔立ちの浅見冬至也だった。


「副会長……様?」

「その呼び名は嫌いだ。浅見でいい」


 眼鏡の位置を正しながら、副会長とは呼ぶなと言われ、俺は姿勢を正して深々と頭を下げていた。


「すみませんでしたっ」


 直角に腰を折って、声を張って謝罪。


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