第16話

例えば、誰の誕生日でもないのに

とびきり豪華なバースデーケーキを焼いたような。



例えば、悩みも楽しみもないのに

早朝の4時に目が覚めたときのような。



例えば、財布が手元にないのに一日中

一人で雑貨屋さん巡りをしたような。





この気持ちは本末転倒で、

おおよそ意味なんてないものだけど。


空っぽなんかじゃなかった。



「……井上さんなんで泣くの」



「…泣いてない」



まるでフイルムのないカメラで彼を写し続けたような。



「……井上さん、俺のこと好き?」




写真は残らない。


でももう忘れられない。




「……」



微かに頭を上下に揺らすと、

小さく息をついて赤松くんはほほ笑む。


彼もまた、どうしたらいいのか分からない、やるせない表情で。







「……じゃぁ、付き合う?」



今までで一番大げさに言った冗談の語尾は微かに震えていた。

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