初めてのお出かけ編 3
奴隷という言葉に対する俺の印象とは違い、奴隷売買地区は活気に満ちていた。
檻に入れられたり、手かせや足かせに繋がれている者は半分程度。残り半分はむしろ大きな声で自身を売り込んでいる。
それら売り込みの声がそこらじゅうから響き渡り、東京の豊洲市場にいるような気分だ。
「賑やかですね」
「はい。ここはいつもこんな感じです。エールディで1番賑やかなところです。ここの人間はですねぇ……」
そんでもってアルメさんの補足説明。アルメさん曰く、他国からこの国に渡り、自発的に奴隷になろうとする人間がいるらしい。
その逆を行う魔族も他国に流出しているらしいけど、大声で自分を売り出している人間はそういうタイプなんだと。
一言に奴隷っていっても、富豪の執事とかになって優雅な暮らしの恩恵を受けている奴とか、有力大臣の秘書になったりした奴もいるらしい。
つまり貧困から抜け出ようとするやつらが他国に渡り、一発逆転を狙えるのが“奴隷”だ。
奴隷っていうか、一種の“職業”だな。
もちろんそれにふさわしい福利厚生も受けることができ、だからこそこの地区の奴隷たちは俺が想像していたものよりいきいきとしているんだ。
昔、テレビで見たことがある。
古代エジプトでピラミッドをつくっていた奴隷が意外といい待遇を受けていたということが、近年の調査で明らかになった、と。
俺のイメージする“奴隷”って鞭で打たれたりしながら肉体労働を強制されている印象だったけど、一概にそうとも言えないのかもしれないな。
でもさ。ここに足を運んだのはやっぱり失敗だったわ。
奴隷売買の現場なんて見るんじゃなかった。
売り場の端の方で、檻に入れられている人間たち……。
「いやー! 私を故郷に返してぇ!」
檻の中からそう叫ぶ人間の女。
「えーん! えーん! おかーさーん!」
同じく檻の中からそう叫ぶ子供。
「殺せ……誰が魔族なんかに……」
檻の中で絶望している男。
そういう人間がやっぱり存在したし、それだけじゃない。
客の要望により、その場で食用の肉として処理される人間までいた。
俺の顔を見て、すがるように救いを求める者もいた。
アルメさん曰く、最近は人間の数が減ってきているため、値段の相場がかなり上がっているとのことだ。
そんなんどうでもいいわ。
辛い。辛すぎる。
俺に金があったらこの人たち全員を買い取り、そして解放してあげたい。
俺に権力があったら、こんな制度は今すぐ廃止にしてやりたい。
心の底からそう思うだけの光景だった。
「ふふっ! やっぱり実際に見ると食べたくなっちゃいますね! ふーう! ふーう!」
挙句、隣に立つアルメさんが残酷なこと言いながらめっちゃ興奮してるし。
こういう価値観を態度に出されると、昨日の夜中に俺を襲っていた後悔と孤独感がまたぶり返しそうだ。
「そ、それじゃそろそろ次に行きましょう」
「えー! もうですかァ? 今来たばっかりなのにィ! ほら、あそこの子。柔らかそうな肉ッ!」
ちなみにここに来てすでに1時間ぐらい経っている。
アルメさん、買い物中の女子モードに入ってるっぽいな。
あと、またキャラがぶれてまんま女子っぽい口調になってるけど、今は可愛くねぇから。
「いいえ。行きましょう。お願いです」
結局、四足歩行体勢のまま地面に踏ん張るアルメさんを無理矢理抱き上げ、それでもじたばた暴れるアルメさんをなんとか運び出すことで、俺たちは奴隷売買地区から抜け出した。
「ふーう」
アルメさんを抱き上げたまま2分ほど街中を走り、小さな交差点で俺はアルメさんを下ろす。
腕の疲れをとるために軽く肩を回しながら、俺はため息を吐いた。
さて、予想以上のダメージだ。
アルメさんを抱き上げた時にぽこぽこ蹴られたからそのダメージもあるけど、衝撃的な光景を見てしまった俺の精神的ダメージは決して小さくはない。
だけどあの光景を見て、俺の心に新たな感情が生まれた。
今は無理だろうけど、いつかあの人たちを救いたい。
そのための手段はまだぼんやりしたものだけど、そういう願いだ。
いつ叶うのかも全然予想できないけど、この世界でも色々と頑張ろうと思う。
でも今はそんな意志を心の中で確認している場合ではない。
奴隷売買地区からもっと離れないと、アルメさんがまた駄々をこね始めてしまうかもしれない。
さっさと次に行こう。
「じゃあ8番訓練場とやらに連れて行ってください」
俺は機嫌悪そうに“お座り”しているアルメさんにそう伝える。
俺の言葉に対し、アルメさんは不機嫌そうにしながらもうなづいてくれた。
「がるるぅ……わかりました……ぐるるぅ……」
おいっ!
その態度おかしいだろうが!
なんで俺に喧嘩売ってんねん!
あんた、俺のメイドだろ!
あと、俺は精神的には普通の人間だから、目の前でオオカミが歯を剥き出しにして唸っているとすげェ怖いから!
いやッ! 食べないでッ!
「じゃあ行きましょう。8番訓練場は……あっちですね」
と思ったらアルメさんがすっと立ち上がり、二足歩行の体勢で歩き出した。
くっそ。ころころ態度変えないでくれ。
ビビった自分が恥ずかしいわ。
「はい。お願いします」
俺もアルメさんの後を追う。
気がつけば、周りには住宅街が広がっていた。
道の両脇に建つ家々は中流階級っぽい民家がほとんどで、市場特有の賑わいもなくなっている。
地元住民と思われる魔族が道を行き来したり、立ち話をしたり。
たまに魔族の子供がきゃっきゃ騒ぎながら走り去っていったり。
心和むいい光景だ。
商店街が連なる賑やかな街並みもこの街の光景のうちの1つ。
まだ見ていないけど、貴族の豪邸が建ち並ぶエールディの中心部もその1つ。
そして今目の前に広がっている生活感に満ちた光景も、この街が持つ顔の1つなのだろう。
周りを観察しながら足を進めていると、しばらくして遠くに円形の大きな建物が見えてきた。
「あそこが訓練場です」
アルメさんの言葉に頷きつつ、俺たちはその建物に入る。
薄暗い廊下を抜けると、にわかに視界が広がった
「へぇ! ここが訓練場……!」
俺はこの施設によく似た建物を前の世界で見たことがある。
なんて言ったっけ? “コロッセオ”っていうんだっけ?
ギリシャだったかローマだったかにある闘技場。あれとおんなじ感じだ。
中央の広場はサッカー場の半分ぐらいの大きさ。
そんな円形の広場を囲むように、石造りの観客席が階段状に重なっている。
“訓練場”と名がついているけど、試合や催し物をしたりも出来るぐらいの観客収容設備だ。
そして、その広場には多種多様な魔族たちがいた。
おそらく数十はいるだろうけど、それぐらいの魔族がいくつかのグループに分かれ、訓練に勤しんでいる。
色鮮やかな光を放つ魔法をぶつけ合っていたり、激しい動きで肉弾戦を繰り広げていたり。
子供うんぬんって話を聞いていたから、この施設は子供専用の訓練場なのかと思っていたけど、そういうわけではないらしい。
俺には他種族の年齢を正確に推定することはできないけど、大人っぽい魔族も訓練しているようだ。
なにはともあれ、俺がこの世界で生まれ変わって以来、最も興味深い光景だ。
「今日は少ないですね。まぁ平日だし、そろそろお昼時だからこんなもんでしょうね」
ちょっと待て。
この世界、休日・平日の概念あるのか?
じゃあもしかして曜日とか月日のシステムもあるの?
――って聞きたいけど、それどころじゃない。
「アールメっさまぁーッ!」
俺たちが訓練場に姿を現してから数秒後。
遠くにいた獣人のうちの1体が俺たち――というよりは確実にアルメさんなんだけど、そのアルメさんに気付いてこっちに走り寄ってきたんだ。
「あら! フライブじゃない!」
どうやらアルメさんの知り合いらしい。
相手がめっちゃ速い速度で我々の元に走り寄ってきたのはどうでもいいとして、その獣人が近づくや否や、アルメさんとそいつはお互い鼻を近づけてくんくんと匂いを嗅ぎ合い始めた。
「……」
おそらくこれはオオカミ族の挨拶だな。
まぁ、そんなオオカミの習性も予想していた俺は別に驚かないけどな。
だけど近寄ってきた獣人。
見るからに子供だし、声も子供の声なんだけど、その姿にめっちゃ驚いたわ。
“フライブ”と呼ばれたその子。
頭頂部にぴょこんとついた耳と、腰からぶら下がっている尻尾。
手首や足首から先の部分だけは体毛がふさふさで、でもアルメさんと違って手足の先が肉球と人間の手のちょうど中間ぐらいの不可思議な形をしている。
だけどそれらの部位以外は人間なんだ。
そうだ!
俺が知っている“獣人”の特徴を持っている生物が今まさに目の前にいるんだ!
やっばい! すげぇ可愛い!
アルメさんと挨拶している間も耳をぴょこぴょこ動かしているし、尻尾もパタパタ振ってるし!
赤い民族衣装っぽい衣服が独特だから、一見すると女の子なのかと間違うぐらいの男の子だけど、人間と大差ない顔立ちも輝くような笑顔だ!
「アルメさん? この子は?」
自分でもよく分からない興奮に促され、我慢できなくなった俺はオオカミ族の挨拶に割って入る。
アルメさんがはっとしたように俺の存在を思い出し、子供の方は首をかしげながら俺を見た。
子供の獣人の頭髪はアルメさんと同じく、白と黒、そして銀の毛髪がまだらに短く生えている。
身長は今の俺の肩ぐらいだから、首をかしげながら俺を見上げる顔が非常に可愛らしい。
ふっふっふ!
にこにこ可愛いオオカミ獣人さん!
ぜひともお友達になっておきたい!
でもそんな俺たちの出会いは、アルメさんの発言によって崩壊した。
「こ、これは違うんです! そそそ……そういう、ひ、卑猥な行為ではありません!」
なんの弁明だよ! それぐらいわかってるわ!
散歩中の犬同士がそういうのやってたりするからなァ!
子供のヴァンパイアと子供の獣人が出会う素敵なシーンにいかがわしい要素入れんなァ!
「今のはなんとなくわかったから大丈夫ですよ。“あぁ、オオカミの挨拶だな”って」
「そ、そうですか。それなら……よかったです」
さて、アルメさんの邪推という悪質な邪魔が入ったが、それも無事に排除完了。
さっきアルメさんにフライブと呼ばれていたこの子についてだ。
「アルメ様ァ? こちらのヴァンパイアさんはどなたですかァ?」
喋り方も無邪気な感じでめっちゃかわえぇ!
じゃあ、こっちもこの体にふさわしい喋り方で接しよう!
と思ったけど、また邪魔が入ったわ。
「言葉を慎みなさい、フライブ。こちらは私のご主人様のご子息、タカーシ・ヨール様です」
おい、やめろ! アルメさん!
変な距離感できちゃうだろうが!
俺はこの子と仲良くなりたいのぉ!
せっかく出会った同年代の魔族なんだぞ!
「え……? あ……はい。初めまして……。僕、獣人族のフライブといいま……」
「ちょっと待って! そういうのやめて! 雇い主とか関係ないから! ねぇ、フライブ君! そうだよね? せっかく出会ったんだし、見たとこ同年代っぽいし! お友達になれるかもしれないのに、最初からそういう態度良くないよね? 普通に接するべきだよね? フライブ君もそう思うよね? 僕たち子供だもんね! あっ、僕はタカーシ・ヨールといいます! よろしくね!」
フライブ君がかしこまった態度で挨拶をしてきたので、俺はあわててそれを遮る。
思えばこんなに必死に喋ったのは、この世界に生まれて以来初めてだったな。
勢いよく言葉を並べ立てる俺にアルメさんが驚いた表情を浮かべたけど、そっちに構ってる場合じゃない。
肉球うんぬんの件で獣人に握手を求めるのはご法度っぽいから、俺は言葉の最後ににこりと笑いながら、ぺこりと頭を下げた。
ここ数日で、両腕を後ろに回して頭を下げるヴァンパイア方式のお辞儀を知ったけど、ここはそれでいいだろう。
「あはは! 変なヴァンパイアさんだァ! じゃあそれで! こちらこそよろしくね!」
ふーう。なんとか上手くいった。
じゃあ、少し踏み込んだ自己紹介などしてみよう。
あとフライブ君についても聞いてみよう。
ふっふっふ!
「うん。よろしくね。僕、こんな体だけど、生まれて4日目なんだ。フライブ君はおいくつ?」
「ん? 僕ねぇ……えーとぉ……いくつだっけ……? 80……と5歳……ぐらいかな! あははっ! 覚えてないや!」
随分歳いってんなぁ!
いや、予想してたけど!
おじいちゃんのレベルじゃん!
……わ……話題を逸らそう……。
「僕はエールディから少し離れた田舎に住んでいるんだけど、フライブ君はここらへんに住んでるの?」
「うん。あっちの方にある集合住宅。東の国に住んでいた頃はもっと広い家に住んでいたんだけどね! お父さんが東の国の将軍だったからさ! でもこの国に亡命してからは貧乏暮らしだよ! 早く戦争起きないかなァ!」
重いッ! そんな無邪気な笑顔で、唐突にヘヴィーな話すんなよ!
アルメさんといい、獣人族はどんだけ暗い過去を常備してるんだよ!
……あと、そだな。
フライブ君の言葉から察するに、フライブ父は元職業軍人で、何があったか知らないけど東の国から逃げてきたらしい。
将軍っていうぐらいだから相当強いんだろうけど、失脚とかしたんだろうな。
んで、この国で再起を図っているんだ。
だけど軍人が出世するためには戦争という活躍の場が必要なんだろう。
そして息子であるフライブ君も戦争が起きるのを待っている。
そういう子供が当然のようにいるのがこの世界なんだ。
あぁ、日本の子供と価値観違いすぎて、また孤独感が襲ってきた。
気分を立て直すために、もっかい話題を変えよう。
「そ、そうなんだ。フライブ君はアルメさんと見た目の雰囲気がだいぶ違うよね? 同じ獣人族ってことでいいの?」
「うーん……難しいことわかんなーい!」
おっと、そうきたか!
困り顔も可愛いぞ!
「そっか……」
でもこの疑問はぜひとも解決しておきたいので、俺は視線をアルメさんに移した。
アルメさんも俺の視線の意図を即座に理解し、答えてくれた。
「フライブと私は同じオオカミ族ですよ。見た目がだいぶ違いますけど、習性や生活習慣はほぼ一緒です。私は西の国の生まれですし、フライブは東の国から来ておりますから、見た目が違うのはそのせいでしょう。でも祖先は同じはず」
おいおい。随分適当だな。
さっき別件で似たような反応したような気がするけど、この世界、色々と適当すぎんだろ。
でも、まぁいいや。
アルメさんが説明してくれてる時間を利用して、試しにフライブ君の頭を撫でてみたけど、アルメさんと一緒の髪質で触り心地すげェいい!
あと頭を撫でられたフライブ君、満足そうにめっちゃにっこりしてくれたし!
多分フライブ君は、ヴァンパイアとか人間とか――そういう“ヒト型”魔族の血も流れているんだろう。
でもそれが人間の血だとすると、フライブ君はこの世界で差別の対象になる可能性だってある。
もしかするとフライブ君一家がこの国に亡命してきた理由もそこにあるのかもしれないし、フライブ君にとってそういう複雑な問題はまだ難しいだろう。
だからフライブ君はさっきの俺の質問に首をかしげ、アルメさんはその点を濁した。
――みたいな感じかな。
ここはアルメさんの配慮を尊重して、これ以上この話題に触れないでおこう。
ふっふっふ。
それぐらい俺でも察せられるわ。
東京で働いていたサラリーマンをナメるなよ!
空気を読めないと、サラリーマンなんてやってられんのじゃあ!
「まったく……タカーシ様はすぐそうやって獣人の体毛を撫で回して……。私の話、聞いてましたか?」
「はいはい。聞いてましたよ」
途中、アルメさんの呆れたような言葉が聞こえてきたけど、俺はテキトーに答えつつフライブ君の頭を撫で続ける。
ついでにぴょこんと立った耳の周りをくすぐってみた。
「きゃはは! くすぐったいよ! タカーシ君!」
おっと。やり過ぎたな。
フライブ君が身悶え始めた。
これ以上は子供同士の初対面の場にふさわしくないから止めよう。
「フライブ君? フライブ君はここで訓練してたの?」
「うん。みんなと訓練してたんだァ!」
「みんな?」
「そう。僕のお友達だよ! タカーシ君にも紹介してあげるね! おいで!」
さて、さらなる友人が出来そうだ。
なんという幸運!
と思ったけど、世の中そんなに甘くはなかったな。
走り出したフライブ君について行った先にいた3人の魔族……。
「は、初めまして……。ドモヴォーイ族の“ドルトム”といいま……いいます。か、かつてこの国で反乱を起こ……起こし、先々代の国王に負けた一族の末裔です」
「私は“ヘルタ”と申します。見ての通り、オベロン族ですわ。妖精の王の子孫ですけど、没落してこの有様。この国で細々と暮らしています」
「ガルトです。コボルト族ですが、その昔オベロン族に支配され、今もこうしてヘルタ様に臣従している妖精一族の者です」
全員、重いわッ!
なんで自己紹介の二言目にネガティブヒストリー入れてくんだよ!
と、よくわからない魔族の風習に俺が頭を悩ませていると、後ろから話しかけられた。
「おや? アルメではないか? あと……じゃあそっちのヴァンパイアはもしかしてタカーシか? ふふっ! たった数日で、見間違えるほど立派になったな」
振り返ると、バレン将軍が笑顔で立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます