Secret Fairy 〜半妖精だと隠して入学した学院で公子に恋をしました〜

五菜みやみ

Secret Fairy

第1話



夜月みたいな金色の髪。


白い肌に、尖った耳。



それが森の妖精────


          ────『エルフ』の特徴。






カリカリカリ。


ごわごわした羊皮紙に炭を細くして布で巻いたペンで私は一冊の本を見ながら『エルフ』について書き写していた。


“エルフは一族で一つの山に暮らし、滅多に下りてくることはない。そして固有魔法を有するエルフは、他種族に利用されないよう警戒心が強い”


──その為、一族の掟で交流を禁じていて、もし掟を破ればその者は集落から追放される。


父がそうだったように……。


エルフについての特徴を書き終わると、丁度良く部屋のドアが叩かれた。


「入るぞ」と言って入って来たのはお父さんだ。


腰まで伸びた金色の長髪に、青みがかった緑の瞳。そして男性なのに白い肌。


その見た目から分かるようにお父さんは『エルフ』だった。


一族の中では統括の重臣を担う一人だったけれど、集落の麓で流浪劇団のお母さんに出会い、一目惚れをらしい。


それから両親は婚姻の契りを結び、しばらくして私が産まれた。


つまり私は──、エルフと人間の間に生まれた“ハーフエルフ”になる。



「まだやっているのか? 1年も勉強を頑張って来たんだ。そろそろやめにしなさい」


「最後に簡易魔法陣を練習したら寝るよ」


「なら良いが……。ちゃんと休むんだぞ。エマならきっと大丈夫だ。ちゃんと合格出来る。なにせわたしが教えて来たんだからな」


「うん。──それより、お父さん。手に持っているものはなに?」



私が聞くとお父さんは少し拗ねた顔をして「それよりってなぁ……」とぼやいていた。


それから小さなため息をついて、手に持っていた皿を机の端っこに置く。



「ウカの実を入れたおにぎりだ。食べなさい」


「ウカの実!? ありがとう!!」



ウカの実はどこにでも生えている木の実で、黄色いその実は甘酸っぱい味がする。


それを細かく刻んで白麦に混ぜたおにぎりは私の大好物だった。


一つを手にとるとパクリとかぶりつく。



「とうとう明後日か。……合格したら、エマは向こうで暮らしていくことになるんだな」


「うん。そしたらお父さんは気ままに暮らしてていいからね。5年後、私が卒業したら魔塔の家で一緒に暮らそう」


「エマはわたしよりどんどん立派になっていくなぁ」


「お母さんとの約束だもん」



まだ両親が集落の外れに住んでいて、私が3歳になった時。


お母さんとは一緒に暮らしていたけれど、故郷から一緒に世界を旅していた劇団のみんなの元に戻りたいと言う母の望みに、父は送り出す決心をして別れた。


お母さんが離れていくその時の記憶はうろ覚えでしかないが、私にたくさん謝りながら抱きしめるお母さんの面影が記憶にある。



───

─────

────────



草木が生い茂った木漏れ日の差す森の中でお母さんは幼かった私の頭を撫でていて悲しそうに微笑んでいた。



『エマ、ごめんね。 母は今までも、これからもずっと、あなたを愛してるからね』


『ママ、いつかえってくる?』


『……エマが大きくなった頃に会いに来るわ。約束する』


『うん……』


『これからはエマがお父さんを世話をするの。だからお父さんのこと頼んだわね』



頷いた私を母はぎゅっと腕の中に抱きしめて、最後におでこへキスを零した。



『エマ、本当にごめんね。いつか絶対に二人のもとへ帰ってくるから。それまで良い子で、元気でね、エマ』



それから地面に置いてあった鞄を手に持つと、山を降りて行った。


そして、お父さんは私を連れて一族の前に顔を出し、追放されることになったのだ。



────────

─────

───



その時のお母さんの言葉を私は不思議と覚えていて、ずっとお父さんが無茶をしないように家のことを手伝って来た。


エルフの成長は人間より早い。


それは私も例外ではなく、お父さんから教わっていたのもあって、6歳の頃には言葉も文字も成人と遜色なく習得していた。


それから合わない肉体労働で働くお父さんを見ていて、家が経済的に貧しいことを知って、ある時に近くの国の学園都市のことを周りの大人たちから聞いた。


このグレート大陸の中央部に位置する国──アッシュハルムは4つの隣国に囲まれているが故に、貿易国として栄えていて、色んな種族が多く集まる。


中でも国の北部にあるレリック学院は大陸一の学院として知られていて、いろんな国から子供が集まるらしい。


教師も有能で、各国で功績を残した学者が集ったレリック学園は別名、『知識の都市』とも言われている。


入学した在校生も卒業生も、国の偉い人からスカウトされたりで各国に散り、秀でた功績を納めている。


そんなレリック学院は、身分や種族を問わず優秀な子供だけが入学出来ることでも有名だった。


アッシュハルム王国の王族が認めた、実力主義のレリック学院。


中には魔塔の魔法使いとなって、魔塔の敷地内で家族と暮らしている人もいると聞いてから、苦労しているお父さんの姿を見てきた私は心に決めた。


“私も魔法使いになって、お父さんが得意な分野で活躍する姿を見てみたい”


それにエルフであることを隠すにも丁度良いと思った。


魔塔は王宮の関与を受けないし、そこでの仕事は魔法や魔導具の研究と開発で、部屋に篭っていても問題ない。


つまり、エルフだとバレても人間からの一切の関与を受けずに暮らしていける。だからきっと、今より良い生活が送れると思った。


考えにふけっていると、突然、お父さんが頭を撫で来た。



「エマもあまり無茶をするな。違う暮らしがしてみたいなら、頑張れば叶えてあげられるんだからな」


「うん」


「エマはわたしの宝物だ。人間と交ざった混血のエルフだとしても、森の妖精の血をひいていることに変わりない。利用しようとする者がたくさんからいるから、そのことをちゃんと胸に刻んで、慎重に行動しなさい」


「はい」



お父さんの手が頭から離れると二人で笑いあった。


それから「先に寝ているよ」と言って、お父さんは部屋から出て行った。


ウカの実が混ざったおにぎりを食べながら、私は机に向き直るとノートにいくつかの魔法陣を書いて教本を閉じた。


これで総復習は終わった。



「もう寝よっと」



コップ汲んであった水を飲むと、欠伸をしながらヘッドへ倒れ込み、深い眠りへと落ちていった。


翌日の早朝から私は、遠出する準備をしていた。


ここから学園都市の砦までは馬車を乗り継いでも半日はかかる。


それに学園側は前もって入国することを許していて、魔力検査を受けに試験日より早くに学園へ入ることも出来るのだ。


私は試験会場がどんな所か見ておくのも良いかと思って、今日から出ることにしていた。


数時間後には朝餉も終えて数泊分の荷物が入った鞄を背負うと、玄関先でお父さんの手が肩に掛けられた。



「向こうについたら手紙を出すんだぞ。エマは落ち着いているから、何か困ったことがあってもなんとか出来るだろうし、あまり心配はしてないが、何かあったらすぐに戻って来なさい」


「うん。安心して待ってて」



安心させるように微笑むと、お父さんは私を見つめながら頭のを撫で小さく頷いた。


私は扉の前に立ち、胸に手を当てて一つ息を吐く。



容姿変化アピアランスチェンジ



唱えると身体から仄かな光が放たれて、金色の髪が朱色に染まり、尖った耳の形も人間のような丸みを帯びた形へと変化した。



「どうかな?」


「うん、ちゃんと出来ている。これならバレることはないだろう」


「えへへ。じゃぁ、行ってきます!」



いつもやっていることとは言え、変身魔法が成功したことに嬉しくなり上機嫌で家から出た。


後を追うように変化した父も出て来て、「行ってらっしゃい」と見送ってくれる。


既に家から出ていた村人たちにも挨拶をしながら、私は馬車の出ている隣りの村へと向かった。


その村は貴族が領主をしていて、商人が周辺で取れる原料を運ぶため、荷馬車が何便か出ているのだ。


その馬車に乗れば王城近くの街まで行ける。


その次に乗ったのは乗用馬車で。この馬車こそ城壁を潜り抜けて学園都市の砦まで乗せてくれるものだった。


馬車は在校生と教師関係者とは別になっているらしく、同じレリック学園の入試を受ける子供たちが3人乗り合わせで二頭の馬が走り出した。


市民街の様子を見ながら揺られていると、ふと同乗していた活発そうな男の子が聞いてきた。



「なぁ。お前、どっから来たの?」


「私……?」


「そう! だってこんなに明るい髪色なんて珍しいもん」


「あぁ。えっと、リザンの方にある村から来たよ」


「へぇ、スベール子爵家の領地からか! 他にも似た髪色の人たちがいるのか!?」


「ううん、私の家族だけ。どうしてこうなったのかは分からないけど」


「そうなんだ! しっかし、本当に珍しい髪色だなぁ」



それから別の話題になって、黙っていた男の子も巻きんで談笑していると、馬車は学園都市の砦前の街まで来ていた。


街中は商人たちで溢れ返っていて、屋台に並べられた商品を色んな人たちが物色している。


街の様子に思わず感嘆する声がこぼれた。



(すごい……。これが貿易国なんだ)



すると、馬の手綱を引いていた御者が話しかけてきた。



「ここは『第二の王都』と呼ばれている所だよ。そして、目の前にあるのが──」



話掛けられて前を向くと、上の方に存在する二つの建物に目を奪われた。



「きみたちがこれから向かう『王立レリック学院』と、『アッシュハリム王城』だ──」



見えたのは時計塔と煉瓦造りの洋館。


その奥に横に広がった学校があり、さらに奥にあるより一層高い所にあるのが白壁で建てられた王宮だった。


屋根の尖りにはアッシュハリム国を称える鳥の絵が描かれた旗が風で煽られている。



「大きい……」


「すげぇ!!」


「想像以上だ……」



言葉を失くして眺めていると、格子で閉ざされた砦が見えた。


その場所に向かって、馬車は走り続ける。



「そろそろ着きますよ。それぞれ悔いの残らないように頑張って来て下さい」


「ありがとうございます」



親切に応援された私たちはお礼を言ってから下りて砦に着くと、書類選考の末に送られて来た入門許可証を兵士に見せて学園都市へと足を踏み入れた。


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