第11話 餌場


冷たい風が鎧の隙間から肌を撫でる。

マドレーヌ領で発生した反乱を鎮圧するために中央より派遣された正規軍、その内300騎の騎兵隊を率いる指揮官シャルデリア・ジルーは、丘の上から正面で陣を組んでいるマドレーヌ軍を鋭い目で睨んでいた。


「隊長。突撃準備完了いたしました」


右方から馬の歩みに合わせて上体を揺らし、ガシャガシャと鎧で金属音を奏でながら近づいてきたのは副隊長のデンベレ。

丸々と大きな眼が相変わらず目立つ。


「そうか、了解した」

「はい。────それにしても、これほどの兵力必要でしたかね?」


デンベレは眉を八の字に曲げながら軽口を叩く。

デンベレの戦場にありながらその緩慢な様子にジルーの方は眉を顰めるが、内心ではたしかにデンベレの言うことは最もだとジルーは思う。

ロクに練兵されていない民兵が多数を占める敵軍に対して、正規軍の兵数も陣容も過剰すぎるように思える。

しかし一方で、中央が過剰な戦力を送り込んでいる意図も何となく察せられる。


見せしめ。


ジルーの頭にはその4文字が浮き上がっていた。

これ以上反乱が伝播するのを防ぐために、見せしめとしてマドレーヌを完膚なきまでに叩き潰そうとしているのではないか。

しかし、ジルーはあえてその推測を口にしない。


「口を慎みたまえ。間もなく開戦するという時にする話ではなかろう。いくら我々の勝利が固いとはいえ決して油断はするな」

「ハッ、失礼いたしました」


幾らこちらが優勢だからといえそれは油断していい理由にはならない。言うまでもなく常に気を引き締めることを徹底すべきだ。

それに、相手側の士気はこの軍勢を前にしてもかなり高いように見受けられる。

故に、こちらが想定しているほど簡単には済まないかもしれない。


今回の戦いの先陣を任されているジルーは改めて目の前の戦場に向けて集中力を研ぎ澄ませながら、指揮伝達を行う兵士に合図を送る。

そして、空気を腹に溜めるように深く吸ってから吐き、目一杯に大きな声で檄を飛ばした。


「よいか、皆の者!!!敵は王家に反旗を翻した反逆者どもだ!これは、王家の誇りを守るための極めて重要な戦いであると知れっ!!我ら正規軍の強さを示し、正義の鉄槌を奴らに下すぞぉ!!!」


ジルーの檄に呼応して騎兵隊全体から大きな声が上がる。

そして、ジルーは柄から剣を抜き、敵が待ち構えている正面に切っ先を向けるように掲げながら開戦の合図を高らかに宣言した。


突撃とつげえええぇぇぇぇき!!!!」

「「「「オオオオオオオオオォォォォォォ」」」」


ジルーのその叫び声とほぼ重なるように指揮伝達係がラッパを吹き鳴らし、銀箔の鎧を纏った兵士たちは雄叫びを上げながら真っ直ぐと馬を駆ける。

そしてジルーは、部隊の半分程の騎兵が大地を奏でながら自身の横を駆け抜けていった辺りで手網をしならせ馬を走らせる。

川の流れに身を任せ無垢に流されていく木の葉のように、部下に囲まれながら敵に向かっていく。


敵軍まであと15メートル程の距離。

ジルーの緊張感と集中が一気に高まっていく。

このままぐんぐんと加速した勢いのまま、敵の隊列に突っ込む。

そして、重装備の騎兵たちに恐れを為した敵兵を次々と斬り刻んでいく




───────そのはずだった。




「 は? 」




それは一瞬の出来事だった。

瞬きを終えた瞬間、理解不能な光景が視界に広がっていた。


敵軍の姿はおろか足元に広がっていた草原も消えている。

瞳に映るはどこまでもひたすら青白い世界。


急激にジルーは奇妙な浮遊感を覚える。


そう、これはまるで、夢の中で空を飛んでいる時のような─────。



空……?



「え?……はっ、うおおおおぉぉぉぉ!!!!」




ジルーは、事実、地上から遥か遠くの空にいた。



とても信じ難い、その悪夢のような状況に自らの身が置かれていることにようやく理解が追いついた時、ジルーは頭から急降下していた。


「うおおおおおおおおおおおお!!!!!」



なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜだっ!?



大気の圧力とあらゆる方向から強烈な風圧がジルーに襲いかかる。

そして、あちらこちらから男たちの絶叫が耳に飛び込み、大量の兵士や馬、馬車、物資など正規軍を構成するあらゆるモノがジルーと同様に落下している様が目に入る。

どうやらジルーのみならず正規軍全てが一瞬で天空にいきなり転移させられたようだった。


「なんなのだこれはァァァァァァァァァ!?!?!?!?」


ジルーの思考は再び混乱を起こし、動悸が激しくなる。息が苦しくて仕方がない。

しばらくすると、落下による絶叫とはまた異なる色の悲鳴が至る所から聞こえてくる。


「ギャァァァァァァァァァァ!!!!!」

「助けてぇ!!!」

「や、やめろっ!!!!来るなあああああああああああああ!!!!!」


ジルーが最も近くから聞こえた悲鳴の方向に顔を向けると、その"恐怖"はくっきりと姿を現した。


「な、なんだっあれはっ!?」


それは見たことのない異形の生物だった。

ハンマーのような頭、人間なんて簡単に噛み砕けそうな鋭利な歯と顎、魚のヒレと尾のようなものが付いており背中からは鳥の翼が生えているバケモノ。

そんなバケモノが鼻息を荒くしながらまるでパンをかじるかのように、ジルーにとっては見覚えのある部下の下半身を食らっていた。


「コナテ!!!!」

「た、隊長っ!!!助けてくださいっ!!!!ぐぁ、ヒィィ痛い痛い痛いギャァァァァァァァ!!!!!!」

「コナテェェェェェェェェ!!!!」


絶望に染まった瞳でこちらを見つめながら僅かな希望に縋るように手を伸ばしていたコナテは、みるみるうちにバケモノに噛みちぎられ、胴の上と下が引き裂かれてしまった。


クソッタレ!あいつには帰りを待つ婚約者が────。


ふと脳裏を過ぎったその情報が引き金となり、ジルーの脳内に妻と娘たちの姿がフッと浮かんでくる。


───────マリア、リヴィア、ネレイ。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


帰りたい。


自分にも帰りを待つ家族がいる。

そのことを意識した途端に、死が間近に迫っている恐怖が全身を駆け巡った。


何かないか。この状況を何とか脱そうとジルーは必死の形相で身体を、顔を、振り回し周囲を見渡す。


しかし、視界に入ってくるのはおびただしい数の異形のバケモノと、そいつらに命を食い散らかされていく兵士たちや馬の姿だけだった。


「クソォォォォォォォォォォ!!!!!!」


どうしようもない絶望。


何故だ!?何故私がこのような目に遭わなければならぬのだ!?

教えてくれ!!!!!

あぁ、神よ───────────。


ジルーはもはや祈るしかないと悟り、足下の天を仰ぐ。






すると、そこにはヤツがいた。








「────────────────あ」







バクン。





to be continued...

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