35 アレクシスの屋敷
衛兵の目を盗みつつ、屋敷の中へと忍び込む。
月明かりが作り出す影の中を移動しながら、少しずつ、少しずつ、怪しそうな部屋を探す。
……と、潜入任務らしくしてみたものの、怪しい部屋なんて正直なところ見当もつかない。
こういう時に囚われの姫と言えば地下牢とか高い塔の上に監禁されていたりするものだけど。
「……どっちもないじゃん」
地下へ繋がる階段も、高くそびえる塔も、この屋敷には存在しなかった。
あるのはただただ長い廊下と、見分けのつかないたくさんの部屋だけ。
忍び込んでいる手前、むやみやたらに開けまくってしらみつぶしで探す訳にいかないし。
あれ……これ、もしかして詰んでる?
いやいや、あれだけ覚悟を決めて潜入したのにこんなところで足止めされちゃたまらないよ。
こうなりゃヤケだ。片っ端から開けちゃうもんね。
◆◆◆
一方その頃、ガラムはとある部屋で手足を拘束されていた。
彼女のパワーであれば容易に抜け出せそうな気もするだろうが、残念ながらそうもいかない。
何故なら彼女の四肢にはめられた手枷足枷は対象の力を弱体化させ、更には魔力の流れをも阻害する術式が編みこまれた魔道具なのだ。
いくら彼女がアルカとの地獄の特訓によって常識外れの力を手にしたとは言え、魔道具によって弱体化されてしまってはどうしようもなかった。
「相変わらず可愛げのない顔だねぇ、マイハニー」
「……何度も言っているけど、貴方とそう言う関係になったつもりは無いよ」
低く、ドスの効いた声でガラムは目の前にいる貴族にそう言った。
それを聞いた彼はニヤリと笑いながら、ガラムの方へとゆっくりと歩く。
「確かに、まだそうだろう。けれど明日には君は僕の妻になるんだ。そろそろ心を開いてくれてもいいんじゃないのかな。それこそ名前で呼んでくれても構わないのだよ? ほうら、アレクシスと呼んでみたまえ」
アレクシスと名乗る彼はジワジワとガラムとの距離を詰めて行く。
しかしガラムは動揺するでも、恐怖するでもなく、ただ冷静に彼の一挙手一投足を観察していた。
隙さえあれば一撃食らわせてやろうと思っていたのかもしれない。
もっとも、今の彼女は四肢を拘束されていて身動きがとれない訳だが。
「残念だけど、私は君と結婚するつもりはない。それに誘拐して無理やり妻にするだなんて、国が認めるはずが……」
「本当にそう思っているのかい?」
「……」
ガラムは黙り込んでしまう。
確かに誘拐は重大な犯罪だった。バレれば間違いなく牢獄行きとなるだろう。
だが、それが貴族によるもの……ましてやアレクシスのように有力な貴族によるものであればその限りでは無いのである。
ここ王都において権力、資金、名声、ありとあらゆるものが彼ら貴族を守っていた。
それはもはや国王ですら容易には干渉できない程に。
つまりこうしてアレクシスがガラムを誘拐するどころか強引に妻として迎えることを、外部はもう止めることも出来なければ罪として裁くことすら出来ないのだ。
「分かっているんだろう? 君だって、もうどうしようもないことはさ」
「そんなことは無い……」
「ああ、その目。僅かな希望にすがり、助けを待つその目が……僕を滾らせる」
「ぐっ……」
アレクシスの指がガラムの頬に触れる。
冷たく、ひんやりとした、それでいて恐ろしく凍えるような指が、ガラムの頬から顎へと移動する。
「君を一目見た時、思ったんだ。そう、確信したんだ。僕は君に惚れてしまったんだとね」
「……なら、普通に告白すれば良かったんじゃないかな。わざわざこんな事をしなくても、可能性はあったかもしれないよ」
「勿論それも悪くは無い。僕の持つ富と権力を知れば、君はきっと断らなかっただろう」
アレクシスは自信満々だった。
自分の告白が成功するのは絶対だと、疑う余地も無くそう思っていた。
「……けどね、それよりもこうして強引に僕の物にした方が確実だろう? 元よりエルフは珍しい種族なんだ。更には君のように美しいエルフ、いつ掠め取られるのかも分からない」
「それなら、なおのことこんな方法をするべきじゃなかったね。もう私は貴方のことを信じられない。貴方のものになるなんて、もってのほかだよ」
「はぁ……口の減らない女だ。出来ればこうしたくは無かったんだが……どうやら君には躾が必要なようだからね」
「うぐっ……!?」
ガラムの露出している腹部にアレクシスの拳が、蹴りが、的確に入って行く。
冒険者でも無いアレクシスの攻撃など、本来はどうってことないはずのものだろう。
しかし魔道具により弱体化している今のガラムにとって、彼の攻撃ですら地獄のような苦痛を与えるものとなってしまっていた。
「がはっ……ぁぐっ……」
「痛み。それこそがもっとも効率よく精神を支配することが出来る感覚だ。僕に逆らうと言う事の意味が、これで分かったかな?」
「こ、この程度……どうってこと……な、い……」
「ああ、良いねその目。反抗的ながらも、着実に絶望に支配されつつある目だ。とても……美しい」
アレクシスは恍惚の表情をしたまま、ガラムの腹部へと攻撃を続ける。
すると流石のガラムも限界に近いのか、ついには目に涙を浮かべながら、助けを乞い始めてしまった。
「お、お願い……です。もう、やめ……て、くだ……さい」
口から血を吐きつつ、ガラムは弱々しくそう口にした。
もはや彼女に最初のような勇ましさは無く、力と痛みに怯えるか弱い少女でしか無かった。
「やっと理解したのか。最初からそうしていればよかったものを……けど、残念。僕はより強く絶望した君の表情を見てみたくなってしまった」
そう言うとアレクシスは部屋の隅に置いてあった長剣をつかみ取った。
「君がいけないんだよ……そんな美しい顔を僕に見せるから。大事なコレクションにするつもりだったのに、僕自身の手で傷を付けさせるなんて酷いじゃ無いか」
剣を構えたまま、アレクシスはじりじりとガラムへとにじり寄る。
「そ、そん……な……いや……嫌、だ……!」
彼の目が狂気に満ちていることに気付いたガラムはこの後に起こることを想起してしまったようだ。
どうにかして逃げ出そうとするも……もはや彼女にそんな力は無かった。
「おねが……い、誰か、助け……て」
「はははっ! 助けなんてこないさ! ここは僕の屋敷なんだからね!」
ガラムはあまりの恐怖と絶望に、ついには目を閉じてしまう。
もはや万事休す。そう思われたその時……部屋の扉が開かれた。
「アル……カ……?」
ガラムは無意識の内に、本来ここにいるはずのないその人物の名を口にしていた。
そう、そこにいたのは彼女の良く知る少女……アルカだったのだ。
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