遠き縁の恋人 =二人のティルピッツ= Kurz Ausführung
華研えねこ
第1話:それは、北欧独特の白夜訓練の後だった。
1941年、ドイツ海軍軍港トロンハイム。それは北欧特有の白夜の夜であった……。
「あの、失礼ながら此処は民間人立ち入り禁止です、お嬢さん」
ライン川演習作戦が成功したものの、ビスマルクも浅からぬ被害を受けてドック入りになった現状、北欧に駐在する戦艦ティルピッツはイギリスに圧力をかける重要な戦力だった。無論、戦艦1隻だけでできることは限られていたが、クリーグス・マリーネが北欧に配備している艦艇は、それなりにイギリス本国を圧迫していた。
そんな折に白夜の中、雪のように白い肌を白夜の太陽に惜しげも無く晒す女性が軍港のほとりにたたずんでいた。本来ならば民間人は立ち入り禁止である軍機区域に彼女が存在しているのは、不自然であり、当然ながら当直の将校に呼び止められた。その将校はまだ新米であり、ユンカーだから将校になれたような、外見はひ弱に見えるまだ少年然とした男性であった。まあ尤も、近代ではさすがにユンカー出だから将校になれる、とは限らないわけだが、一応士官学校を出ている以上は、成績に左右されるとはいえ最低限将校には成れる。彼も、まさかNSDAPが政権を取るとは思っていなかった口であり、今は若干、選択を後悔していたという。
だが、眼前の、少女と言うには少々どころではなく妙齢な女性はこう返答した。それは、彼にとって非常に、意外な返答であった。
「大丈夫よ、私は一応この船の関係者だから」
「関係者?」
関係者、つまりは海軍の軍人ないしは軍属である、という意味であったが、いかに親衛隊が女性も存在する、この時代としては先進的な軍隊だとしても、そもそも親衛隊はヒトラーの親衛隊であり、理論上海軍にも出没はし得たとしても本業はボディーガード、つまりは陸軍である。それに、眼前の女性は軍服すら着ていない。というか、軍港には似つかわしくない、非常にクラシカルな服をまとっていた。そんな彼女は、軍艦ティルピッツの関係者だという。明らかに、妙であった。
「そういう貴方は誰かしら?」
女性に、素性を問われて名乗るならば先に名乗れと言うことも出来ずに、男性は名乗りを上げた。それは、眼前の女性に魅了されてか、あるいは育ちの良さによるものか。
「僕はこの春本国艦隊より派遣されてきたアルフレートと言います」
男性の、つまりは新任将校の名はアルフレートと言った。まだ声変わりが済んでいないであろうその若干かすれた声は、将校というには少々、威厳も齢も足りないほどであった。ここでの渾名は当然ながら、「少年」であろうことは明白だった。
「そう、見たところ派遣されて日も浅いようだけどどうしてこっちに来たのかしら?」
「それが」
アルフレートが女性のさらなる質問に言いよどんでいると、さらに女性は自身の情報を告げた。しかしそれは、彼にとってさらに疑問符の出る情報であった。
「大丈夫よ、私は党員じゃないから」
党員、つまりはNSDAPの党員ではない、ということであるが、それはいわば、武装親衛隊の一員ではない、という情報であり、同時にそれならばなおさらに、なぜ軍港に関係者として存在しているのか。それは彼にとって、とんでもない矛盾であった。少なくとも、彼にとっては。
「その、父の従弟が優生学判断で欠格しまして、それで家族ごと移籍させられたんです」
優生学判断、まあつまりはNSDAPの政策でも悪名高い障害者迫害政策であったのだが、その程度のことは当時、どこでも行われていた。連合国でも同様である。否、連合国では場合によって、もっと非道い差別的な政策も行われており、障害者も一部をきちんと判断する時点で、NSDAPの方が穏健なのではないか、という説すらも存在する。それはまあ、NSDAPが勝ったからこそ言える意見かもしれないが。
「それはご愁傷様でした。でも、殺されなかったのね」
優生学判断で障害者が処分されることもあった中、アルフレートの
「はは、大叔父と伯父がえらい提督だったらしくて、その伝手でどうにか」
そして、アルフレートはユンカーとはいえ、元々はユンカーですらない、一介のドイツ帝国臣民であった。彼が新興とはいえ名誉ユンカーとでも言うべき立場で居られるのは、その「大叔父」ないしは「伯父」が、大戦果を挙げたからであった。
「そう」
そして、彼女は何か、アルフレートの人生経験ではまだ量れない種類の感情と共に、謎の微笑みを浮かべた。それは安堵か、あるいは憐憫か。
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