ルーナ・ランカスター
姿見の前に立つと、そこに映っているのは今までのステラ・ムーン・トリエステではなく、一人のショートヘアーの冒険者風の女の子。
「うん、これなら一目で
名前はどうしよう……流石に今の名前を使うわけには行かないわね……。
何か偽名を考えないと……。
(う~ん……)
その場で腕組みをして考えること十数分……。
「よし!思いついたっ!今日からあたしは『ルーナ・ランカスター』よっ!」
「何が『思いついた!』ですか、ステラ様……」
突然後ろから聞き覚えのある人物から声をかけられ、あたしは恐る恐る後ろを振り向いた。
「く……クロト……?いつからそこにいたの……?」
すると、開かれたドアの前に青い鎧に身を包んだ黒髪の青年の姿があった。
「そうですね、ステラ様が姿見の前でうんうんと頭を悩ませている時からでしょうか?」
ぜ……全然気が付かなかった……。
「ちょっと!ノックくらいしなさいよっ!曲がりなりにもあたしはトリエステの第三王女でレディなのよっ!?」
「ご自分で"曲がりなり"と仰いますか……。コホン……、ドアは何度もノック致しました。ドアの前でお声もお掛けしました。ですが、ステラ様のお返事がありませんでしたので、何かあったのではと思い、ご無礼は承知で入らせていただきました」
「うぐ……」
クロトの返答にあたしは言葉を詰まらせる。
彼の名は「クロト・ローランド」
あたしの幼馴染にしてお目付け役である我が国の勇敢なる騎士の一人。
幼馴染と言っても正確にはあたしの兄上で、次期国王の「エルト・ソル・トリエステ」の幼馴染であって、どちらかと言うとあたしは兄上のオマケとしてクロトとその妹、アリアと一緒に幼い頃よく遊び回っていた。
そんな彼は従騎士となった頃から同期の人たちとは頭一つ飛び出しており、正式に騎士とった今では、トリエステ王国騎士団の有望株にして将来は騎士団長の最有力候補だったりする。
剣の腕もかなり立ち、あたしが練習で何度挑もうとも決して勝てなかった。
クロトの同期には勝てるのに……。
そんな事は置いておいて、クロトはあたしの父上であるトリエステ国王に自らあたしのお目付け役を名乗り出たらしく、父上はそれを承認。
しかも幼馴染なのをいいことに、アレはダメコレはダメ、ああしろだの、こうしろだの、かなり口うるさい。
周りからの評価も人気も高いようだけど、あたしから言わせればただの口うるさい幼馴染だ。
しかも、あたしよりも少し年上で力も強く、あたしの両親や兄上とも仲が良いため、尚更たちが悪い。
「それで、ステラ様は髪を切ってそのような格好までされてどうするおつもりですか?」
「クロト、あたしは冒険者になるわっ!」
クロトの問にあたしは逆に開き直って高らかに宣言した!
すると、クロトはため息をつきながら首を横に振っていた。
「あのなステラ……、冗談は休み休みにしてもらおうか……」
クロトはドアを閉めてこちらへと歩いて来る。
そして、ため息を付きつつあたしのささやかな胸を指さすと敬語から一転、タメ口であたしに話しかけてきた。
彼は他の人がいる時には敬語だけど、あたしと二人きりのときは大体タメ口で話かけてくれる。
コレはあたしから頼んだことで、幼馴染に他人行儀みたいに敬語を使われるのはなんか寂しいと言うと、他に誰もいない時にこうしてタメ口で話してくれる。
それはいいのだけど……。
「どうしてあたしの胸を指さすのかしら……っ!?」
あたしはクロトを睨みつけると、彼は腕組みをしてあからさまに胸から視線を逸らした。
「気のせいだ。それよりステラ、冒険者になるとはどう言うことだ。仮にもお前はこの国の第三王女様なんだぞ?騎士団の訓練だけならまだしも、冒険者になったとあっては流石に国王様も王妃様も黙ってはいないぞ……」
「冒険者のほうが楽しそうだからよ!」
「……ステラに何かあったら俺は騎士団長からは勿論、トリエステ王や王妃様、さらにエルトにまで責任を追及されるんだぞ?」
「あら、そんなに心配ならクロトもあたしに付いてくればいいでしょ?それならクロトはあたしをすぐ近くで見張れるし余計な心配もしなくて済む。あたしはこの退屈なお城から飛び出して冒険者になれる。まさにウィン・ウィンじゃない!」
「あのな……、俺は騎士団としての仕事もあるんだぞ?そんな暇があると思うか?」
「ならクロトも冒険者になればいいじゃない」
あたしはそう言うと、クロトは額に手を当てて再びため息をついた。
「はぁ……。ステラ、お前は俺の話を聞いていたのか……?」
「聞いていたわよ?でも、あたしのお目付け役も大事な仕事なんでしょ?自分から名乗り出たくらいなんだから、さぞかし大事な役割なんでしょうねぇ~。だけど、クロトが来ないというのならそれならそれでいいわ。そうしたらあたしは羽を広げて伸び伸びと冒険者生活を謳歌してみせるわ」
あたしは目を閉じると、その場でくるくると回転してみせる。
そう、お目付け役という枷を外されたあたしは自由になるのよ。
「はぁ……分かったよ。ステラに付き合うよ。世間知らずなお姫様を放っておいたらどんなトラブルに巻き込まれるか分かったものじゃないからな……」
「それ、どういう意味よ……っ!」
クロトはあたしの我が儘に遂に折れ、首を縦に振るも、あたしは彼に食ってかかる。
「そのままの意味だ」
「……まあいいわ。クロトが来てくれるというのならあたしも安心だわ。一人じゃ内心心細かったけど、あなたが来てくれるのなら心強いわ」
「その代わり、俺が危険だと判断したらいくらステラでも全力で止めるからな」
「ええ、わかったわ。それと、冒険者をしている間はあたしはステラじゃないわ。ルーナ・ランカスターよ!」
「はいはい、好きにしてくれ……」
「それじゃあ、クロト!さっそく街に出発よっ!」
あたしはクロトの手を取ると部屋を飛び出したのだった。
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