チープ・ゴールド

@aiba_todome

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「それじゃあ、世話になったな」

 長い別れの前にしては、あっさりとした惜別の辞だった。

 豪華だが、飾り気のない部屋だった。最低限の調度と四方の壁は、柔らかな白に覆われている。


その部屋は高い建物の上にあった。その建物は島にある唯一の山の上にある。すなわち島の中で最も標高の高い地点であった。

 その島はかつてはごみ処理場であり、公害の代名詞の一つであった時代もあった。今は長年の土地改良と埋め立てによって、優秀な観光地であり、巨大アミューズメント施設ともなっている。

 その中で一番高い場所である。その部屋は物理的に到達困難なだけでなく、ただ金を積めば入れるわけでもない。

 資格が要るのだ。それは容易には手に入るものではない。この島の住人ならば、誰もが切望するものだった。


「分かっているでしょうが、部屋を出た瞬間に、お前が積み上げてきた功績の一切は消滅します。この部屋に戻れることは二度とないでしょう」

 部屋の真ん中、大きな事務机に座る少女は、その位置が示すように、この部屋の主人だった。

 それが意味するところは、彼女はこの島の主人でもり、彼女の言葉は島において事実そのものであるということ。彼女が戻れないと言えば、それは枝から離れたリンゴが血に落ちるような、単なる事実になるということである。

 島で数人にしか許されていない権利を捨てようとしている少年は、大した感慨もなく返答する。


「ああ。かまわない。何度も言ったようにな。最終確認ありがとうよ」

「では去りなさい。二度と戻ることの無いように」


 その台詞を聞いて、少年は初めて振り向いた。怖気づいて許しを請うにしては、不敵すぎる態度である。


「その命令には、従えなくなるかもな」

「条件については合意したはずです。お前は5秒前のことを忘れたとでも?」

「そうじゃあない。会長。あんたは命令したが、俺は逆らう。逆らってここに戻り、ぎゃふんと言わせてやる。そういうことさ」


 少女が、ほんのわずかな間押し黙った。彼女は非常に高性能な頭脳を持っていたが、それをもってしても理解が困難な妄言であった。

 彼が彼女に勝つことなど、なのだから。


「その日は来ない。私が表でお前は裏。私が光ならばお前は影。私が真なら、お前は偽なのですから」

「どうかね。まあやるだけやってみるさ」

「去りなさい。重ねて言いますが、二度と戻ることの無いように」

「ああ。あばよ」

 軽く後ろ手を上げると、ひらひらと振って、少年は敷居をまたぐ。もう振り返ることはなく、ドアはひとりでに閉まった。


 少女。絶対の支配者である少女は、この島に上陸して以来、初めてのため息を吐いた。

「兜金従志郎。豚ばかりのこの世の中で、お前は数少ない犬だったのに……」

 その独り言を聞く者はいない。

 部屋には大勢の人間がいた。少女以外、床に転がっている。うめき声を上げるだけの彼らには、こぼれ出た小さな声を拾えるはずもなかった。

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