わたしはくらげ。

猫墨海月

私は水母。

「お前、クラゲみたいだよな」

そう言われてからずっと、クラゲが嫌いだった。

意思もなく、あてもなく、ただ流されるだけのクラゲ。

生きているのに死んでいるかのようなクラゲが、嫌いだった。

――だって、私はそうじゃないと思っていたから

生きているのに死んでいるみたいなんて、生きている意味あるの?って思ってしまうから。

だから、クラゲは嫌い。

嫌いなんだ。


◇◇◇


私が水母を嫌いな理由は、他にもある。

例えば、可愛らしい見た目をしていて穏やかそうに見えるのに、人を刺す毒針を持っているところとか。

同じに見えるのに、違う種類の水母は食べちゃうところとか。

脳がないくせに、違う種類の水母はちゃんと分かるところとか。

どれだけ挙げても挙げ尽くせないほど嫌な部分があるから、嫌い。水母は嫌いだ。

不意に、アナウンスがなる。

閉館まであと一時間。

私は水母コーナーを離れることもなく、残りの一時間をその場で過ごした。

クラゲのように、息を殺して。

水母と呼ばれないように。

目立たないように、でも死なないように生きていきたい。

そんな我儘な独り言は誰にも届かなかった。

今日もまた、こうやって一日が終わる。

クラゲが嫌いなのに水母コーナーで一日を潰す。

私はやっぱり、水母だった。

半透明な水母。

水母と目が合うこともない。

当たり前だ。

私達水母は、目が無いんだから。

――だから私

水母が嫌いなんだ。


◇◇◇


部屋の中に部屋を作り出す透明な壁ごしに、今日も海月を視ていた。

その海月は水母とは違う種類だから、水母は今日も海月を狙っていた。

きっと私以外に海月を視る者はいない。

だって私以外は皆、水母の自覚が無いから。

そういう意味では私は水母じゃないのかもしれない。

というか、私は水母じゃない。

何を考えているんだろう。

水母なんて所詮ただの生き物なんだから。

そんなに思考を割く余地もないでしょう。

水槽の中を楽しそうに泳ぐ水母は、海月と違って楽しそうだった。

それはまるで自分の価値を魅せつけているかのようで。

自分は自分の意志で泳げると主張しているみたいで。

それでも私には、海月の方が生きているみたいに見えた。

味方のいない水槽で、

自分を守るために藻掻く。

その姿は目指すべき場所を提示してくれるみたいだった。

――かつて海月だった私みたいに

この海月にも救いは与えられるのだろうか。

いや、与えるべきなのか。

逡巡する思考。

必要なものなんて一つしかない。

でもその一つを持っていれば、

私の世界が崩される。

ああ、でも、そういえば、

誰も彼もが水母の世界から、私を掬い上げた。

そんな誰かも、水母だったっけ。

それなら、それなら、私だって。

私だって水母をやめれるでしょ。

今、私の目の前で。

その海月は輪の中で一人藻掻いていて。

誰も拾ってくれない。

誰も自分に見向きもしないと分かっているのに。

それでもまだ光を信じて藻掻く海月に

私もそうなりたいなって思って。

手を差し出していた。

海月から見れば私は海藻かな。

それでもいいか。

海藻なら掴み返せるもんね。

不安そうに私を見上げる海月。

その姿が私に見えた。

――これは

クラゲ嫌いが水母に救われる。

そして、海月を救う。

「…そういうの、辞めたほうがいいと思う」

そんな、嘘みたいな本当の話。

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わたしはくらげ。 猫墨海月 @nekosumi

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