第2話 帰省と再会



「………生贄に選ばれたって……どういうことだよ…!!」


真っ先に目に入った文字。

生贄。

俺は頭が追いつかないまま、手紙を読み進めた。



___________


凪沙へ


突然手紙を送ってごめんなさい。

急を要するので、出来るだけ早く読んでください。


桜夜ちゃんが、生贄に選ばれてしまったの。


青松村はここ最近、実りが酷く少なくて、どれだけ水神様に祈りを捧げても無駄だったの。

そしたら、瑞葉神社の神主様が生贄を欲するようになってね…

そこで桜夜ちゃんが巫女だからと………


お願い凪沙…帰ってきて。

桜夜ちゃんを救ってあげて。


母より


___________





そんな。

そんな突然なことがあるだろうか。

生贄を捧げるなんて行為、昔話なんじゃなかったのか。

しかも、なんでよりによって桜夜が……

慌てて日付を確認する。

毎年の水神祭は七月三日。

なんと、今日から十日後だった。


「………冗談じゃない……!」


早朝、窓から少しずつ陽光が差し込んできているというのに、寒気が止まらない。

どうしたらいいのか分からない。

混乱する頭で、手紙の内容を反芻はんすうする。


帰ってきて。


その言葉に全てが集約されている。

俺は貯金箱と通帳を手に、急いで金融機関へと向かうことにした。







「計算が終わりました。こちらが全額となります。」


金融員から手渡された額は、約五万。

高校生の頃なら喜んだであろう額も、今となってははした金。

これでは往復の船代で全て無くなってしまうだろう。


「………っ……」


ギリ、と歯を噛み締める。

俺はまだ社会人になって半年。

生活費を全てそこに投下しようにも、給料日前だから大した足しにならないだろう。


「………ん?」


給料日前。

そうか、その手があったか!

俺は少しの希望を胸に店へと走った。









「……は?給料の前払い?それから有給が欲しい?!」


店長の驚く声が響く。

まぁ、そうなるだろう。

店長からきたら、これは単なるわがままなのだから。


「……うーん、給料計算は終わってるが……季節の変わり目だし、これから繁忙期なんだぞ…?」

「うっ……」


それは、そうだ。

絹織物を取り扱うこの店は、質の良い服も取り揃えている。

初夏から本格的な夏に切り替わるこの時期は、服がとても売れるのだ。

そんな時期に有給を取ろうなんざ、店長からしたら断りたい思いしかないだろう。


「おはざーす!………なに、どうした?」


そこへ雅仁が出勤してきた。


「あぁ、西園寺か。おはよう。」

「おはざーす、店長!凪沙もおはよ!」

「……はよ………」

「なんだよ、元気ねぇじゃん?」

「潮見がなぁ、給料の前払いと、有給を頼んできたんだ。」

「えっ、今まで休んでこなかった凪沙が?!なんでまた!」


雅仁も驚く顔を見せる。


「…………」

「……潮見。」


店長が顔を覗き込む。


「……真面目なお前のことだ、何か事情があるんだろう?」

「………無理……ですよね………」

「……ちょっと考えよう。西園寺、話聞いてやれ。」

「あ、了解っす。」


返事をした雅仁は、俺の背中をトントンと叩き、俺を休憩室へ連れてった。





「んで?何があったんだよ。」


雅仁が珍しく真面目な顔でこちらを真っ直ぐ見てくる。

どこか心配したような表情だ。

雅仁らしくない。


「……実は……」


そう言いつつ、母からの手紙を手渡す。

渡された雅仁は、じっくり読んでから、真剣な眼差しでこちらを向き直った。


「………あーね、そういう事か。」

「………桜夜が…………生贄に選ばれるなんて……俺どうしたら………」

「………なぁ、凪沙。」


俺の名前を呼ぶと、雅仁は自分の鞄をガサゴソと探り始めた。


「……何してんだよ。」

「………これ、やるよ。特別だぞ?」


そう言うと、雅仁が鞄から出したのは大金。

俺はぎょっとした。


「……えっ、これ…お前の金だろ?!」

「帰省費にいくらかかるのかは分かんねぇけど、向こうで何かあった時に必要になるのは金だろ?金は俺が出してやるよ。」

「バカなのか?!必要以上だぞこれ!」

「条件があるとすれば……そうだな。」


ふむ、と考えて。


「俺を連れてけ!」

「………は?」


衝撃の発言を聞いた気がする。


「……着いてくんのか?雅仁……」

「おうよ。村に行ってみたいってずっと言ってたの、忘れたのか?金は出してやるから連れてけってだけだ、別に難しい話じゃないだろ?」


ニコニコと笑いながら肩に手を置くのを、俺はぽかんとしたまま見ていた。

が、すぐ正気に戻る。


「……あんまり余所者は歓迎されないぞ。いいのか?」

「そういう村だって、お前から散々聞いてるから分かってるよ。村についたら俺の事は無視して構わないから。頼むよ。」

「…………」


どうしたものか。

目の前の友人は、俺の為に金と時間を使おうとしてくれている。

俺としては、正直嬉しい。

しかし、親友を巻き込みたくないという思いも心にあって。


「……俺じゃ、頼りにならないか?」


どうしても連れて行って欲しい、と、少し眉を下げてこちらを見てくる。

その目を見て、俺は観念した。


「……分かった。お前の金と時間を借りることにするよ。」

「っしゃ!んじゃ俺も一緒に言いに行くから、店長のところ戻ろうぜ?」


ニカッと笑った雅仁に、少しの安心感を覚えながら、俺は店長の所へと戻った。














「っはぁぁぁ……………」


大きなため息を着く店長。

雅仁はそれを見て苦笑いをしている。

そりゃそうだろう。

俺だけじゃなく、雅仁まで有給を取りたいというのだから。


「……なんで西園寺まで。話を聞いてこいと言ったはずだが?」

「話は聞きましたよ?それで一緒に行くことにしたんです!」

「……すみません店長……お願いします。」


店長は頭を抱え、唸る。

俺の故郷の事情も、先程話したから尚更だろう。

店長からしたら、難しい判断になると思う。


「……ちょっと待ってな。」


そう言って、店長は席を外す。

少しして戻ってきた店長の手には、綺麗な縫製ほうせいの羽織があった。


「……これはお守りだ。羽織って行くといい。有給は10日やる。それ以降は欠勤扱いにするからね。」

「……!ありがとうございます!」

「西園寺も特別に10日の有給をやる。2人とも、ちゃんと帰ってくるんだよ。」


仕方ない、というかのような困り笑顔で、店長は羽織を俺に渡す。

面倒見の良い店長だ。

俺は羽織を軽く羽織り、頭を下げて店を出た。




◇◇◇◇◇◇◇



「うわぁすげぇ!」

「………うるさい………」


船の上ではしゃぐ雅仁。

村へ向かう船の中で、夢のせいでろくに寝られなかった俺は、船に揺られて少しずつ眠くなっていた。

そんな俺とは対照的に、雅仁は元気いっぱいに船を満喫している。

同い歳なことはわかっているものの、つい、若いな、と思ってしまった。

近づいていく、村の入口。

とてつもない不安感と、えも言われぬ恐怖が俺を襲う。

いや、そんなこと言っていられない。

俺が、桜夜を救わなければならないのだから。


「………凪沙。」


ふと、雅仁がこちらに目線を合わせてくる。


「……何かあったら、お前のこともちゃんと守ってやるから。な?」


いつもおちゃらけている雅仁だが、こういう時は何故かとても頼りになる顔をしてくる。

少し、不安が和らいだような気がした。


「……あぁ、ありがとうな。」












船が港に着いてから数分後。

空はすっかり淀んだような黒で覆われていた。

そして、村の入口が見えてくると同時に、その近くに女性が立っているのが見えた。

俺の、母親だった。


「あぁ……あぁ…………!凪沙!帰ってきたのね……!」


心配した、というような顔をして、俺の傍に走ってくる。


「母さん……俺が来るまでここに居たのか……」

「そんなことはいいのよ、桜夜ちゃんが……!」

「………案内してくれ。」


携帯のライトを付けながら母さんに着いていくと、桜夜の実家である神社が見えてくる。

そして俺の目は、一人の少女を捉えた。




「…………なぎさ……くん……?」




その少女……桜夜の目は。

光のないまま、目を丸くしてこちらを見ていたのだった。




続く_____

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