初めてのお出かけ編 1
首都“エールディ”。
南の国を統べる国王の城のお膝元に広がる大都市だ。
北に険しい中央山脈を望み、東西もそれに連なる山々に挟まれている。
それらの山々から流れる川が各地方都市との物流手段となり、わが国で最も発達した都市である。
といっても経済の活発さは西の国に勝てないし、城塞の堅固さは東の国に勝てない。
文化のレベルも科学力が発達していると噂される北の国に及ばないだろう。
この国はあくまで魔族によって創られた国であり、その国の首都も各種族が集まって出来た集落が都市と呼ばれるまでに発展しただけの雑多な街だ。
しかし、国王のお膝元ともなれば政治の目が行き届き易く、治安はこの世界でもかなりいい方だという。
首都へと向かう途中、アルメさんからそのように聞かされた。
アルメさんは望んでこの国に来たわけではないから、エールディを手放しで褒め称えるようなことはしないけど、その分アルメさんの説明は正確だと思われる。
「いいですか? 治安がいいと言っても、何が起こるかわかりません。絶対に1人でふらふらしないでくださいね?」
「わかりました」
山道を歩きながら、アルメさんの言葉に返事を返す。
この言いつけ、すでに5回目なんだけどな。
ちなみに魔力の満ちた今の俺と獣人であるアルメさんなら、走ればエールディにすぐ到着できるらしい。
もちろんだ。今の俺、魔力で強化した身体機能をフルに使えば、ぶっちゃけたった1歩で50メートルぐらい跳べるからな。
そしてこの国には急を要する時に、そういう移動能力を駆使するための道も専用に用意されているとのことだ。
日本でいう高速道路のようなものなんだけど、道というよりは山々の頂上に大きな看板が立てられていて、それを目印に、山頂から山頂へと飛び移るんだ。
この道は魔力の弱い種族が下手に利用しようとすると、後ろから他の種族に追突されてしまったりもする。
なので魔力の弱い者にとっては“高速道路”を自転車で走るぐらい危険なことでもある。
だけどヴァンパイアである俺はその移動方法を利用できるだけの魔力を持っているし、俊敏性に長けた獣人族のアルメさんも言わずもがなだ。
その道は我が屋敷から山を1つ越えた所を通っていて、そっちを使うことでアルメさんの言っていた『首都と屋敷を1日に10往復』も不可能じゃなくなるとのことだ。
でも今日の俺たちは屋敷から見える道をのんびりと歩いて首都に向かうことにした。
実のところ首都観光が楽しみ過ぎて、今日の朝俺は夜明けとともに起きてしまったんだ。
アルメさんはアルメさんで、昨日あのまま俺のベッドで寝ちゃったから、朝も俺と同じぐらいに起きたし。
だから俺たちは屋敷がまだ静まりかえっているうちに出発したんだけど、街が賑やかになるのは昼前ぐらいからだから急いで首都に向かわなくてもいい。
というアルメさんの提案で、俺たちはのんびりと歩くことにしたんだ。
屋敷を出発して、多分1時間半ぐらいたっただろう。
途中、すれ違う魔族と朝の挨拶を交わしたり、たまによくわからない商品を売ろうとする胡散臭い魔族に遭遇したり。
そういう輩にとってメイドを従えた子供のヴァンパイアはいいカモだから、ここぞとばかりに寄ってくるんだ。
でも俺は東京で働くサラリーマンだから、路上販売でいちいち財布のひもを緩めたりはしない。
残念だったな!
と思って寄ってくる輩たちを丁重に断っていたけど、アルメさんはダメだったわ。
「タカーシ様! 見てください、この首飾り! タカーシ様にぴったりです!」
ちなみに俺は今、金というものを持っていない。
朝出発したのが早すぎて、親父やお袋が起きていなかったから、お小遣いをお願いすることが出来なかったんだ。
今日は街の調査が目的だから何かを買う予定もないし、昼食はアルメさんが支払いをして、その代金を後で親父に請求してもらうように言ってある。
だから俺は無賃なんだけど、アルメさんは自分の金を持参している。
んで、そのアルメさんの購買欲がはんぱねぇ……。
「いえ。いらないです」
「じゃあこれは? このブレスレットなんてどうでしょう? 素敵な石が使われておりますよ?」
なんかもう、アルメさんが路上販売に見えてきたわ。
他にもよくわからん魔物の牙が使われた杖とか、よくわからん魔物の頭蓋骨が使われた帽子だとか。
そういうのをアルメさんが薦めてきたけど、どう考えてもいらねぇって。
でもだ。
「くーん……せっかくのプレゼント……くーん」
俺としてはアルメさんの無駄遣いを防いでいたつもりだったんだけど、首都へと続く道の途中にある小さな街の屋台で、アルメさんがついに悲しそうな声を出したんだ。
これ……こんな声出されちゃ、犬派の俺としては抵抗できないって。
「わ、わかりました。じゃあ1つだけ……そうですね、さっきの店にあった首飾りなど……」
「え! ほんとですか? やったぁ!」
途端に元気になるアルメさん。
くっそ。可愛すぎんだろ。
こんな可愛い反応を見せる女の子がなんで獣やねん。
でもこれはアルメさんから俺に送る誕生祝いらしい。
ここ数日、両親にはなんのおもちゃも要求せずに、アルメさんに延々とこの世界のことを問い続けた俺。
そんな大人じみた俺に対し、両親は俺へのプレゼントを何にしようかと悩んでいたらしいけど、アルメさんも似たようなことで悩んでくれていたんだと。
もちろん俺はおもちゃを欲しがるような精神年齢じゃないし、そんなものは要らない。
だけどこの首飾りがそういう意図でプレゼントされるなら、俺としても断るわけにはいかないだろう。
というかマジで嬉しい。
それならそうと、早く言ってくれればいいのに!
「ありがとうございます。一生大切にします」
不死鳥の羽根とやらが用いられたシンプルな首飾りを首にかけ、アルメさんにお辞儀をする。
「いいですか? そういうのはマントの下からさりげなく見せるのがお洒落なんですよ!」
そう言って、アルメさんが俺の首飾りをマントの下に入れてくれた。
「ほうほう」
俺はこの世界の流行というものに疎いから、ここは従っておこう。
俺のマントを直しながら、歯をむき出しにして笑うアルメさんの顔がちょっと怖いけど、これも獣人族特有の笑顔だから我慢しよう。
しかし次の瞬間。
「こんなところにいたのか」
背後から話しかけられて俺はあわてて振り向く。
親父が少しの砂ぼこりに包まれながら立っていた。
「あれ? お父さん?」
「あぁ。おはよう。アルメも」
「おはようございます、ご主人様。許可もいただかずに、タカーシ様と勝手に外出してしまって申し訳ありません」
「書置きを見た。かまわんかまわん。タカーシに街を見せてやれ」
このやり取りから察するに、やはりアルメさんは俺の両親から相当信頼されているっぽいな。
うんうん。いいことだ。
「ついでにエールディで人間の肉でも食わせてやれ」
「はい。そのつもりです」
よくねぇよ!
アルメさん、そんな悪だくみ考えてたのかよ!
怖すぎるわ!
ここは俺が話をそらさねば。
「お父さん? お父さんは何しにここへ?」
「ん? あぁ、仕事に行く途中だ。エールディでお前たちを探して一声かけようと思ったんだけど、この街に気配を感じたからな」
ちなみに親父は通勤手段に“高速道路”の方を使っている。
そっちは俺たちが歩いている道と平行しているから、通勤の途中で俺たちに気づき、ここに来たのだろう。
俺たちの“気配”とやらが気になるけど、それは後で聞くとして、話をもっとそらさないと。
「エールディに行けば、お友達も出来るかなぁ。僕と同年代ぐらいの……」
同い年って言っても、俺は生まれて4日目だ。人間だったら赤ちゃんに該当する。
でも魔族の中にはヴァンパイアみたいな成長をする種族が他にもいるだろう。
友達だ、友達。
友達を求めているという無邪気な意思を示すことで、食人なんて残酷な事を俺に無理強いしないように誘導しないと。
「あぁ、いるぞ。そうだな。今日なら……訓練場に連れて行ってもらえ。アルメ? 一通り街を見回ったら、タカーシを訓練場に連れて行ってやれ。上級魔族の子供が集まる訓練場なら子供のヴァンパイアもいるはずだ。そこに俺と親しいやつの子供がいたら、紹介してやれ。昼食はその子たちを誘ってみんなで仲良く人間の肉を食えばいい。昼食代はあとで俺に言え。今月の給金に上乗せしておく」
「はい。わかりました!」
あっ……
アルメさん、嬉しそう!
じゃなくて、絶対……絶対にその訓練場にはいかないことにしよう。
でもいいことを聞いた。
エールディに行けば、子供の魔族が集まる場所があるらしい。
訓練場と言ったか。
魔法の訓練をするのか、身体的な訓練をするのかはわからないけど、面白そうだ。
あと、そうだな。
上級魔族が集まるところはヤバそうだから、適当に誤魔化して下級魔族が集まる方に行こう。
下級魔族なら魔力も低いだろうし、俺の身の危険も少ないだろう。
「じゃ、俺は先に行く。時間があったら俺の仕事場にも来い。バレン将軍にもお前の成長を見せてさしあげたい」
「はい」
「また後でな。アルメも、タカーシのことよろしく頼むな」
「はい。行ってらっしゃいませ」
最後に短く挨拶し、親父は“ふっ”って消えた。
多分“高速道路”の方に戻ったんだろうけど、かろうじて目で追えるぐらいの速度だ。
さすがに動き速過ぎだろ。瞬間移動かと思ったわ。
「さて、僕たちもエールディに向かいましょう」
「はい。うふふ! やったぁ……ご主人様の許可も出たし、2日続けて人間の肉だぁ!」
アルメさんのウザい独り言は聞かなかったことにして――俺達は再び歩き始める。
30分ほど歩いていたら、遠くにエールディの高い城壁が見えてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます