幸福許容値の器
ちびまるフォイ
神様の説明不足
誰もいない神社で手をたたきお賽銭を投げ込む。
「ああ、神様。今年こそ幸福な1年になりますように!」
願ったとき、トイレから戻ってきた神がスモークとともに登場。
「汝の願いしかと聞いたぞ」
「か、神様!?」
「そこでお前に3つの器を置き配しよう」
「あここでくれるんじゃないんですね」
「1つは夢の器。1つは財産の器。1つは友達の器。
この3つの幸運の器をもっていれば、
それぞれの持つパワーで幸せになれるだろう」
「本当ですか!!」
「ただし。もしも器が水で満たされるようなことがあれば
器の持っている力も、それまでに築いたすべてが失われるだろう」
「わ、わかりました。今の話しあとで紙でもいただいても?」
「お前、神様に対してカジュアルに要求しすぎ」
数日後、宅配パートナーから神様のお届け物が置き配された。
「これが3つの器か……」
段ボールを開くと、中にはゴブレットのようなカップが3つ。
いや4つ入っていた。
「1個多いぞ? これなんだろ」
他の3つには「夢」「財産」「友達」と書かれている。
4つ目にだけは何も書かれていない。まちがったのだろうか。
「たしか水で満たしたらだめなんだよな。
水回りには近づけないようにしておこう」
それぞれの器は水道から遠ざけて置いた。
翌日、さっそく器の効果があらわれた。
「〇〇くん、君は昇給だ!!」
「本当ですか!? でもなんで急に!?」
「夢枕で急に君を昇給させなくちゃいけない気になったんだ!」
「そんなことあるんですね!!」
会社で始めて理由なく年収アップを叶えた事例となり周囲をざわつかせた。
仕事を終えて帰ると、今度はスマホに通知が1件。
「え!? コンサートチケットあたっちゃった!?」
高倍率のコンサートに当選。
いつか行きたかった夢がかなってしまった。
「すごい、あの器の効果じゃないか!!」
スキップで家に帰ると、器2つには水が少し貯まっていた。
あふれるほどではない。
「おかしいな……水とは離してたのに」
心当たりはあった。
今日は夢と財産の2つが満たされた。
それに呼応してこの器にも水が満たされるのかもしれない。
「まずいな。水で満たされたら台無しになるんだっけ」
洗面所で水を捨てようと器を傾けたが戻ってしまう。
ひっくり返そうが振り回そうが、器の水は落ちても器に戻ってしまう。
「……捨てられないのか。まあいいや。まだまだ水ははいりそうだし」
問題を先送りして眠ってしまった。
翌日も器の幸福パワーは健在だった。
「〇〇くん、やっぱり君を社長へ推薦することにしたよ!!」
「おめでとう! 君の夢だった海外旅行が決まったよ!」
「〇〇さん、私と友達になってください!!!!」
「え、えええ!? こんないっぺんに!?」
財産も夢も友達も舞い込んでくる。
誰かが人生の難易度スライダーを急に下げたような気持ち。
あれだけ異世界転生を願っていたのに、
今はこの現実のほうが異世界で無双するよりも幸福だ。
「人生チョロいぜ! わーーっはっはっは!!」
なにもかも幸福で満たされて上機嫌。
家に帰って器を見るまでは。
「げっ。もうこんなに溜まってる……!」
3つの器を見るとすでに表面張力ギリギリまで水が溜まっていた。
それはこれ以上の幸福を得るとすべてが崩壊することを意味していた。
「ど……どうしよう……」
捨てることも飲むことも蒸発させることもできない。
水は増える一方でけして減ることはない。
この水量の増加ペースだと明日には見事な没落展開が待っているだろう。
ふと、気づいたのは4つ目の器だった。
「これだけやたらでかいんだよな……」
4つ目だけはなんの器かわからない。
一応、底の方にうっすら水も満たされている。
器の容量が大きいのでまだまだあふれることはないだろう。
「捨てることはできなくても、移すことはできたりして」
1つ目の器である「夢」の水を、
4つ目の器の方にそそぎこんでみた。
4つ目に注がれた水は、1つ目の器に戻らなかった。
容量のでかい4つ目の器の水量が上がっただけだった。
「流しに捨てることはできなくても、
器どうしの水の移動はアリなんだ!
よーし、どんどん移しちゃおう!」
きっとこの4つ目の器もそのためのものなのだろう。
これだけ容量がデカいのも納得。
「夢」「財産」「友達」の器がいっぱいになったとき、
水を移動してまた貯められるようにするためのものなんだ。きっと。
3つの器の水をすべて移し終えると、
大きい4つ目の器も水がたまってしまった。
その代わり3つの器はすっからかん。
「これでまた夢や財産、友達の幸運が訪れるぞ!」
4つ目こそいっぱいになりそうだが、
それはそれとして問題を先送りして眠りについた。
翌日も夢や財産や友達が増える幸運は続き、
数日後には空っぽだった3つの器もいっぱいになった。
「さて、どうしようかな……」
4つ目の器に移し替える作戦も今回は通じない。
今度注いでしまったらもうあふれてしまうだろう。
「……4つ目の器、もう一つもらえないかな。いやもう2つは欲しい」
3つ目の器、友達はもういらないので交換できるかも。
すでに友達はたくさんいるのでこれ以上増やしても幸福度は上がらない。
この器を返上するから4つ目の器が欲しい。
ふたたびお賽銭を投げた場所へ舞い戻る。
財産が増えたので奮発してお賽銭を投げ込んだ。
「神様、神様。どうかおいでください」
するとコンビニから帰ってきた神様がスモークとともに現れた。
「おお、またお前か」
「神様、実はお願いがあってきました」
「器の話し?」
「ええ、実は4つ目の器を新しくほしいです。
もちろんタダとは言いません。3つ目の器を返上します。
もう友達の幸運は要らないので4つ目の器をください」
「うーーん……」
「それじゃ足りませんか!
では1つ目の器"夢"も返上します! これでどうでしょう!!」
「いや、そういう問題じゃないんだよ」
「え?」
「君、4つ目の器をなんだと思っているんだ?」
「他の器の水が溜まったら、水を移動するための器でしょう?」
「ラベル剥がれてたから気づかなかったのか……」
神様はやれやれと顔を横にふった。
そして4つ目の器の意味を教えてくれた。
「4つ目の器は"時間"。君の寿命だよ。
それをもう一つほしいなんてムリだろう?」
背中を嫌な汗が流れる。
「も……もし、4つ目の器が水で満たされたら……?」
「そんなこと言うまでもないだろう」
そのとき、自宅に置きっぱの4つ目の器から水があふれた。
天からお迎えがスモークを焚いて現れた。
幸福許容値の器 ちびまるフォイ @firestorage
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