愛も金も、好きにはかなわん

鹿嶋 雲丹

第1話 リアリティショック

「どうか、この私と結婚してくれ!」

「はあ?」


 いやあなた、言う相手を間違えてるって。しっかしあったまいったー。生前に電柱にぶつけた頭、まだジンジンしてるよ。

 まっ白い清潔そのもののベッドの中で目が覚めて、どうやら乙女ゲーの世界とやらに転生したらしい現実を受け入れた途端、やってきた目玉飛び出し案件。


「あの、あなたには、もっとふさわしい方がいらっしゃるはずです」


 だって、あたしは知ってんのよ。この転生後の世界の人間関係ってやつをさ。あなたは私の推し殿下、イケメンちょいSのダミアン様。あなたはね、同じくあたしの推し令嬢であるセレンちゃんと幸せになるのよ! だってあの子は薄幸の美少女なんだから! 可哀想でしょ、幸せにならなきゃ!


「いや、君が落馬して目を回し昇天してしまうかもしれないっと思った時、私は今までに経験した事がないほどヒヤリドキッとしたんだ! あれは間違いなく恋だ!」


 アハーン? そっか、この頭の痛みは落馬した時のやつか……いやいや、あたしは悪役令嬢のマーガレットでしょ? 着ているドレスが緑色だから間違いないわ。マーガレットはさ、悪役令嬢として立派に婚約者である推しのあなたに嫌がらせの数々を繰り広げたはずよ!


「あの、あたしはこれまで、あなたを散々な目に合わせてきたはずです。小さい頃からあなたを泣かすことを生きがいにしてきたんですから。それなのに求婚するとはいったいどういった神経してるんですか」

「はい、あなたの二十年に渡る嫌がらせの数々は、それはそれはよーく知っています。なので私は、次の晩餐会であなたにとっておきの恥をかかせるべく、皆の前で婚約破棄を宣言しようと楽しみにしていたのですが」


 おい、なんだその困ったような恥じらいの表情は!? まるで恋する乙女のようじゃないか! ダメだ、ダメダメ!! 絶対ダメ!!


「ダミアン様、とりあえず冷静になってください! あなたには(私の推しの)セレン様がお似合いです。てかセレン様と幸せにならないと、あたしが許しません」


 コンコン、とドアがノックされて亜麻色ロングヘアにブルーの瞳のかわいこちゃんが部屋に入ってきた。ああっ、ひかえめかわゆ令嬢のセレンちゃんだ! グッドタイミング!


「ああ、良かった……マーガレット、もう二度とお話できないかと思いましたわ!」

 

 セレンちゃん、やさしぃい。目がハートになっちゃう! 大きな丸い瞳に涙いっぱい溜めちゃって、あたしのベットに縋るように……ん? なんか目元を押さえてるハンカチからチクチクする妙な視線を感じる……ような……いや、まさかな。セレンちゃんは優しい良い娘なんだぞ?


「馬に吹き矢飛ばしたのに、なんで生きてんの?」

「はい?」

「まあいいわ、次の手を考えるから」


 ボソボソとセレンちゃんのかわいらしい唇からドスの効いた声が漏れてくる。そ、そんな馬鹿な……


「ああ、いいところに来てくれたセレン。ちょうど君の話がでていたところなんだ」

「まあ、ダミアン様! 私に関わることなんて、いったいどんなお話なのでしょう?」

「マーガレットは君と一緒になれと言うんだが、私の気持ちはしっかり固まった! 私はマーガレットと正式に結婚する!」


 はああ!?  ちょっと、なにを勝手に決めてんの!


「ちょ、ちょっと待ってください! あたしはセレンちゃん推しなん……」

「おめでとうございます!」


 え? そんな、セレンちゃん! あなたはこのちょいSイケメン殿下のダミアンが大好きなはずでしょ!?


「祝ってくれるのか、セレン? ありがとう!」

「もちろんですわ! マーガレットとダミアン様は、誰もが羨む良家の美男美女カップルですもの!」


 今、こそっと舌打ちしたわね、セレンちゃん。えぇえ、知らなかった! 知りたくなかったよ、推しの舌打ちシーンなんか! ええい、もうそれはさておき、家庭に入るなんざ窮屈なだけだわ、断固拒否だ!


「あの、お二人さん? よーく考えてくださいよ?」

「ん? なにを考える必要があるのだ、マーガレット?」

「まずダミアン様、あなたはちょいSキャラなんですよ。だからどSなマーガレット……いやあたしとは反りが合わないんです。ところがこちらのセレンちゃんは、清々しいほど真っ直ぐなどMキャラ! ときたら、あたしよりセレンちゃんの方が結婚生活がうまく行くに決まってます!」


 どやあ! ド正論じゃ、まいったか!


「マーガレット……なんてやさしいの」


 セレンちゃん、そのきれいな瞳が毒々しいオーラ放ってるのは見ないふりしとくわ。


「……実は私、まんざらでもない自分に気づいたんだよね」

「はあ? まんざらでもないって、なにがですか?」


 なにを言い出すんだ、ダミアンん!!


「君に泣かされてきたアレヤコレをだよ。今まで散々嫌がらせをしてきたマーガレットが、落馬してこの世からいなくなるかもしれないって思った時」


 うっ、ヤメロ! そのうっとりした表情! あああ、セレンちゃんからどす黒いオーラが立ち上ってるぅう!


「良かった、じゃなくて、物足りないから嫌だ、って思ったんだ。きっと私は本当の自分に目覚めたんだ……だから、今回の落馬事故は神様がくれたギフト、つまりラッキーアクシデントだったってことさ」

「ラッキー……? チッ、やりやがったなこのクソアマが」


 怖い! とっても怖い口調になってるよ、セレンちゃん! あたしこの世界でもくたばる予感しかしないよ!


「あ、あの、私今まで黙ってたんですけどぉ、実は他に好きな人がいるんでぇ……プリンスっていう人なんですけどぉ。だからダミアン様とは一緒になれないかなぁ、なんてぇ。てへっ」


 くそ、こうなったら他人を巻き込むしかない! ダミアンの友人プリンス召喚だ!


「えっ、なんてことなのマーガレット! それなら私に相談してくれれば良かったのに!」


 ホッ、良かった。セレンちゃんの顔が薄幸美少女モードに戻ってる。


「っとに、余計な手間かけさせやがって」


 いや、今のは聞こえないふりだ。


「プリンスか……あいつのことが、そんなに……気づかなかった」

「申し訳ありませんね。じゃ、これでセレンちゃんとお幸せに」

「まあ待て。その前にプリンスにはれっきとした婚約者がいるだろう? 非の打ち所のない才色兼備なバイオレットが」


 うっ、そ、そうなんだけどね!


「こっ、恋は障害が大きいほど燃え上がるんですわ!」

「プリンスは知っているのか、君の気持ちを」

「(いや知るわけないじゃん。今考えついた嘘なんだからさ)いえそんな、はしたない……秘めたる恋というやつです」

「ダミアンさま、私がマーガレットに代わってあなたを愛……」

「よし、決めた! 私は君を諦めない! 君が感じているプリンスの魅力を真似る!」


 パクるんかーい! お願いだからセレンちゃんの話も聞いてあげてよー!


「さあ言うんだ、君が感じているプリンスの魅力をすべて!」

「いやいや、そんなに詰め寄られても急には……(まずはプリンスの設定を思い出さないとだし)あっ、私、なんだか目眩がしてきましたわ! おやすみなさいませ!」


 こうなったら頭から布団かぶって、ひとまずエスケープしよう……ああ、布団越しにセレンちゃんとダミアンの深いため息が聞こえる……

 こりゃめんどくさいことになっちゃったなぁ……どうしよう?

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