10 魔力測定、再び
朝になり、里奈は目を覚ました。
かと思えばあっという間に身支度を終え、すぐさま寮を出て冒険者学校へと向かった。
待ちに待った冒険者学校への入学の日。
とうとうやってきたその日に、里奈は気合十分と言った様子である。
冒険者と言うものに憧れがあったのもそうだが、何よりも前世の記憶による懐かしさが大きかった。
前世で社会人だった彼女にとって、学校への入学はこちらでの年月と合わせて二十年以上も前のことなのだ。
そう考えると、こうしてテンションがぶち上がってしまうのも仕方のないことではある。
しかし、それをあまり良く思わない者もいた。
「……おいおい、たかが冒険者になるための学校に気合入れすぎじゃねえか……?」
里奈と共に冒険者学校の建物内で入学の時を待っていた者の内の一人が、里奈に聞こえるように独り言を呟く。
それを皮切りに周りがざわつき始めた。
まるで「そう思っていたけど今まで言わなかっただけだ」と言わんばかりに。
しかしこの状況ではそうなっても仕方がないと言えた。
と言うのも、冒険者学校への入学にここまで気合を入れる者は物凄く少ないのである。
何故そうなるのかと言えば、この世界における冒険者学校の立ち位置に原因があった。
アルスト内では語られなかった事だが、冒険者学校は魔法学校や剣術学校に入れなかった者たちの受け皿としての役割も担っているのである。
そしてそう言った特化型の学校はもっと大きな都市にしか存在せず、入学するためには多額の金や優れた才能が必要だった。
つまり冒険者学校にいると言う時点で、地方暮らしの金無し能無しの凡夫……そう言った悪い先入観を持たれてしまうのである。
とは言え、それらがあくまでただの先入観でしかないのもまた事実だった。
魔法学校や剣術学校程では無いにしろ、冒険者学校でも十分な教育は受けられるのだ。
それどころか現役の高ランク冒険者による指導で彼らの持つ知識と経験を継承できると言う点では、それら学校に勝るとも劣らない独自の強みがあると言えた。
だからこそクラインは里奈を冒険者学校へと入学させたのだ。
里奈の持つ魔法と剣術の才を両方活かすためにはこの選択が一番良かったのである。
それを抜きにしても、冒険者学校に通っているからと言って才能が無い訳では無いと言う事を歴史に語られる英雄たちが証明していた。
彼らの中には冒険者学校を卒業している者も数多く存在しているのだ。
しかし、それでも先入観は消えない。だからこそ先入観なのである。
人の意識はそう簡単には変わらないのだ。
そのため「冒険者学校=魔法学校や剣術学校の劣化版」のような考え方は根強く、そう信じている者たちも多かった。
そんな彼らにとって里奈は「冒険者学校への入学ごときでやたら張り切っている場違いな奴」と言う認識だったのだろう。
そんな空気が辺りを支配する中、ついに入学式が始まった。
とは言え「式」だなんてそんな大層なものでは無く、軽い挨拶と冒険者学校がどんな場所なのかの説明をするくらいであった。
もっとも、格式ばったものをあまり好まない冒険者にとってはその方が良いのかもしれない。
それに何より、そんなものよりも重要な事が他にあるのだ。
「それじゃあ難しい話はこれくらいにして、クラス分けのために早速魔力測定を行うとしよう」
そう、御馴染みの魔力測定である。
ある程度同じくらいの魔力を持つ者たちを集めた方が教えやすく成長も速いため、魔力を元にクラス分けを行うのだ。
そしてこれは剣士などの魔法を使わない戦いをする者も例外では無い。
何故ならば冒険者として活動をするうえでは多少なりとも魔力や魔法の知識は必要だからである。
それがあるのと無いのとで、生還率に天と地ほどの差があるのだ。
しかしそうなってくると困るのは里奈である。
以前ルナに測ってもらった時に彼女は見事に測定不能を叩き出していた。
それをここでも出そうものならどうなるか。それがわからない彼女では無かった。
「次はアルカだな。この水晶に手を当ててくれ」
だが無情にも彼女の番がやってきてしまう。
「……」
仕方がないので、水晶に手を当てた里奈は出来るだけ魔力を抑えようとする。
もっともその行為は焼け石に水でしかないのだが。
「……測定不能だと?」
そして案の定、測定結果は「測定不能」であった。
「いや、何かの間違いかもしれん。もう一度頼む」
しかし測定ミスだと思われたのか、里奈はその後も何度も測定を行うことになってしまった。
だがどれだけ測定を繰り返しても出てくる結果は測定不能のみである。
「まさか、測定可能上限を超えている……? いや、そんなことはありえんか……」
何度測っても測定不能になることから、もしもの可能性を考えることを余儀なくされる冒険者学校の教師たち。
そうは言っても、歴史に名を残す英雄であったとしてもその魔力量は測定可能な範囲内に収まっているのだ。
たった10歳の少女がそれだけの魔力量を持つことなどありえるはずが無いし、受け入れられるはずも無かった。
それが例え勇者の血筋である、あのルーン家の娘だったとしてもだ。
そんな時、一人の少年が口を開く。
「それって、測定できない程に魔力量が少ないってことなんじゃねえの? だってありえないでしょ。測りきれない量の魔力って」
意地の悪い笑みを浮かべる彼によって明確に悪意を持って放たれたであろうその一言は、今この状況においてあろうことかとても大きな影響力を持ってしまった。
何しろ人は信じたいものを信じる生き物なのだ。
過去の英雄をも優に超えてしまう程の膨大な魔力量と比べれば、彼の言ったような測定できない程の虚弱な魔力である方がまだ納得できるのである。
そしてその空気はあっという間に伝染し、気付けばこの場の皆が彼の言う通りなのだろうと思い込んでしまっていた。
勿論あの少年を除き、悪意をもってその判断をした者はいないだろう。
だが人の感情と言う物は人が思っている以上に脆いのだ。それはこの世界の人間も例外では無かった。
こうして里奈は一瞬にして、英雄をも超える存在から魔力を持たない無能へと格下げされてしまったのだった。
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