愛の国ー終わりと始まりー
@Chinatsu_
1.その始まり
「父に連れて来られたのか?」
その男は、低く冷たい声で問う。
表情は一切なく、無機質な印象しか与えないその男は、しかし真っ直ぐにその女を見た。
ベッドの脇に立ったままの女は、その男の視線を真っ直ぐに受け止め、そしてその視線を外さなかった。
その女も、強い強烈なまでの瞳と視線で男を見ていた。その視線を男も離さなかった。
「わたしには、父や他の男たちのような下品な趣味はない。ここから去れ」
男は冷たく言い放った。
手にしていた鞄を椅子の上に置き、ネクタイを緩めた。
女は、立ち去るわけでもなくその様子をじっと見ていた。
しかし、その瞳はそこにいる男を映しているのではなく、何か遠くの、自分がこれまで見た記憶を映しているようだった。
「もう一度言う。去れ」
その声にはっと我に返った女は、その男を睨みつけた。
「何もしないと言っているのに、その目はなんだ」
男の口調が少し色を帯びた。苛立ち始めている。
「許さない……」
声は小さかったが、はっきりと強い意志が混じった言葉であった。
女の男を見る瞳は一瞬で怒りの色に包まれ、今にも男に飛びかかりそうなほどに興奮していた。
しかし、女は身体は決して動かさない。その場で静止していた。
彼女の瞳と、口から発した言葉だけが怒りをまとったままその空間を浮遊しているようであった。
行き場のない怒りがその場を浮遊し、そしてその部屋の空気を包む。
男は、それを感じた。少しだけ気圧される。
「憎しみだけで生きていくことはできない」
男は冷静さを取り戻し、そう女に告げた。
女は、男を睨みながら部屋から去った。
これが二人の出会いであった――。
女の名はアイリス。
男の名はルーカス。
そしてここは、人々が近代的な武器を持ち、国益のために互いの領土を侵略し始めた世界であった。
二人が出会った夜から、毎晩アイリスはルーカスの部屋を訪れていた。
「父には、なんと言われているのだ」
ルーカスの問いに何も答えない。
アイリスはただ黙ったまま、ルーカスを見ていた。
「ここに入っている以上、何も持ってはいないだろうが、その反抗的な態度」
微かにため息を交ぜてルーカスは言った。
「服に何か隠してはいないだろうな」
ルーカスは冷ややかな目でアイリスを見ながら訊いた。
その問いに答えるように、アイリスは無言で服を脱ぎ始めた。
下着だけになったのを見て、ルーカスが止めた。
「わかった。そのまま動くな」
脱いで床の上に広げられたアイリスの服を手に取った。
高級な服ではなかったが、まだ仕立て上げられて間もないであろう綺麗な状態な服であった。
この国の女性たちは、夜になるとシンプルな夜着を着ていた。
アイリスはこの家からもらった夜着を身にまとっていた。クリーム色のワンピースのような夜着は、着脱も簡単であった。
ポケットもなく、何か物をを隠すようなところはなにもなかった。
しかし、アイリスはこの夜着にさえ怒りを感じていた。
――このような薄くて無地の夜着。こんなのを着れと言われた時点で、すでにわたしは辱めを受けている。
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