ノンケの親友に片思いしているけど、なぜか毎晩僕のベッドで寝ています

@harunosaki

第1話 遥とノンケの親友

祭りの中には食べ物の香りが漂い、浅見遥あさみはるは手に持ったたこ焼きを吹きながら、そっと冷まして食べようとしていた。


「熱いから気をつけな、ゆっくり食べろよ。」


遥の隣にいる男は自然に彼の肩を抱いて、もう一本の焼き鳥を遥の口元に差し出した。


「これも食べてみろ。」


八神理人やがみりひとは背が高く、顔立ちはまさに完璧そのものだった。彫刻のような整った横顔に、柔らかな微笑み。たとえ祭りの人混みの中でも、彼の存在は際立っていた。周囲の人々は無意識に足を止め、彼に目を奪われていたが、理人自身はそんなことには一切気にしない。

彼の視線はただ一人、遥にだけ向けられていた。

まるで、遥が彼の差し出す焼き鳥を口にしない限り、決して手を引かないというような真剣さだった。


遥は仕方なく一口だけ食べた。


「まあ、悪くない。」


「だろう?」


理人は満足げに遥がかじった焼き鳥をあっという間に全部食べ終えた。しかも、まったく遠慮する様子もなく。


遥は少し目を伏せ、突然手に持っていたたこ焼きが理人に奪い取った。再び遥に返されたときには、彼がかじったたこ焼きだけがきれいに消えていた。そのたこ焼きを食べた理人は上機嫌で鼻歌を口ずさみながら、遥の肩を抱きしめたまま歩き続ける。まるで手が遥の体にくっついているかのように。




理人は、外見から見て馴染みやすいタイプではなかった。遠くからでも一目でわかるほど、「近寄るな」のオーラを放つ完璧なイケメン。しかし、遥にとって、その距離感はまったく関係なかった。

彼らは、一つのカップラーメンを一緒に食べることもあれば、お互いの服を交換して着ることも、同じベッドで寝ることもあった。理人に何をされても問題はなかった。なぜなら、彼らは親友だからだ。


遥は心の中でよく理解していた。理人の最大の禁忌さえ犯さなければ、理人が自ら距離を取ることは絶対にないと。


その最大の禁忌とは――


「こんなところで会うなんて、奇遇だね。」


背後から声がかかり、遥は足を止めて振り向いた。そこには爽やかな男が立っていた。


その顔、どこかで見たことがあるなと思いながら、遥は少し考えた後、思い出した。この男は理人が大学に入ってから知り合った友人で、理人ともかなり仲の良い関係だった。


その爽やかな男は、驚いた表情を浮かべながらも、どこか隠しきれないほどの興奮を感じさせていた。


「本当に、奇遇だね!」


男は言いつつ、その驚きの顔がどこか演技のように見えた。まるで、ずっとここで待っていたかのように。


「何か用事があるの?」


理人は興味なさそうに男に問いかけた。


男はすぐには返答しなかった。彼の視線は理人が遥の肩をしっかりと抱いている手に一瞬注がれ、次に遥を見たとき、彼の目に一瞬だけ敵意が宿った。

だがその敵意はすぐに消え失せ、男は恥ずかしそうに遥に向かって微笑んだ。


「理人にちょっとだけ、話したいことがある……」


遥は少し頷き、理人の手を自分の肩から外し、近くの小さなショッピングモールを指さした。


「そこで待つよ。」


言いかけた言葉がまだ口をついて出る前に、遥の指さす先が理人にぐっと掴まれた。


理人は遥の手をしっかりと握ったまま、顔に笑顔の代わりに冷徹な表情を浮かべ、その男をじっと見つめた。その表情には、一瞬で周囲との距離感が明確に現れていた。


「用があるなら言え。無ければ、俺たちは先に行く。」


理人は眉根をひそめ、少しうんざりした表情を見せた。


遥は男が来た目的を何となく察し、彼の手を引き抜こうとしたが、それはますます強く握られていた。


二人の間にどうしても隙間が生まれそうにない中、その男は歯を食いしばった。彼は理人よりも一回り小柄で、目を上げて理人を見上げたとき、その眼差しに、どこか純粋で憂いを含んだ感情が見えた。


「理人……私、ずっとあなたのことが好きだから、チャンスをくれないかな?」


彼は緊張しながら理人の黒い眉と瞳を見つめた。

理人と遥が一緒にいるとき、常に理人の様子を観察してきた彼は、理人が同性愛に対して強い拒絶反応を示すことを知っていた。しかし、それでも理人と遥の親密さを見て、彼は不安を抱き、どうしても告白せずにはいられなかった。


「あなたたちの関係に干渉するつもりはない。お願い、1週間だけ、試してみてもいいかな?」


男は再び必死に頼んだ。


理人は無駄な言葉を交わす気もなく、ただスマホを取り出し、男に冷たい視線を向けた。


男はその反応を察し、すぐに一歩避けた。


「君が嫌なら無理にとは言わない。元の関係に戻って、ただの友達として接するから。」


遥は理人の隣に立っていて、少し顔を横に向ければ、理人が何をしているのかが簡単に分かった。理人は目の前の男の連絡先を何も躊躇せずに全部消した。

全てを終えた後、理人は顔を上げその男を見た


「俺は、俺を好きになる同性の友達なんて受け入れない。」


**********


まだ真夏なのに、遥の手は冷たくなった。


二人は学校へ向かう途中を歩いていたが、遥の手はずっと理人に握られて放されなかった。


「どうしたんだ?手、冷たいじゃないか。」


理人が遥に尋ねた。


「具合悪いでものか?」


「そんなことないよ。多分先かき氷を持っていたから……」


遥は気づかれないように声の調子を整えつつ、手を引こうとした。


「もう、手を離して。」


しかし、そんな一振りが逆に理人の手を強く握らせてしまった。


「俺が手をつないでるだけで、どうしたんだ?つなげないのか?」


理人は微笑みながらも、その手の力を一切緩めることはなかった。


遥はしばらく沈黙した後、ふっとため息をついた。


「あんた、いつもこうやって抱きしめたり、手をつないだりしてるから、知らない人はきっと、理人が男の子が好きなんじゃないかって勘違いする。たとえあんたが説明しても、みんな『隠してるだけだ』って思うしかない。だから、男の子がいつも告白してくるん。」


その言葉が終わった瞬間、遥はまたお馴染みの抱擁を受けた。


背後から、背の高い青年が彼を強く抱きしめ、息を耳元の肌にかけながら、その肌を熱くしていった。遥はその温かさと共に、理人の含み笑いが聞こえてきた。


「他の人の目なんか気にしてどうする? 他人に誤解されないように、俺が君と抱き合ってもダメだって言うのか?」


**********


シェアハウスに帰った時、理人はまだ遥の手を握っていた。


今住んでいるシェアハウスには他二人同じ学校の友人もいる、理人と遥が手をつないでるのを見てにやりと笑った。


「おお、理人、また遥とハネムーン行ってきたのか?」


「他の夫婦は毎日喧嘩だって言うのに、お前たちは喧嘩するところか、毎日新婚みたいじゃん~」


理人が自分と遥の関係でこんな冗談を言われても、まったく怒ることなく、むしろ笑いながらたこ焼きをテーブルに置いた。


「嫉妬してるのか? ほら、祝いに飴をあげるよ、食べな」


歓声が上がり、二人のルームメイトは遠慮なく食べ始めた。二口ほど食べた後、健太が振り向き、八つの歯を見せてニッコリ笑い、親指を立てた。


「理人、遥、新婚おめでとう!」


隣でガツガツ食べている洋介も反応して、振り返り親指を立てて言った。


「早く子供の顔を見たい!」


「……」


遥は何を言えばいいか分からなかった。

早く子供をつくる? 本当に何言ってるんだこの三バカは!

 

理人は眉をひそめ、遥の腰をギュッと抱き締めた。


「あの二人の言うことなんて気にしなくていいだぞ、遥。」


遥は一瞬驚いた後、言おうとしたが、その時、理人がまた笑顔を浮かべ、冗談を言えるような顔に戻った。


理人は遥の腹を軽く撫でながら笑って言った。


「分かってないな、子供なんていなくても、遥と二人だけで十分幸せになれるから」


「……」


遥はとうとう耐えきれなくなり、理人を払いのけた。


「頭を冷やせ!」


**********


お風呂を上がり、遥はベッドに横たわった。


健太と洋介が下の階でゲームをして騒いでいる。遥は顔を布団に埋めて、ゆっくりと体をリラックスさせた。


帰り道で、彼の手だけでなく、心も凍れたことを思い出した。理人が一瞬の躊躇もなく、友達と言える相手をブロックし、自分に好意を抱く人を友達として受け入れないと明言したとき、その心はすでに冷え切っていた。


なぜなら、彼も理人が好きだから。


自分でも気づかないうちに、理人への感情は静かに変わり、気がつけばそれは止められない炎となって広がり、もう元には戻れない。


理人は疑う余地もないノンケ、二人の間で交わされる冗談には全く気にしないが、同性からの真剣な愛情を受け入れることはできない。もし理人がその気持ちに気づいたら……友達すらできなくなる。


遥は気を散らして目を閉じ、横になった。すると、突然、耳元でザワザワと音が聞こえ、目を開けると、誰かが彼のベッドに登ってきた。遥は見なくても分かった、こんな真夜中に自分のとこに来る人の正体が。


理人は慣れた手つきで遥の布団をめくり、すぐその中に潜り込んだ。


遥のシングルベッドは大きくないため、二人とも身長が高いとなると、動けるスペースがほとんどなく、窒息しそうなほど狭い。


遥は少しでも動けるスペースを作ろうと試みたが、理人はぺったりと彼を抱きしめ、離れようとしなかった。理人は少しずつポジションを調整し、最適な角度を見つけると、満足そうに動きを止めた。


遥は我慢していたが、どうしても耐えきれず、一発、理人を押しのけた。


「まったく、真夏なのに、あんたは全然熱くないのか?」


遥は小声理人に言った。四人が住んでいる一軒家は二階建てだけど、防音がよくないから、夜になって大きな声を出せない。


「おや、先生たちのいい子ちゃんが悪い態度してるな~」


理人は軽く笑いながら、声を低くして遥をからかった。


「全然熱くないじゃん、それにエアコンもつけてるだろう。俺という人間エアコン」


理人がまた近づいてくる気配を感じ、遥は慌てて手を差し出して、理人を押し返そうとした。


「こんなふうに寝てたら、気をつけろよ。もし俺が、ひょっとしてお前のこと好きになっちゃったら、夜中にお前の顔を触っちゃうかもしれないぞ。」


遥は恐怖を与えようと試みた。


理人はしばらく静かだったが、その後、また口を開いた。理人の声はわずかに高くなり、怒りはまったく感じられず、むしろ楽しそうな響きだった。


「そんな嬉しいことがあるのか?」


遥の手は強く握られ、理人の顔に持っていかれる。


「……」


遥はどうして言い返す言葉が見つけなかった。このノンケ親友は単純過ぎるでしょう?!


遥は耐えきれず、手を引っ込めて、背を向け、壁に顔を押しつけた。こうすることで、何かが起こっても、理人にはすぐにバレないようにして、少しでも隠せる時間を持つことができる。


理人は少し笑い、再び後ろから抱きしめてきた。遥はその胸に感じる理人の心臓の鼓動を、ひとつひとつ感じながら、それが彼の心を乱すのを感じていた。


遥は息を整え、目を閉じた。自分の気持ちを完全に隠さなければならない。どんなに理人が好きでも、見せることができるのは、友情だけ。演技がうまくいって、決してバレませんように。もしそれがバレたら……理人との距離を取るしかない。


そんな日が永遠に来ないことを祈りながら遥は眠りについた。




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