SHUFFLE――黄金郷

夢の島

 船のタラップから降り立った時、桜を乗せた風が吹いてきた。桜は、この島の真ん中にある山を染め上げるように植えてある。その頂上に学園はあった。

赤いレンガに碧の屋根。金に縁どられた校舎は、学業にはげむ場所というには派手すぎると、うるさ型の大人には言われそうだった。

 それでも、この地に黄金の夢を求める子供らにとっては、まさに空想の中から抜け出したお城のような、数多の冒険者が求めた黄金郷のようにも見えるだろう。


「すごい……ここが夢島」

 少女はほう、とため息をつく。明るめの髪色に、短めのサイドテール。高校生というには幼い雰囲気が出すぎているが、まだ入学を済ませていない少女にとっては無理からぬことだ。ただ上半身の一部だけは、子供を前提にした服の寸法に合っていない。

 意味もなく港の縁を歩きながら、島の景色を角度を変えて観察する。まだ入り口に立っただけにもかかわらず、浮き立つ心がそのまま足取りに出ていた。

 動画ではハードディスクに焼き付きそうなほど繰り返し見た場所だ。それでも、実際に目指し、訓練し、戦った末に勝ち残ってたどり着けば、感慨はひとしおというもの。

 それに、日本中探してもここより華やかで刺激的な学校は見つからないだろう。ここより巨大な学校も、歴史ある学校も、特殊な職業に就くための学校もある。それでも、今もっとも派手に生きられる教育施設はここだと、百人中百人が言うはずだ。


「はーい!初めて来てくださったお客様!こちらで一勝負どうでしょうか?」「10ポイントからでトランプやってるぜ!大富豪からテキサスホールデムポーカーまで、なんでもありだ!」「学園パスをお持ちのお客様。送迎車が来ておりますので、順次お乗りください」


船にいた人種性別階層も様々な人々が我先にと飛び出してくる。それを迎えるのは、赤と黒の制服に身を包んだ学生たち。

学生がボランティアで観光案内、というなら珍しくもないが、客が集まってくると、近くの店や、場合によってはその場でゲームを始める。それもポイント――この島の独自通貨を懸けた、まごうことなきギャンブルを。


「ん?新入生か!どうだ、肩慣らしに一回。安くしとくぞ!」

それどころか、島に来たばかりの少女にまで声がかかる。一つか二つ年上だろう、黒髪を雑に後ろに流した男だった。

どう考えても、社会的に許される行為ではないだろう。普通の学校なら退学になってもおかしくない。

しかし、大人たちは咎めるどころか、皆喜んで金を賭け始める。少女も誘いを受けるべきか悩みはするものの、ギャンブル自体に思うところは無いようだった。


当然ではある。なにしろここは、学園であると同時にカジノなのだから。




いわゆるIR施設――あらゆる社交場、アミューズメント施設を詰め込んだ統合型リゾートの開発が宣言されて十数年。大言壮語したはいいものの、提言はいつものように計画倒れに終わろうとしていた。

 理由は様々だが、結局のところは二つに絞られる。イメージが悪い、差別化できるテーマがない。

 ラスベガス、マカオ、モナコ。華やかな歴史と規模とノウハウを併せ持つ地域は、世界各地いくらでもある。儲かると分かっている商売には、必ず先客がいるもの。それらを上回る目玉が無ければ、単に外聞が悪いだけの金食い虫にしかならない。

 日本中の頭のいい関係者は頭を絞りに絞り、一つの結論を見出した。

 普通のカジノではない、日本だけの目玉が必要だ。日本独自の、客を呼べるコンテンツはなんだ?

 アニメだ。それに漫画。世界中でも有数の人気を誇る。巨大なコンテンツ群。

 そうだ。アニメの世界を作ろう。本当に学生の通う、アニメの学園のようなカジノを。


 そして出来上がったのが、学園アニメの世界をそのまま再現したと謳う孤島の学園。夢島学園である。生徒数は千人を超え、その全てがカジノの従業員――キャストの、超巨大カジノ。

 このコンセプトは当たった。夢島学園は新興のカジノであるにも関わらず、すでに売り上げは五千億円を数え、未だに急成長を続けている。




 学園に来たばかりの少女から見ても、正直うさんくさい男だった。

ござを敷いて地べたに座り込む姿は、カジノというより時代劇の賭場だ。てきとうに投げ出した脚は、敷物から大きくはみ出していて、かなりの長身だと分かる。

体格の良さもあって、黒と赤の、タキシードにも似た制服が似合っていた。それが余計に怪しい雰囲気を生んでいるのだが。

 隣には大きなトランクが置いてある。これが彼の商売道具なのだろう。


「すみません。急いでいるのでまた今度」


 少女は誘いを丁寧に断った。急いでいるのは本当だ。入学式までだいぶ余裕はあるが、なにしろ学校は山の上。急いでも急ぎすぎることはない。早速バスに乗ろうと、小走りに走り出す。


「まあ待て待て待て。狭い学園そんなに急いでどこへ行く。別に怪しくないよ?みんなやってるって。ほら、コーヒー一杯分のお値段でできるからさ。友達もできるよ?期間限定!あなたにだけ!」

「もうお母さんに言われた怪しい人が使う語彙の半分くらい消費してるんですが……」

「てことはもう半分使えば俺は完全なる正直者ってわけだ。ちょっと待ってろ」

「怪しい人が使う語録を更新したくないのでこれで」


 急いで足を出す少女。しかしそれより早く、少年が座ったまま回り込んでくる。昆虫か甲殻類じみた動きで、気持ち悪いというか怖い。でかいだけあって怖い。


「ひえっ!」


 少女の反射的なローキックが、有機的なカニ歩きをする怪人の顔面に刺さる。


「喝っ!」


 気合一閃。顔面セーフと言わんばかりに、先輩の男は蹴りを受け切った。運動部ではない女子のものとはいえ、上からの体重の乗った蹴りのはずだが、男の首は電柱のようにびくともしない。


「いい蹴りだがその位置だと中身が見えるぞ」


 夢島学園の制服は、女子だとちょっとスカートが短い。この現代にそういう児童ポルノギリギリのやり方はどうよ?とも言われたが、パチンコを許しているような国家に倫理観など期待できないのである。金がすべて。売れれば通る。ここはそんな邪悪学園だった。


「ひゃあ!」


 100%正当防衛の蹴り下ろしが、続けざまに少年の顔面を襲うが、これをスウェーで回避。崩れた体制のまま、逆立ち後転を決める。

 ずあっ、と身体が伸びあがり、少女の頭の先までが陰に隠れた。頭一つ分どころではなくでかい。少女は本能的に身をすくめるが、男はそのまま回転して、ござのある位置に戻った。


「わはは、すまんな。何しろ一定回数ゲームをこなさないと教師にどやされるんだ。ちょいと無理に誘っちまったな。すまん」


 男は素直に謝る。押してダメなら引いてみるというセールスの初歩なのだが、うっかり暴力を振るって慌てていた少女は引っかかってしまう。


「い、いえ。こちらもびっくりして、とんでもないことを……」

「じゃルール説明と行こうか」

「あ、はい……、へ!?」


 男の目がギラリと光った。フットインザドア。刹那でも隙を見せようものなら即座に詰める。これもセールスの鉄則だ。

 いつの間にかトランクが目の前に置かれている。うかつにも答えてしまった以上、何も言わずに逃げるというのも抵抗がある。それにバスも出発してしまった。男の粘り勝ち、ということだろう。


「勝負って、その中のものでやるんですか?」

「ああ、そうだな。おっと言い忘れてたな。二年の兜金従志郎とがねじゅうしろうだ」


 少年、従志郎の自己紹介で、ようやくお互い名前も知らない関係だったと思い出す。


東雲牡丹しののめぼたんです。見ての通り新入生で……。あの、勝負ってやっぱりカードとかじゃないんですよね?」

「もちろん。まあトランプでポーカーくらいならいいんだが、いかにもなルーレットとかバカラだとな。ここじゃあ人気が無い。学園アニメの世界観を壊す。で、どうだい?一回1ポイントで受け付けてるぜ?」

「1ポイント?」


 少女、東雲牡丹は首を傾げた。いくらなんでもレートが低すぎる。


 アニメの世界を完全再現、と謳うこの島では、普通のカジノで扱うゲームはほとんど置いていない。客もそんなものは求めていない。スロットをするために極東の小島へ飛ぶのは非効率だ。

 ではどうやって賭けるかと言えばいえば、アニメの住人、現役の学生であるキャストが提案したゲームを行う。賭ける金額も、キャストと応相談だ。

 この仕組みゆえに、キャストが稼ぐ金額にはとてつもない格差が存在する。小遣い程度しか貰えない者もいれば、十代で年収が十億を超えるスターキャストまで。まさにドリーム。この破格の待遇ゆえに、日本はもちろん世界中から腕に覚えのある生徒がやってくるのだ。


 そしてここで扱うのは島内独自の通貨であるポイント。ドル基準なので誤差はあるが、1ポイントおよそ百円だ。

小学生だってジュースを賭けたジャンケンくらいはするだろう。牡丹も最初は10ポイント辺りのお試しゲームだと思っていたのだが。

拍子抜けした顔を見て、先輩は心外そうに腕を広げた。


「おいおい、1ポイントだって立派な勝負だぜ?そりゃあゲームの格が上がれば賭ける額も大きくなるが、勝負の面白さが変わるわけでもねえ。難しさもな。なんでも経験さ。ちっちゃい袋で売ってるシャンプーのお試しセットだと思えばいい」

「なんかそう言われると一気に安っぽく聞こえるんですが」

「はははは!まあお試しお試し。で、どうする?やるかい?」


 牡丹は少し悩むが、断る理由は無い。リスクは元よりゼロに近いのだ。それに、確かに本番に対する不安はあった。実技試験では結構いい結果が出せたが、もちろん本当に金を賭けたことは無い。そこに一ポイントなら、といういかにも悪い道に誘われそうな誘惑。

 結局、頷く以外の結論は出せなかった。


「分かりました。やってみます!」


 従志郎はにやりと口を歪める。

 勝負の宣言は簡単なものだった。互いの携帯端末から学園のアプリで通信し、ただOKの文字を押せばいい。

あとは学園のAIと、カジノに備えられるべき数千数万の目(カメラ)が、自動で判断してくれる。


 ばかん、とトランクのふたが開いた。中に入っていたのは、小さい天秤と、それを置くための台。そして十二枚のコイン。


プレイヤー―――東雲牡丹

ホスト―――兜金従志郎

ゲーム―――軽い金貨―――スタート

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