第4話 宮廷

「はぁ……」


リリアは王宮の廊下で深いため息をついた。今日から彼女は、正式にエステル王女付きの護衛として王宮に仕えることになった。


(まさか私が王宮に……!王女様の近くで……!これは夢なのでは……?)


だが、夢ではない。これは現実だ。先日の飛行魔獣の一件で、リリアの剣の腕前は宮廷騎士団の上層部の目に留まっていた。そして国王の死去に伴い、王女様の護衛強化が必要になり、彼女に白羽の矢が立ったのだ。


「お待たせいたしました、リリアさん」


エステル王女が執務室から出てきた。今日は深い青を基調とした宮廷服に身を包んでいる。


(うっ……!今日の王女様もお美しい……!青のドレスがお似合いです……!いや、落ち着け私)


「本日の予定をご説明いたします」


侍女長のセリナが手帳を開く。


「午前中は執務と、財務官との打ち合わせ。午後からは各国大使との謁見、その後……」


(王女様、真剣にメモを取られている……!その仕草、尊い……!)


「リリアさん?」


「は、はい!」


「警護の配置についてですが……」


気を取り直して、セリナの説明に耳を傾ける。が、すぐに横から声が響いた。


「おや、エステル。今日も忙しそうだね」


廊下の向こうから、長身の男性が歩いてきた。

第一王子、ヴィクター・ラ・グラティアだ。


(ヴィクター様だ……!これが本物の王子様)


(でも、ちょっと、なんだかすごく王女様に近づいていらっしゃるような……)


(距離が近い……近すぎます……!)


「兄上」エステルが丁寧にお辞儀をする。「おはようございます」


「君が新しい護衛か」ヴィクターはリリアを一瞥した。


「噂は聞いているよ。飛行魔獣を一太刀で制した剣士だとか」


「そのような……。僭越ながら、エステル様のお守りを仰せつかりました」

リリアは深々と頭を下げる。


「ふむ。妹のことは頼むよ。最近は……どこに敵が潜んでいるか分からないからね」


ヴィクターは意味ありげに微笑んだ。

その言葉には、明らかな警告が込められていた。


(脅してらっしゃる……!実の妹に対して……!これは重罪……いや、大罪……!)


その後、他愛もない会話をした後、ヴィクターは何事もなく去っていった。

エステルは小さくため息をついた。その表情には、どこか寂しさが滲んでいる。


(王女様が悲しそう……!誰だ、王女様を困らせたのは……って、今のは王子様か……まずい、まずい。殺意が漏れてる、絶対漏れてる)


「ヴィクター様は……父上の死後、少しお変わりになってしまって」エステルが小さな声で言う。


(そうか……前はもっと仲の良い兄妹だったのか……)


(でも!それでも!王女様を困らせるのは許さぬこと!)


リリアは内心で激しく動揺しながらも、表面上は冷静に答えた。


「私にできることがございましたら、なんなりとお申し付けください」


「ありがとうございます。リリアさんがいてくださると、とても心強いです」

エステルは優しく微笑んだ。


(うっ……!その笑顔で殺しにかかるのは反則です……!)


こうして、リリアの宮廷生活が始まった。

だが、彼女はまだ知らない。この王宮では、さらに大きな策略が渦巻いているということを。


そして、エステル王女のためであれば、その渦中に飛び込まざるを得なくなることも――。

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