【BL】一途な想いにも、ほどがある!

砂月かの

第1章「恋着の罠編」

第1話

 俺の全てを出し尽くして、合格を勝ち取った大学の入学式から、一週間。


『落ちる~~~っ!!』


 声が音にならないまま、俺、姫木ひめきりくは、落下の際に掴んだカーテンとともに、外に投げ出され、そのまま地上へ落下していく。

 地上3階、死ぬ、絶対俺、死ぬって!


 まるでスローモーションみたいな感覚を味わいながら、俺は『身も心も環境も、新しく出発しましょう』の学長の一言が脳裏を過る。

 新年度を迎え、全校生徒で大掃除が始まったのだが、窓ふきをしていた俺は、短い手を必死に伸ばして、つい窓枠に足をかけてそのまま室外へ……。

 誰かが叫んでいる気がした、悲鳴も響き渡っている気がしたが、なぜか俺の耳には全然入ってこなくて。

 無意識に掴んだカーテンは、重みで金具が外れ、命綱にはなってはくれず、俺と一緒に地上へ真っ逆さまに落下中。


(俺の人生って、ここで終わり?)


 人生短すぎるだろう! って、瞳に涙まで滲ませて、俺は最後の時を酷い後悔で埋め尽くす。地面に叩きつけられる瞬間は、絶対痛い! 怖い! 嫌だ!

 様々な感情に染まりながらも、俺は歯を食いしばってその時を待ったのだが、地上が近づいたその瞬間、奇妙な音と感覚に見舞われた。



 ―― パフッ ――



 擬音にすればたぶんそんな音。

 浮遊感がなくなり、俺はどこかに落ちたことを知る。それからカーテンが顔に降ってきて、俺は白いカーテンに包まれるように、全てを白く覆われた。


(あれ? 痛く、……ない?)


 痛みを感じることなくどこかへ落下した俺は、恐る恐る目を開いて、広がる世界に全部を諦めた。視界に広がっていたのは、真っ白な世界だったからだ。


(これが噂のあの世ってとこなんだな)


 きっと痛みを感じる前に、俺は命を落として……


「大丈夫か?」


 不意に人の声がして、俺は目を丸くする。そういえば、何かに触れる感触がある。それに耳にしっかりと聞こえた声。俺、もしかして生きてる?

 焦る気持ちと、事実を知りたい衝動に、俺はもがくように顔にかかる白い何かを必死に取り除く。真っ青な空が視界に入り、同時に窓から下の様子を伺う生徒たちの姿が見えた。

 俺、生きてんじゃん!

 ぶわっと沸き起こる感動を味わっていたら、


「名は?」


 唐突に大きな声が耳に入った。

 それにより、俺は自分の置かれている状況をようやく理解することができた。そう、俺は誰かの腕の中にいたのだ。

 つまり、落下した俺を受け止めてくれた人がいたわけで、だから俺は命を落とさずにすんだ。おそらくカーテンを掴んだおかげで、カーテンが外れるまではギリギリ落下を免れたが、結局金具が外れそこそこの位置から落下した訳で、それをたまたま受け止めてくれた人がいて……。


「っと、ありがとうご……」

「そなたの名を聞いておる」


 お礼を述べようとしたのだが、助けてくれた人は怒鳴るような大声でそれを繰り返す。

 視線が合う。

 カーテンごとお姫様抱っこしていたのは、透けるような綺麗な金髪を、肩から垂れるように結んだ、琥珀色の綺麗な瞳の超イケメンだった。

 同じ男とは思えないほど綺麗で、俺は思わず見惚れてしまい、じっと見つめてしまった。


「名を尋ねておる!」


 再度大きな声を出され、真顔で迫られ、俺は恐怖のあまり身を丸めて、


「姫、……木……」


 消え入りそうな声で名を名乗った。

 すると、イケメンお兄さんは突然ギュっと腕に力を入れて、俺のもっとも呼ばれたくない名を口にしやがった。


「姫っ!」


 姫木という名字の『姫』だけで呼びやがったんだ。怒りが沸騰して、俺はお礼どころじゃなくて、怒鳴り返そうとしたんだけど、このイケメンは、とんでもない行動をしてきやがった!


「私の姫にめぐり逢えたっ」

「ン、んん――ッ!!」


 演劇の台詞かと聞き間違えるような言葉を吐き捨て、俺の唇を豪快に奪った。呼吸さえも奪う勢いで口を塞いだこのお兄さんは、最後にチュッと可愛い音を立てて、俺の唇から離れていった。

 一体なにがどうで、どうなったのか、ぐるぐると回る思考回路がパニックを起こし、俺は唖然とただただ大きな茶色い瞳を見開いたまま、お兄さんを直視。

 見事にフリーズした俺に、お兄さんは柔らかい笑みを浮かべて、


「なんと愛らしい姫なのだ」


 なんて、悪寒が走る台詞を吐きながら、抱き寄せたんだ。

 俺の嫌いな、大っ嫌いな『姫』という名を口にしながら。

 おまけに俺のファーストキスまで奪いやがって、全身が沸騰するほどの怒りがこみ上げてきて、俺は頭に血がのぼって、腹が立って、大きく腕を振り上げた。


『お前なんか、大嫌いだぁぁぁ――ッ!!』





◆◆◆

 それから、時と場所は変わりここは特別学友室。

 簡単に説明するなら秘密の生徒会室。だがここに入れるのは現在の主である者の許可を得た者のみである。無論、先生といえども許可なくしては入れない、禁断の部屋。

 現在ここの主は、学校創立者のお孫さんであり、委員長様と呼ばれている。

 本日は大掃除が終わり次第、全授業が終わりなのでまだお昼を少し過ぎたころだった。


「まだ赤いな」


 水で冷やしたタオルを手渡しながら、部屋の主の補佐的な役割を引き受けている浅見あさみ冬至也としやが言う。言うなれば、総務局および書記部などの多くの業務を兼任している敏腕の右腕様。


「名を名乗らなかったのが、まずかったのか?」


 赤く腫れた頬に、手渡された冷やしたタオルを押し当てて、自分の落ち度を検索するさっきのイケメンお兄さんこと天王寺てんおうじ尚人なおとは、この学校の絶対の権力者で、世界トップクラス企業の三男である。まず逆らう者はいない。そして、主な学校行事などを取り仕切っているのも、おおむね二人。頭脳明晰の二人だからこそ出来るのだ。

 で、その委員長様の頬が赤く腫れているのは、さっき天使のごとく三階の窓から降ってきたプリンセス……、いや、落ちてきた姫木陸が思いっきり平手打ちを見舞ったからだ。


「尚人が叩かれるとこを見たのは、初めてだ」

「私も親や兄さん以外に叩かれたのは初めてだ。私のどこに落ち度があったのだろうか?」


 冷たいタオルを頬に当てたまま、天王寺はカーテンに包まれていた姫木を思い浮かべてはため息をついていた。一目惚れなんてものではなかった、天王寺は運命さえ感じていたのだ。


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