初めてのお出かけ編 4

 バレン将軍が現われたけど、その件はひとまず置いといて。

 たった今自己紹介した3人の魔族についてだ。


 まずは全身毛むくじゃらのモップみたいな魔族の子。

 “ドルトム”と名乗ったけど、控えめな口調がおぞましい外見と大きなギャップを生んでいる。

 身長は俺より頭1つ分高いぐらい。150センチになるかといったところだろう。

 ドモなんちゃらという種族らしいけど、名前と響きが似ているのでそっちは覚えられそうにない。

 一気に3人も自己紹介されてしまうと、名前を覚えるのが精一杯だ。


 まぁ、今後ドルトム君と同じ種族に出会うことがあったら、(あ、ドルトム君と同じ種族だ)程度に認識できるだろうし、種族名は後々覚えることにしよう。

 顔も覆うほど全身くまなく生えている体毛は長さ30センチ程度で、その体毛が真っ白に輝く様は本当に綺麗だ。


 ……ん?

 この子、男の子かな? 女の子かな?

 よし、聞いてみよう。


「ドルトムさんは……男の子? 女の子?」

「ん……んん。男だよ……」

「そっか。ごめんね。僕生まれたばっかりだから、他の種族のことよくわかんないんだ」

「べ、別にいいよ。だいじょ……大丈夫」

「ならよかった。よろしくね。ドルトム君!」

「うん。こちらこそ……よろ、よろしく……」


 絡みづらそうな雰囲気だと思ったけど、意外とすんなり会話できるな。

 仲良くなったら毛で隠れている顔を見せてもらおう。


 じゃあ、次だ。

 俺はドルトム君にぺこりとお辞儀をし、その隣に立つきらきら妖精さんに顔を向けた。


「ヘルタさんも、よろしくね」

「えぇ、こちらこそよろしくお願いしますわ。それにしても珍しいですね。ヴァンパイアのご子息ともあろう御方がこのようなへんぴな場所に来るなんて」


 ヘルタさんは、気品溢れる喋り方だ。

 だけど外見は俺とおんなじぐらい幼いし、体格も俺とさほど変わらない。

 さっきオベなんとか族だって言ってたけど、種族名はもちろん覚え切れないとして――

 没落しつつも王族の素養を匂わせる態度はさすがだな。


 でもこの外見は俺の苦手なタイプに入るからダメだ。

 ドレスのような赤い衣服と手に持った杖のようなものがきらきらと光り、背中から生えている半透明の羽根もきらきらしている。

 髪の色は鮮やかな金髪で、日本に住む女の子があこがれるような“妖精さん”を具現化したような外見なんだ。

 俺は精神的にはいい大人だから、メルヘンあふれるこの格好はいろんな意味で眩し過ぎるわ。


 うーん。

 いや、外見だけで相手を判断するのはよくないな。

 ヘルタさん、喋り方とか立ち振る舞いは立派な感じだから、しっかりした子なのだろう。


「うん。こっちの方が楽しそうだったから、こっち来たの」

「ふふっ。確かに、5番以内の訓練場は肩がこりそうですからね。あと、私のことは気軽に“ヘルちゃん”とお呼び下さいませ。皆さんそう呼んでおりますので」


 それ、“地獄”って意味になるけど、いいんだな?

 あとどうでもいいけど声めちゃくちゃ高けぇな。

 アルメさんの声の周波数と足して2で割ったらいい感じになりそう。


 ――じゃなくて。

 忘れちゃいかん。最後の子だ。

 ヘルタさんの後ろに控えているもう1人の妖精だ。


「ガルト君もよろしくね」

「はい。ヴァンパイア様自ら私めのような下賤な者にご挨拶など……うぐっ……えぐっ……」


 おいッ! 泣き出しちゃったよ!

 何があった? お前の種族に何があった?


「な、泣かないで……そんな……初めて会ったんだから、ちゃんとご挨拶しないと……」

「はうぅああぁ! そんな有り難いお言葉を私めにぃーくだーさるなんてぇー! うわーん!」

「ちょ……ちょっと! 泣かないでってば! ヘルちゃん? この子、どうにかして!」

「ガルトや。落ち着きなさいな」

「はい……ぐすん……」


 あっ、いきなり泣きやんだ。

 もしかして嘘泣きか? ってぐらいにすぅーって泣きやみやがった。


 まぁいいや。

 ガルト君は俺の腰ぐらいの身長。体もやせ細っていて、とんがった耳とぎょろぎょろした瞳が非常に印象的な外見だ。

 肌も褐色で人間に1番近いっちゃ近い外見だけど、どっちかっていうと噛ませ犬として勇者に征伐される悪役雑魚モンスターっぽい。

 でもヘルちゃんの従者にふさわしく、鮮やかな青の衣服を着ている。


 2人して随分いい生地使った服を着ているし、なんだったら今の俺の格好より立派なぐらいだけど、こいつら本当に没落したんだよな……?

 でもこの子たちに余計な事を聞くと、またネガティブヒストリーを聞かされかねない。一通り挨拶も終わったし、世間話などしてみよう。


「みんなはいつもここで訓練してるの?」


 俺の問いに、フライブ君が答えた。


「ううん。3日に1回ぐらいだよ! 他の日は学校行って勉強したり、みんなで遊んだりしてるんだァ!」


 学校だと……?

 なかなか興味深い話じゃねぇか。

 でもそっちに話が逸れる前に、ここでどんな訓練が行われているのか聞いておかないとな。


「そうなんだ。みんな仲良しさんなんだねェ。んで、ここではどんな感じで訓練してるの?」

「んー。それは……もうちょっと待ってて。もうすぐ僕たちの番だから! 見ててくれれば分かるよ!」

「ん? どういうこと?」


 俺が首をかしげると、ヘルちゃんが会話に入ってきた。


「あっちです。あそこで訓練しているでしょう? あそこにいるミノタウロスの御方がここの教官です。今は他の集団が教官から指導してもらっておりますが、次が私たちの番なのですよ」


 なるほど。そういうシステムか。

 少し離れた所で激しい戦いをしている集団。どう考えても“訓練”ってレベルを超えた激しい戦いをしているけど、その集団の中にはヘルちゃんの言う通り、牛の頭をした3メートル近い怪物がいる。

 数人でチームを作り、順番にあの怪物と実戦形式の訓練を行うのだろう。


 もちろん、俺もそろそろこの世界に慣れてきたので、ミノタウロスごときでは驚かん。

 でも筋肉隆々の怪物が棍棒のようなものを振りまわしている姿はマジで迫力が凄い。


 それに……もしかするとあれがアルメさんの知り合いの教官なのかも知れないな。


「へぇー」


 俺がふむふむと頷きながらその訓練の様子を観察していると、不意に俺の右手が誰かに掴まれた。


「タカーシ君も……一緒にや……やる? タ、タカーシ君が入ったら……僕たち教官に勝て……るかも」


 ドルトム君だ。

 この子、一見気の弱そうな喋り方してるくせに、とんでもねぇこと言いやがった。


「無理無理無理無理っ! 無理だってば! 無理無理無理無理……」

「そ、そう言わずに……ヴァンパイアのタカ……タカーシ君が一緒に戦ってくれ……れば……」


 意外とぐいぐい来るな、おいッ!

 あと俺の手がっちり掴みながら、体毛の奥に隠れた瞳光らせんなよ!

 怖ェよ!


「きょ、今日は見学だけにしておく。また後日……」


 さて、ちょっとの間だけ逃げよう。

 俺が逃げる先はもちろんバレン将軍だ。

 さっき俺の成長っぷりを褒めてくれた後、バレン将軍はアルメさんとなにやら怪しい話を始めていたけど、そっちに逃げよう。


「そうだ。僕、バレン将軍とお話しなきゃいけないことあったんだ! ちょっと行ってくるね」

「……うー……わかった……」


 ぶっちゃけバレン将軍とは2メートルぐらいしか離れてなかったけど、俺は悔しがるドルトム君から逃走し、大人たちの会話に割って入ろうと試みる。


 でもさ……。

 いざバレン将軍に話しかけようと会話の切れ目を待っていたんだけど、とんでもねぇ計画聞いてしまったわ。

 つーか俺が子供たちに挨拶している時、こっちに背を向けてこそこそ喋ってんなぁとか思ってたら、そういうことか!


「――じゃあ、むりやり口の中に突っ込むというのはどうだ? 次の儀式の直前ならば、タカーシの魔力も落ちているだろうし、それならばタカーシが抵抗しても屋敷が壊れることはあるまい」


「そうですね。それはいいかも。でも、私の氷魔法で抑えきれるかどうか。寝込みを襲うのはいたって簡単なのですが、なにしろタカーシ様は純血のヴァンパイア。私の魔力で抑えきれる自信がありません。それにタカーシ様に怪我を負わせたとあれば、使用人の私としても一大事です」


「じゃあ、私が手伝ってやろう。私の氷魔法なら絶対にあいつの動きを封じ込める。寝ている隙に部屋に侵入し、私が氷魔法であいつを抑え込むから、お前はタカーシの口に肉を突っ込め。どうだ? いけそうだろ?」


「それなら大丈夫でしょう。ありがとうございます!」


 ふっざけんなよ!

 なんの肉だよッ!?

 あと、意外と仲良いなぁ、おい!


「バレン将軍?」


 俺は陰謀の芽を摘み取るため、慌てて会話に割って入る。

 2人は驚いた様子でこっちに振り返った。


「ん?」

「バレン将軍はここに何しに来たんですか?」

「わ、私はだな。あれだ。新人発掘。たまにこうやって各訓練場を回って、有望そうなやつを我が軍に誘っているんだ」


 きょどってんのバレバレだぞ。

 でも、そういう理由でここに来たわけか。


「へぇ」

「タカーシはてっきり5番以内の訓練場に行くものだと思ってたけど……どうだ? ここは楽しそうか?」

「えぇ。たった今お友達も出来ましたし」

「そうか。それならばここに通うのもいいだろう。あそこの教官は私の知り合いでもあるしな。優秀なミノタウロスだ」


 あれ……? バレン将軍もあの教官の知り合いなのか?


「あれ? アルメさんもあの教官ご存知でしたよね?」

「えぇ。あの方は“バーダー・アイント”様。バレン将軍と同じ位であらせられる“ラハト・アイント”将軍のご子息なのですよ」


 そうか。

 これ以上名前を覚えるつもりはないけど、つまるところ親父の仕事繋がりでみんな知り合いってことだな。

 でも将軍の息子って。

 相当強いんじゃね?

 随分評判のいい教官っぽいけど、そういうことなら納得だな。


 でもだ。

 忘れないうちに釘を刺しておこう。


「ふーん。なるほどォ」

「タカーシ? ここに通いたかったら通うがいい。あの教官なら私も推薦するし、お前がエスパニにお願いすればすぐに許してもらえるだろう」


「はい。でもその前に……お父さんには部屋に鍵をつけてもらうようお願いしておきます。生まれたてのヴァンパイアによからぬ悪事を働こうとする不埒な輩から身を守らないといけませんからね」


 さて、バレン将軍とアルメさんの引きつった顔が見れたけど、会話は終わりだ。


「僕たちの番だ! よーし! がんばるぞ!」

「ふふっ。フライブ? 力み過ぎですよ。先行しすぎないように気をつけてくださいな」

「それはヘルタ様もです。お怪我なさらないようにお気を付け下さい。私がヘルタ様のお父上にどやされることになるのですぞ」

「み……みんなだよ。みんなして自由に……動き過ぎ……みんなのせいで僕がなにも出来ない……」


 広場の中心から聞こえてきた激しい戦いの音がいつの間にか止み、フライブ君たちが意気揚々と歩き出した。



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