第45話 揺れる王都

夜明け前の王都に、怒号が響き渡る。


市場では、日頃の活気が消え失せていた。魚屋の威勢のよい掛け声も、八百屋の呼び込みも聞こえない。代わりに、あちこちで不穏な声が上がり始めていた。


「先王陛下の死には、疑わしい点があったそうだ」


「ヴィクター殿下が……まさか」


噂は、まるで風のように街中を吹き抜けていく。最初は小さな囁きだったものが、次第に声高な叫びへと変わっていった。


「先王陛下の真実を!」

老人が声を上げる。


「ヴィクター殿下は答えろ!」

若者たちの怒号が続く。


路地の奥で、黒装束の影が次々と動く。シーフギルドの諜報員たちは、この混乱を見守るように街角に佇んでいた。




「……噂は計画通り広がっているようです」レイヴンが静かに告げる。


「南門、東門、西門、それぞれの状況は?」クラリスが地図に目を落としながら問う。


「配置は完了しています」レイヴンが短く答える。

「……ギルドの諜報員たちが各所に散らばり、民衆の動きを見守っています」


「ヴィクター様は宮殿周辺に兵を集中させているようです」リリアが地図の中心を指差す。

「我々の動きを警戒してのことでしょう」


エステルは黙って地図に目を落としていた。刻一刻と増えていく混乱の印。眉間にかすかな皺が寄る。


「このまま事が大きくなれば、民の安全が……」エステルが懸念を口にする。


「……ご安心ください。市内の騒動は巧妙にコントロールされています。市民に大きな被害は出ません」レイヴンがシーフギルドの動きを説明する。


「私の部隊も整っています。突入と同時に、北東南、三方向から包囲を完了させます」クラリスが前に進み出る。


重装歩兵、弓兵部隊、騎兵隊。クラリスの軍勢は着々と布陣を整えていた。


「作戦の詳細を整理しましょう。まずは我が軍の主力が南門から突入します」


「同時に東西からシーフギルドが撹乱を……」クラリスの言葉を受け、レイヴンがそう付け加える。


「エステル様は東門から」リリアが続ける。

「私と精鋭部隊がお供します」


作戦の確認が進む中、エステルの表情が次第に引き締まっていく。


「目的は、あくまでも兄上との対話を実現させることです」エステルが静かに切り出す。


「はい、可能な限り、武力は最小限に」クラリスが頷く。


「エステル様、我々がエステル様をお守りし、お支えいたします」


(エステル様が望むことであれば、必ずや私が実現させましょう……!)


リリアのその言葉を聞き、エステルはゆっくりと顔を上げた。その瞳には、強い意志が宿っていた。


「父上は常々、王とは民のために在るべきだと」エステルの声が響く。

「たとえ血を分けた兄上であっても、その教えに背くことは、私にはできません」


「我が軍は、エステル様のその意志を」クラリスが静かに告げる。


「我らシーフギルドも、影から」レイヴンが短く続ける。


各隊への伝令が走り始める。街からは次第に大きくなる叫び声が聞こえてくる。夜明けが近い。


「エステル様」リリアが進み出る。

「私たちは、あなたと共に」


エステルが静かに頷く。「全ては、民のために」


シーフギルドの諜報員たちが影となって街を守り、クラリスの軍が布陣を整える。王都を包み込む夜の闇が、次第に明るみを帯び始めていた。


「兄上との決着を、つけましょう」


戦いの火蓋が、今まさに切って落とされようとしていた――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る