泡沫の巫女姫を希いて

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第1話 澱んだ歴史の再来




「おとなになったらけっこんしよーね!」


幼い日の、可愛らしい約束。

故郷に置いてきた、大切な思い出の切れ端だ。

今でも鮮明に思い出せる、そんな記憶。


「うん!やくそくだよ!」


頬を桃色に染めながら、にこやかに微笑む少女。

ひらひらと舞う桜の花びらが似合う彼女は、俺の手を握りながら告げる。


「…はやく、迎えに来てね。」



◇◇◇◇◇◇◇



ビビビビビビッ


朝日が昇る。

窓から差し込む光が、カーテン越しに俺の部屋を照らして行く。

目覚まし時計の五月蝿さに目を開けると、変わらない部屋の天井。

今日も俺は一人、目を覚ました。


「ふぁあ……眠………」


のそりと立ち上がり、仕事の準備をする。

パンを一齧りし、ふと夢のことを思い出す。


「……久しぶりに見る夢にしては、気になる夢だったな…。」


テーブルに飾られた幼い頃の写真を見やる。

巫女服を着た幼い少女と、小さい頃の俺が映った写真。

ふと、昔のことを思い出す。



俺は潮見凪沙しおみなぎさ

写真に映る、海碧かいへき色をした短髪の少年が俺だ。

今となっては社会人の十九歳だが。

都に出稼ぎに行ってからもう半年、俺は絹織物を売る店で働いている。

手先が器用だという長所を店の店長に買ってもらい、それから半年間はお世話になっているのだ。

学園には通わないのかとよく聞かれるが、そんなお金もなければ、故郷の村にそんな施設なぞなかった。

だが村で働く気にもなれず、俺は上京してきたのである。


写真の中で俺の隣に映る、巫女服の少女は瑞葉桜夜みずはさくや

故郷の神社の生まれで、俺の1つ上の女の子だ。

子供が少ない村では唯一の同年代で、小さい頃は、桜夜お姉ちゃん、と慕ってよく遊んでいたものだ。

後は……


「……会いてぇな。」


俺の、初恋の相手でもある。

もちろん、相手はそんなこと知る由もないだろうが。

今日見た夢を思い出す。

幼い頃の俺と桜夜の夢。


「早く迎えに来てね………か。」


そう。

彼女は、俺が迎えに行かなければならない。

彼女は、あの村にいてはいけないのだから。


故郷の村、青松せいまつ村。

国の中でも果てにある村で、水産業が盛んな地域だ。

水が綺麗で作物もよく育つ、澄んだ空気の村。これだけなら聞こえは良かったのだが、俺が嫌いな点はそこじゃない。

青松村では、水神様とやらを妙に熱く信仰していた。

水が澄んでいるのは水神が恵をもたらしているから……だと思っている人が多数住んでいる。

宗教という程では無いが、その信仰度は異常だ。

昔は特に、水神のために生贄を用意していたほど。

反吐が出る。

そんな村からはおさらばしたいと、高等学校を卒業した年に俺は村から出ていったのだ。

当時の俺には、桜夜を連れて行ける財力も方法も何も無かったのが悔やまれる。

彼女との別れ際。


「いつか、迎えに来てよね!」


と、空元気で言われたことが脳裏をよぎる。




俺の目標はただ一つ。

金を稼いで彼女を連れて村を捨てること。

それだけだ。




「……っやべ、そろそろ出ないと。……行ってきます。」


時計は七時半。

慌てて鞄を手に取り、玄関を飛び出した。



◇◇◇◇◇◇◇



「おはよ、今日もよろしくな、相棒。」

「うるせぇ、ボンボン。」


店の裏口から入り、いの一番に声をかけてきたのは俺の同僚の西園寺雅仁さいおんじまさひと

こいつは苗字から分かりやすい金持ちで、何故こんな店で働いてるのかは定かではないが、俺に出来た初めての男友達でもある。


「なんか浮かねぇ顔だな。悪夢でも見たかよ?」

「いや……昔の夢を見ただけだ。」

「あぁ、お前が嫌いだーって言ってた村?俺行ってみたいんだよなぁ。」

「ろくな村じゃねぇのに。」

「ははっ、いつか迎えに行くんだろ?えーと、誰だっけ?」

「…………」

「写真見せ」

「見せねぇよ???」


こんな普通な会話が出来ていることが嬉しい。

故郷じゃ、こんな日常会話は成り立たない。

やっぱり、村を出てよかった。


「ほらほら、くっちゃべってないで仕事だよ仕事。」

「あ、店長、おはざーす!」

「おはようございます。」

「ん、おはよう。今日も店開けるよ。」


店長が来て、今日も店が開く。

俺の日常が始まるのだ。









「お前ら、そろそろ休憩行っていいぞ。」

「やりぃ!行こうぜ凪沙!」

「あぁ、んじゃ休憩入りますね店長。」

「行ってらっしゃい。」


休憩時間。


「ほら雅仁。お茶。」

「おぉサンキュ!なんか分かんねぇけど、凪沙の入れるお茶は美味ぇんだよなぁ。」

「そりゃどーも。」


俺の水筒に入っていたお茶を雅仁に渡す。

購買にも飲み物はあるだろうに、雅仁はよく俺の水筒のお茶を所望するのだ。

訳が分からない。

おかげで持ってくる水筒のサイズを大きくする羽目になった。


「なぁ、またお前の村の話聞かせろよ!」

「え……嫌だが。」

「ちぇー、お前の初恋相手の話も聞きてーのになぁ。」

「五月蝿いな。」


ちなみに雅仁は大学園に通っている。

どうやら宗教について学んでいるらしいが、詳しいことは分からない。


「お前の村さ、どの宗教にも属してないのに、水神とやらを信仰してんだろ?不思議なもんだよな。」

「……めんどくせぇぞ、結構。」

「そういうところの信仰って、人柱とか生贄とか、結構な割合で人間一人犠牲にするから嫌になるよな。」

「それはもう昔の話らしいけどな。」

「はは、まぁ今の時代、普通に考えて有り得ねぇもんな。」

「………そうだな。」


ハイハイと相槌を打ちながら適当に返事をする。

いつもの事だ。


「なぁ、今日仕事終わったら飯行かねぇ?俺の奢りでいいからさ!」

「げ、お前と飯行くと時間が溶けるんだよな。今日はパス。」

「なんでだよぉ!」

「うるさっ。」


こんな毎日が続けばどれだけいいだろう。

そして、ここに桜夜が居たら。

彼女に思いを馳せる。

今頃どうしてるだろうか……


「ま、何はともあれ、俺はお前の味方だからな。」

「何だよ急に。」

「んー、何となく?今日はずっと浮かない顔してるしよ、お前。」

「………故郷のことを思い出しただけだ。気にするな。」

「あんま無理すんなよ?」

「おい諸君、友情を語るのは良いが、そろそろ休憩終わるぞ。」

「うわっ、もうですか!!!」

「すぐ準備しますね。」

「おい待てって!」


店長に呼ばれ、店へ戻る。

なんだか今日は自分でも自分を変だと思う。

あの夢を見てから、なぜだか胸騒ぎが収まらないのだ。


………気の所為だといいのだが。


「……仕事するか。」


これ以上考えても意味は無い。

脳をリセットしつつ、俺は仕事に戻って行った。




◇◇◇◇◇◇◇



「………んあぁ……疲れた。」


仕事が終わり、ベッドへ直行する。

結局、今日は夢のことが頭から離れずにいた。


「……桜夜が呼んでんのかな……なんて。」


そんなわけないと思いつつ、何となく呟いてみる。

何だか外の風がザワザワと騒がしく窓を叩いていて、不吉な予感すら感じさせる。


「…………寝よ。」


考えることを諦めて布団を被る。

明日も仕事だ。

早く稼いで、彼女を迎えに行けばきっと答えも分かるはずと頭を納得させて、俺は睡魔へと身を委ねた。




◇◇◇◇◇◇◇




「今日も来たよ!」

「あっ凪沙くん!」


ぱあっと顔を明るくさせた少女、桜夜が神社から出てくる。

また幼い頃の夢か。

小さい俺と桜夜は境内を走り回って遊ぶ。


「ねーね、桜夜お姉ちゃん!俺がおっきくなったら、桜夜お姉ちゃんとけっこんしたいな!」

「えー?凪沙くん、人参残すからなぁ。」

「お、おっきくなったら残さないもん!」


なんとも微笑ましい会話だ。

何も知らなかったあの頃が懐かしい。

そんな穏やかな夢を見ていると、突然。


ズズッ


ノイズが走った。

そして。


「……早く………迎えに…………」



◇◇◇◇◇◇◇




「っ?!」


慌てて飛び起きる。

今の夢は、なんだったのだろう。

顔には冷や汗がタラタラと流れていて、枕も少し濡れていた。


「………何なんだ、昨日から………。」


眠気が飛んでしまった以上、二度寝は出来ない。

とりあえず体を起こして。


「……ん?」


何となく違和感がして、玄関を開ける。

ふと横を見ると、ポストに手紙が入っていることに気づいた。


「……手紙…………?宛名は………母、さん…?」


まさかの宛先に驚いて、すぐ手紙を開く。

そこには、衝撃の事実が書かれていた。





「…………桜夜が……生贄に…選ばれた……?」



続く_____


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