小説家デスゲーム —— 血に染まる筆先
三坂鳴
招待状
第一節:それぞれの日常
登場作家
1.大御所作家:神代(かみしろ) 泰蔵(たいぞう) 〈60代前半〉
経歴: 直木賞や芥川賞の選考委員も務めるほどの超大物。長年歴史小説と純文学を中心に活躍してきた。
得意ジャンル: 歴史文学・純文学
苦手ジャンル: 異世界物、ライトノベル風のSF、バカミス
性格: 自尊心が高くプライドが強い。若手の流行を内心で嫌っているが、表面上は「若手を育てよう」と思っている節もある。
2.中堅作家:月代(つきしろ) 祐紀(ゆうき)〈40代前半〉
経歴: かつて芥川賞を受賞し、文芸誌や書店員のあいだで評価が高い。純文学寄りの作風だがジャンル小説にも挑戦してきた。
得意ジャンル: 人間ドラマ・恋愛小説・ミステリ(本格推理)
苦手ジャンル: コメディ色が強い作品(バカミスなど)、流行の異世界転生もの
性格: 冷静で分析力が高いが、作品づくりになると激しくこだわる完璧主義。負けず嫌い。
3.若手人気作家:守屋(もりや) 漣(れん)〈30代後半〉
経歴: 派手なエンタメ性の高い作品でベストセラーを連発。ライトノベルや異世界ファンタジー系のノウハウが豊富。
得意ジャンル: 異世界ファンタジー、SF、バカミスのような軽妙な推理モノ
苦手ジャンル: 重厚な人間ドラマ、純文学風の繊細な描写
性格: いつも軽口を叩き、ノリが良い。しかし自分の書きやすいジャンルに極端に依存しがち。自惚れ気味。
4.新鋭作家:根岸(ねぎし) 千夏(ちなつ)〈20代前半〉
経歴: 電子書籍やSNSを拠点に頭角を現したネット発の作家。スマホやネット文化に強い。
得意ジャンル: SNS映えする恋愛小説、ポップな青春群像劇
苦手ジャンル: 本格推理、社会問題を扱うような重厚な人間ドラマ
性格: 自由奔放。若さとアイデアが武器だが、文章表現が浅いと批判されがち。作品のスピード感は早い。
5.中堅ホラー作家:牧瀬(まきせ) 穂乃果(ほのか)〈40代後半〉
経歴: ホラー小説を中心に、エログロやスプラッタ要素の強い作品が多い。映画化も複数回されている。
得意ジャンル: ホラー、サイコスリラー、グロテスクな世界観
苦手ジャンル: 恋愛もの、コメディ
性格: 実はシャイで寡黙。インタビューでは淡々と答えるタイプ。スイッチが入ると容赦のない描写を連発する。
6.大衆娯楽作家:高森(たかもり) 雄一(ゆういち)〈50代前半〉
経歴: ミステリーや冒険活劇で売れっ子となり、幅広いファン層を持つ。どちらかと言えばライト寄り。
得意ジャンル: 冒険、ファンタジー、軽めのミステリ
苦手ジャンル: 純文学、難解で哲学的なテーマ
性格: サービス精神旺盛で、読者受けを最優先に考える。あまり深刻に考えすぎず、楽しんで書くタイプ。
古い日本家屋の一室に、パソコンのキーボードを叩く音が響いている。
書き慣れた万年筆は机の上に無造作に置かれたまま、大御所作家の神代泰蔵はノートパソコンの小さな画面に目を向けていた。
「まったく、この時代の流行にはついていけんな……」
神代は少し顔を歪め、そう呟いた。
六十代にして仍ってその筆力は衰え知らずと言われる文壇の重鎮である。
机の横には分厚い史料が積まれ、墨のほのかな香りが漂っていた。
ディスプレイには、彼が取り組んでいる歴史小説の一部が表示されていた。
《神代の歴史小説『深潭の轟』より》
天正十八年、初冬の深夜。石畳を濡らす小雨の中に、人影が朧げに揺れている。篝火が血に染まった甲冑を照らし出す。「この戦、必ず勝たねばならぬ」と、老武将の苦渋に満ちた声が闇へと沈んでいった……。
「ふん、こういうのは、今の若者にはさっぱり受けないだろうがね」
神代は肩をすくめ、ウィンドウを閉じる。
彼は古風な文体を自覚しつつも、その確かな筆致に誇りを持っている。
一方、都心のタワーマンション最上階。
若手人気作家の守屋漣は、ゴミ箱にエナジードリンクの空き缶を投げ入れ、大きく伸びをした。
「よーし、今日はここまでかな。連載分をアップしたらゲームでもしよう」
守屋はライトノベルや異世界ファンタジーで次々とヒットを飛ばしてきた、三十代後半のベストセラー作家。
モニターに向かい、ノリノリで書いているのはラブコメ×ファンタジーの連載だ。
《守屋のラブコメ×ファンタジー小説『ライバルが異世界転生した件』より》
「えっ、オレが勇者!? って、この世界は何なんだ!?」そう叫んだ瞬間、目の前に魔法陣が現れた。「やばい、ちょっとワクワクしてきた……!」
「このテンポの良さ、そして意外な転生設定! ま、これくらいなら楽勝だっての」
守屋は薄く笑う。
SNS上のファンは賑やかで、最新話の更新は待ちきれない様子だ。
それが彼の大きな自信にもつながっている。
少し離れたマンションの一室では、新鋭作家の根岸千夏がスマホを握りしめている。
画面にはSNSと連動した恋愛小説のメモがずらりと並んでいた。
《根岸のSNS恋愛小説『放課後#らぶふれんず』より》
「告白の時に、ハッシュタグをつけて投稿するの?」「そう。いいねが多い方が、勇気が出るよね?」
根岸はスマホ越しにファンのコメントを見ながら、指先を軽やかに動かす。
「今日もいいねがそこそこ伸びてる。さて、もっと盛り上がる展開を考えなきゃ……」
SNSの反応を見ながら小説を作る彼女のやり方は、神代には軽く見えるかもしれないが、彼女には即座にウケるものを出すスピード感が備わっている。
別の場所では、中堅ホラー作家の牧瀬穂乃果が、薄暗いアパートの一室でホラー小説に没頭していた。
壁に貼られた映画ポスターが並び、机には血なまぐさい資料が一杯だ。
「もっと肉片の描写を増やした方がいいかしら」
《牧瀬のホラー小説『骨のささやき』より》
「暗闇の底から、骨がきしむ音が聞こえた。それは人の悲鳴のようで……」
彼女は自作の台詞を小声で呟きながら、冷徹な目つきで画面を睨みつける。
「どうしてもグロくなっちゃう……でもそれが持ち味だから、仕方ない」
恋愛やファンタジーといった明るいジャンルとは縁遠く、彼女の作品には常に血と死が寄り添っている。
それから、駅前の喫茶店では中堅作家の月代祐紀が執筆に励んでいる。
かつて芥川賞を受賞した実力派ながら、新しい挑戦も柔軟に取り入れてきた。
「もっと人間の心を細やかに描かなきゃ……でも、エンタメ性も捨てがたいし」
《月代の執筆メモ:恋愛ミステリの試作プロット》
「彼女の瞳には、まるで深海のような秘密が眠っている――。鍵を握るのは、封印された過去。そこに殺意が潜んでいるのかもしれない」
月代は唸りながら文字を消し、また書き直したりする。
彼女には冷静な分析力がある反面、完璧主義で一度書き始めると止まらない傾向がある。
「文学性をもう少し削るべきか、それとも突き抜けた方がいいか。本当に悩むな」
その頃、大衆娯楽作家の高森雄一は、自宅書斎でのんびりファンレターを眺めていた。
「『高森先生の冒険活劇でいつも元気をもらっています』だって。ありがたいなあ」
《高森の冒険活劇『勇者と宝珠の大冒険』より》
「広がる草原の向こうに見える光。それは伝説の宝珠への希望への道だった……」
「読者が“ワクワクした”って言ってくれるのが一番嬉しい。安心して次の作品も書けるってもんだ」
彼は読者を楽しませることを最優先に考え、深刻になりすぎずに多くのファンに受け入れられる作品をコンスタントに生み出していた。
こうして、神代、月代、守屋、根岸、牧瀬、高森の六人は、それぞれの場所で「自分らしい作品」を書き続けていた。
誰一人、この先に待ち受ける運命を知らぬまま――。
彼らのパソコンやノートには、“デスゲーム”などという血も涙もない文字はどこにも書かれてはいなかった。
ただ、神代がちらりと窓の外を見やり、「新しい風なんて、必要ないね」と小さく吐き捨てる。
その背後には、近年のライトノベルやSNS発の作品への嫌悪が感じられた。
一方、根岸は最新のフォロワー数をチェックし、「これなら、書籍化もアニメ化も夢じゃないかもね」と陽気に笑った。
彼らはそれぞれが自身の“正しさ”を信じ、今日も執筆に打ち込んでいた。
それが、やがて送られてくる不審な招待状のことなど、夢にも思わずに。
そして――やがて彼ら六人は、地獄への招待状により強制的に一つの場所へ導かれることになる。
この出来事が、彼らの平凡な執筆の日常を永遠に変えてしまう始まりだった。
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