第2話 憧れ

「ふぅ…」


リリアは宮廷騎士団の取り調べを終え、ようやく解放された。


飛行魔獣の事故に関する報告と、自身の身元確認だ。幸い、剣術の腕前については深く追及されることはなかった。


(よかった……これで王女様と関わることなく、また普通の生活に……)


「お待ちください」


背後から響いた清らかな声に、リリアの背筋が凍る。振り返ると、そこにはエステル王女の姿があった。


先日街で出会った時とは違い、正装に身を包み、側に侍女を従えている。


(うわ、正装姿も可愛い!可憐!天使!いや、違う、そこじゃない!)


「先ほどは取り乱してしまい、きちんとお礼を申し上げられませんでした」


王女は深々と頭を下げた。従者たちが慌てて制止しようとするが、エステルはそれを制する。


「この方はわたくしの命の恩人です。どうかお礼をさせてください」


その真摯な態度に、リリアは思わず目を見開いた。王族である彼女が、一介の冒険者に頭を下げる。

決して形だけのものではない、心からの感謝の印だった。


(なんて誠実な方なの……尊い身分の方が、冒険者である私なんかに……!)


「い、いえ。そんな……畏れ多いことです」


「それに」エステルは少し恥ずかしそうに微笑んだ。「お名前も伺えていませんでした」


(その表情反則です!可愛すぎます!この胸に刻み込みます!)


「リ、リリアと申します。冒険者ギルドに所属する者です」


緊張で声が上ずるのを必死で抑える。普段は完璧に感情を制御できるのに、なぜだろう。


「リリアさん」エステルは嬉しそうにその名を繰り返した。


「私、今日はこの街の孤児院を訪問する予定だったのです。もしよろしければ、護衛としてご同行いただけませんか?」


(ここは断るのが正解。でも……)


断る理由を探そうとする前に、リリアの口は勝手に動いていた。


「承知いたしました」


思い返せばこの瞬間こそが、運命の分かれ道だった。


孤児院での時間は、リリアの心を完全に虜にするには十分すぎるものだった。

エステルは子どもたちと本を読み、一緒に遊び、真剣に話を聞く。

差し出された粗末な手作りのブレスレットを、本物の宝石のように大切そうに受け取る。


(なんて素敵な方なの……!見た目だけではなく心まで天使!)


王女は子どもたちに読み聞かせをしながら、物語に合わせて声色を変える。時には勇ましい騎士として、時には優しい魔法使いとして。

子どもたちは目を輝かせて聞き入っている。


(表情もジェスチャーも完璧……!羨ましいぞ、子どもたち!)


「お姉ちゃん、次はこの本を読んで!」

「私も聞きたい!」

「僕も!」

子供たちがじゃれつくように王女の周りに集まる。エステルは優しく微笑みながら、一人一人の頭を撫でる。


(子供たちと接する姿も可愛すぎる……これは……これは……最高です!)


「王女様は、いつもあのような感じなのですか?」


帰り際、リリアは侍女長のセリナに尋ねた。必死に冷静を装っているつもりだが、声が若干上ずっているのは自分でも分かる。


「ええ」セリナは誇らしげに微笑む。


「エステル様は本当に優しいお方です。お忙しい中でも、必ず時間を作って孤児院を訪問なさいます。先日などは、王族の装飾品をいくつか売って、孤児院の修繕費用を寄付なさいました」


(なんて素晴らしい方なの……!)


「私にできることがございましたら、なんなりとお申し付けください」


その夜、リリアは決意する。たとえ実力を隠し通すことが難しくなっても、我が推しのためなら――。


それは、エステル様を自分の「推し」として、永遠の忠誠を誓う瞬間だった。

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