エルト・ソル・トリエステ

 自分の部屋を出たあたしは、お城のエントランスホールの辺りで一人佇んでいた。


 別にクロトを置いてきたと言う訳じゃなく、クロトが鎧を置いていくから待っていてくれと言われここにいる。


 確かに鎧姿のクロトが街を歩こうものならかなり目立つし、彼があたし第三王女のお目付け役というのは周知の事実。

 クロトが目立って歩こうものなら、あたしがステラ・ムーン・トリエステだと周囲に言いふらしているようなものだ。


 これでは冒険者になるどころか、他の騎士や兵士達にもれなく保護され、父上や兄上に大目玉を食らうことは間違いない。


 クロトも何かしらお咎めがあるかも知れないけど、彼のことだから「ステラ様の我儘に付き合わされ、仕方なく護衛として同行した」と言い訳しそうだ……。


 ちょっと待って……、そうなると尚更あたしの立場が悪くなるのでは……?


「は……謀ったわねクロト……っ!」


「……お前は何を言っているんだ?」


 声のする方へと振り向くと、そこには訝しげな表情であたしを見ているクロトがいた。


 鎧を脱いだ彼は軽装な格好に腰には剣を差し、右手にも別の剣を持っていた。


「な……何でもないわよ……!それより、クロトは剣を2本も持ってどうする気なのよ?」


「これはお前のだ。丸腰で冒険者になる気か?俺が昔使っていたお下がりだが、これで十分だろ」


「あ……ありがと……」


 あたしはクロトが持っていた剣を受け取り、少し抜いてみると刃こぼれ一つしていない刃だった。


 クロトがお下がりだと言っていたけど、手入れが行き届いていたのだろう、大切に使われていたことが伺える。


「ねぇ……この剣って、本当に貰っていいの……?」


「構わん。どうせ俺にはもう必要ないものだ」


 素っ気なく答えるクロトと共にお城を出ようとすると突然後ろから声をかけられた。


「そこにいるのはクロトじゃないか、どうしたんだい?こんなところで」


 あたし達は聞き覚えの声にギクリとしながら恐る恐る後ろを振り向くと、そこにはあたしの兄「エルト・ソル・トリエステ」の姿があった。


 兄上は整った身なりに金髪のショートヘアー、さらに首の辺りにはまるで太陽のような痣があった。


 実はこの痣はなぜかトリエステ家の者にだけ現れるもので、父は命を表すハートヴィータ、兄は太陽ソル、あたしは月と星ムーンとステラ、上の姉が十字架クロスで下の姉が水滴アクアとなっている。


 一方の母は他所の国から嫁いで来たためこのような痣は現れてはいない。


 あたしのファーストネームが星を表す「ステラ」でミドルネームが月を表す「ムーン」なのはこのため。


 ちなみに、兄上のミドルネームの「ソル」も痣の太陽から来ているのだけど、なぜトリエステ家だけにこれが現れるのかは未だ謎となっている。


 それはいいんだけど、なぜここに兄上が……っ!?


 あたしの冒険者になると言う計画は早くも頓挫寸前へと陥りかけていた!


 もしここであたしがステラだとバレれば即座に兄上に連行され、お説教が待っているに違いない。


 さらに言えば、兄上にバレなくてもクロトが「あたしの我儘に付き合わされた」と言われれば同じ結果になる。


 あたしは冷や汗を流しながらクロトを見つめていた。


「これはエルト王子。遠縁の従妹が訪ねて来ましたので、これから街の案内をしろとせがまれまして」


 遠縁の従妹……?


 クロトにそんな従妹がいるなんて話聞いたことがない。


 兄上もそう思っているのか、じっとあたしの顔を見つめてくる。


(や……ヤバイ……)


 そんなにじっと見つめられたら流石にあたしステラだってバレてしまう。


「そうか、クロトの従妹が……。君の名を教えてもらってもいいかな?」


「え……?あ、はい……。あ……じゃなくて私はス……ルーナ・ランカスターと申しますっ!」


「ルーナ嬢かいい名だね。あまりお兄さんクロトに迷惑をかけないようにね」


 兄上はそれだけを言うとこの場から去っていった。


(ふう……、危なかった……)


 あたしは冷や汗を拭いなからクロトと共に街へと向かった。

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