第二章

 トニーが意識を取り戻してから2ヶ月が過ぎた。

記憶が戻る様子はない。

自分のことを思い出せなくてもトニーはルドルフの家のことを進んで色々と手伝ってくれた。

しかも料理の腕前が素晴らしくナタリアが作る殆ど炭化するか味付けとは言えない料理とは比べ物にならず、遥かに旨かった。

──是非とも私の専属シェフになってもらいたいよ。と、よく冗談めかして言うと、トニーも、このまま思い出せなかったら就職させてくださいと笑顔で答えていた。

ルドルフは本当に、そうなってくれたらいいのに、とも思ったが娘から見せてもらったブルートパーズのライヴDVDでトニーは本当に生き生きとして歌っていた。廃業医師の専属シェフになって離島に留まるよりトニーはバンドに戻る方が彼には幸せだろう、と、思った。


ルドルフはトニーの行方不明に関する報道も下火になってきたので、そろそろ頃合いかとロバートの店に電話をかけた。

呼び出し音が十回ほど鳴り、居ないかもしれないか忙しいのかもしれないから、また時間を置いてかけ直そうとルドルフが思った瞬間に相手が出た。

「お待たせしました。ダンバー楽器修理店です」

若い男の声が応えた。

「もしもし、私、医師のルドルフ・カールソンと申します。ロバート・ダンバーさんは、いらっしゃいますか?」

「私がロバートですが」

トニーのことで電話をかけたが何から、どう切り出したらいいだろう…ルドルフは電話で目の前に姿が見えない相手と話すのが苦手で話す順序をメモしておくべきだったと悔いながらも、

「えっとですね、あの、突然ですが、お訊きしたいことと、お話したいことがあるのですけど…御都合はいかがですか?」

なんとか話すことができた。

少し沈黙があってからロバートが尋ねた。

「どういった御用件でしょうか?お医者さんだと仰いましたよね?お話するのでしたら直接お会いする方がいいですか?」

「そうですね…直接会って、お話しする方がいいと思います。御都合のよろしい日時を教えていただけますか?」

ルドルフが言うとロバートが素早く静かな口調で訊いてきた。

「…もしかしてトニーのことですか?」

ロバートは訊きながら心臓の鼓動が早くなるのを感じていた。

突然、医師が電話してくるなんて…トニーに関しては最近ようやくマスコミがしつこく店に押し寄せてくることもなくなって騒がなくなってきてたけど…


あの日…前日にトニーの様子がおかしいと後追い自殺をほのめかしているという電話をジョージさんから受けて、すぐに行きたかったのに仕事の依頼が殺到した俺はトニーの家に行かれなくて、なんとかメンバーに連絡して…だけど、その日のうちに誰もトニーに会えなくて結局、翌日トニーの家に訪ねて行ったけど会えなくて。もしかしたらと彼女が亡くなった海岸通りに探しに行ったけど海に浮かんだ大量の薔薇を見つけて。

トニーは見つからなかった。

彼が海に落ちたのか、それとも悲しみに暮れて何処かに素性を隠して放浪しているのか暮らしているのか全く解らないまま、あれから2ヶ月…

もしかすると亡くなっていて、とんでもない腐乱死体で見つかったのか?受話器を持つロバートの手が震える。

「そうです。トニー・オルセンくんのことです。時間を取って、ゆっくり会えませんか?出来きましたら…その、彼の御両親の連絡先を御存知でしたら伝えて頂きたいんです」

「ということは…もしかして…トニーの遺体が…見つかったんですか?」

医師ならば、遺体を調べれば、そういうことも判るのだろうか…ロバートは、ゆっくり区切りながらも殆ど息継ぎをしないで訊いた。

取り乱してはいけない。落ち着かなくては…そう思っていても受話器を持つ手の震えが大きくなった。

「ああ、説明不足で申し訳ありません。トニーくんは生きていますよ」


──生きている───?


「トニーが生きて、いる、んですか?」

「ええ。元気ですよ。ただ、少々複雑な状況なのです」

安堵したロバートは、その場に、へたりこんだ。

ルドルフに自分はトニーの両親の連絡先は知らないけど当てはあるので、とりあえず訊いてみることと、両親と連絡が取れ次第、ルドルフに連絡すると話をして通話を終えて店は早仕舞いした。

とりあえず、ロバート自身もルドルフの診療所へトニーに会いに行くことを約束した。

ロバートは自分の車に乗ると息を整えようと何回か深呼吸したが心臓の鼓動は早くなる一方で息も苦しかった。

ああトニー!

良かった!生きていた…!

この2ヶ月間、あの日、泊まりに来ていたトニーを彼が一旦帰ると言っても帰すんじゃなかった、とかジョージさんから電話を受けた日に非常識だとしても夜中に押し掛けトニーに会えていたら、と繰り返し繰り返しロバートは後悔していた。仕事に没頭しようとしていても、蟠り、心の奥底から悔いが消え去ることはなかった。

だが今はルドルフからトニーが生きていると連絡を受けて嬉しさと安堵で涙が頬を伝った。

複雑な状況と言っていたのは気になるが。

マリアも驚き喜ぶだろう。

早く伝えたい。

ロバートは息を整えると自宅へ向けて車を発進させた。



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