第33話 後日談

「ルーカス王子の研究渡航」


宮廷の公式発表は、そのような形でなされた。グラティア王国と隣国との学術交流の一環として、王子自らが赴くという体裁である。


クラリスの外交的な手腕により、政治亡命という事実は極めて限られた者のみが知るところとなった。


公には、王家に伝わる魔術の研究を目的とした、栄誉ある役目として取り扱われている。



「エステル様の英断には、本当に脱帽いたしました」


リリアは執務室の片隅で、しみじみと呟く。


「兄上への想いを胸に秘めながら、それでも毅然とした態度で。その苦悩に満ちた表情さえ麗しくて……」


「リリア?」


「い、いえ!警護の観点から、エステル様の心情の機微を把握することは重要かと……!」


慌てて取り繕うリリアだったが、エステルの一挙手一投足に込められた深い想いを思い返すと、どうしても興奮を抑えきれない。


(兄上のことを案じる眼差し!民を想う強さ!そして時に漏れる儚げな表情!これは記録に残さねば……!)


「リリア、手帳が震えているぞ?」



「これは……!?」


その日の夕方、リリアの手元に一通の書簡が届いていた。差出人は、クラリス・アルテミシア。


開封してみれば、そこには実に詳細なエステル礼賛の言葉が並んでいた。


「エステル様におかれましては、王族としての気品と、慈愛に満ちた心根を兼ね備えられ、誠に感服いたしました」


(さすがクラリス様!エステル様の魅力を的確に……!)


「民への深い慈しみ、そして時に示される毅然とした態度。まさに理想の統治者の姿と言えましょう」


(はい!その通りです!)


文面が、やや熱を帯び始めている。


「お立ち居振る舞いの端正さ、その瞳に宿る強い意志、そして時折垣間見える可憐な表情まで、全てが完璧と言わざるを得ません」


(クラリス様……これは完全に……)


リリアは思わず頷きながら、文面を読み進める。さらに続く言葉に、目を見開く。


「執務中の真摯な眼差し、庭園での優雅な佇まい、そして何より、民のことを語る時の輝くような笑顔!ああ、このような素晴らしい方と巡り会えたことを、私は生涯の光栄と……」


(これは……もはや、隠す気すらないですね……!)


そして最後の一文に目が留まった。


「今後も、エステル様に関する詳細な報告を、定期的にいただけないでしょうか」


(えっ……!)


「可能であれば月に1度は、エステル様の近況をお知らせいただきたく」


(なんという素晴らしい提案……!)



「というわけで、諜報定例会議を再開したいと思います」


礼拝堂の片隅で、リリアがアイリスとレイヴンに報告する。


また新たな「推し活」の季節の訪れを、誰もが予感していた。


そして間もなく、クラリス宛ての最初の報告書が作成されることになる。


「エステル様の日々の言動に関する、極秘諜報記録、其の一」――。

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