A Girl in Wonderland

まゆほん

第1話 メタファーの世界

 ここは何処だろう。そう気付いたのは、暗闇の中をずっと進んでいる時だった。

私はその辺にいるようなただの女学生。ただ、よく、ぼーっと考え事をしながら歩くことがある。そして、考え事をしていると前が見えなくなる性質なのだ。学校からの帰り道、気が付くと知らない道に入っていた。しかし、なぜか私はその道をずっと進んでいたのだ。


 本当に真っ暗だ。何も見えない。まだ時刻は夕方の時間帯のはずだ。それなのにこの暗闇は。もしかしたら、ここは建物の中かもしれない。いや、森の奥なのかもしれない。それにしても当てずっぽうに進んでいるにも関わらず、障害物にぶつからないのも不思議だ。何にもぶつからないと信じて進んでいる私自身も不思議なのだが。もしかして、私は異世界に迷い込んでしまったのかもしれない。今、小説で流行りの異世界転生だ。それにしては、不慮の事故に合うとか、ウサギを追っていったら穴に落ちたとか、そう言ったドラマチックな展開のない、落ち着いた異世界転生だなあと私は暢気に考えていた。すると突然、辺りが明るくなった。


 それは、松明の光だった。その光で自分がどんな場所にいるのかようやく分かった。周りはごつごつした岩の壁だった。そう、ここは洞窟の中だったのだ。やはり、私は異世界に来てしまったのだ。そう思ったのは、何も私が帰宅路にふらふら彷徨って迷い込むような洞窟が無いからという思考の末に到着した結論ではない。もっと直観的にわかる事象が目の前に居たからである。それは松明を灯した張本人。人の形をした、人ではない何かだった。


 この人、と言っていいのか分からないが、人の形をした、そう小人とでも言えば良いかもしれない。胴体、両手足は子供の大きさしかない。しかし、顔のサイズは大人の大きさを超えて、体とのバランスがかなり不釣り合いになっていた。そして、その表情は無表情というか、のっぺりとした、まるで感情が読み取ることが出来ない顔をしていた。服は頭からすっぽり覆う緑の全身タイツのようなものを身に着けていた。そして頭の先は尖がっており、中に何か入れているのか、それとも頭の形状がそうなのかよく分からなかった。体よく言えば、妖精なのだろうか。とは言っても、この妖精には可愛らしい要素は一つもなかった。不気味な妖怪といった方がしっくりくるかもしれない。


 私がこの小人と出会って、観察している間、小人は大人しく、無表情のまま、松明を持って突っ立っていた。ここが異世界であるにせよ、何にせよ、私は迷っているのだ。ともかく、助けを求めなければならない。言葉が通じるのか分からないが、私はとりあえず、この小人とコミュニケーションを取ることにした。


「こ、こんにちは…」


 私は恐る恐る言葉を発した。日本語が通じるのか、友好的なのか、良く分からなかったが、とりあえず、この小康状態を何とかしたかった。すると、ぎろっと小人の視線が私に向かってきた。私は咄嗟に怯んだが、それ以上、アクションがないと分かると少しホッとした。私は続いて尋ねてみた。


「あの…。私、迷ったみたいなんですが。ここが何処だか分かりますか?」

「何処だか…、か」


 初めて小人の声を聞いた。それは普通の中年のおじさんのような低い落ち着いた声だった。とりあえず、言葉は通じたことで私は安心した。小人は続けて喋った。


「何処か分からないということは、お前さんは外から来たのかな」


 外…。洞窟の外のことを言っているのだろうか。


「はい。歩いていたら、ここに着いてしまって…」


 小人は少し考えるような素振りを見せて、それから喋った。


「ふむ…。ここはメタファーの世界だよ」

「メタファー…?」


 私は聞きなれない単語にすぐにピンとこなかった。メタファー、メタファー。何か聞いたことがあるカッコいい単語だ。ゲームとか漫画で出てきたんだっけな。私が考えているのを見透かしてか、小人は補足を加えた。


「メタファー。つまり、暗喩のことだよ。隠された比喩という意味だ」

「比喩…」


 私はまだ頭がついていかなかった。メタファーの世界。隠された比喩の世界。つまり、どういうことだろう?異世界?夢?いずれにせよ、現実の世界では無さそうだ。私が混乱しているのを見かねて、小人は説明してくれた。


「比喩というのは、そうだな。例えば、こう使う。君は月の無い漆黒の夜のような暗闇の中を歩いてきた。ここでの比喩は月の無い漆黒の夜だ」


 それなら私にも分かる。実際にそうではないけど、例えとして漆黒の夜という言葉を使っている。


「一方でメタファーというのは、一見では分からない。なので、まずは簡単なものからいこうか。人生とは道だ。時に幾つもの分岐点がある。ここで言う、道とは実際の道ではない、人生を道のようなものとして例えている」


 小人は丁寧に説明してくれた。それで、ようやく私もメタファーがどのように使われるものなのかは分かった。よく小説や歌の中にこのような表現は入っている。続けて、小人は説明した。


「先ほどのは分かりやすいメタファーだったが、一言にメタファーと言っても、多種多様だ。そして高度なメタファーになれば、分かりにくくなることもある。例えば、この松明、何を現しているか分かるかね?」


 そう言って、小人は私の前に松明の火を差し出した。私の顔にその熱が伝わった。

 私は首を振った。松明と言われても良く分からなかった。


「言っただろう。ここはメタファーの世界だ。全ての事象はメタファーに結びついている。君は漆黒の暗闇の中を歩いてきた。そこに一つの松明の火が灯った。君はこの中でどういう感情を抱いたのかね?」


 私は考えた。暗闇の中、一人だけで歩いてきて見知らぬところに入り込んでしまった。不安な気持ちでいっぱいであったはずだ。しかし、松明の火が灯ったことで、少しホッとした。そうまるで希望の光が灯ったような…。


「その通り」


 小人はまるで私の考えていることを見透かしたように言った。


「ここでの松明とは、君の不安なる心に光を与えた希望のようなものだ」


 私は怪訝な顔をしていると、小人は続けた。


「ここはメタファーの世界だ。ここで起こることは、ただの事象かもしれないし、その裏にはメタファーが隠されているかもしれない。君はそれを見極める必要がある」


 小人は続けて言った。


「しかし、気を付けるといい。裏の意味を探すあまりに真実から遠ざかることもある。時にはありのままに見る目も必要なのだ」

「それって、どういう意味……?」


 私がそう言いかけたとき、小人は急に背を向けて、洞窟の奥の方を松明で照らした。


「ふむ……」


 小人は背を向けたまま、何かを理解したかのようであった。


「お前さんは帰りたいのだな?」


 私は頷いた。


「それなら、急ぐが良かろう。留まることは良くない。留まるということは、停止を意味する。つまり、帰ることとは意味を反する」


 これもメタファーなのだろうか。私には良く分からなかったが、確かに帰るためには出口を探す必要がある。留まっていてはだめだ。


「その通りだ。行動することが結果に繋がる」


 まただ。やはり、この小人は私の心を読んでいるのか。しかし、小人はその先は何も言わなかった。なので、私は至極簡単な質問をした。


「あの……、何処に行けば、ここから出られるのでしょうか?」


 小人が真っすぐに私を見つめた。そして、何かを言いかけたが、止めてまた背を向けた。


「付いてくるがいい」


 そう言って、小人は歩き始めた。この小人を信じて付いて行って良いものか、少し迷ったが、今はそうする他は道がなかった。私は小人が持つ松明が照らす先を見ながら、小人に付いて、洞窟の奥へと進んでいった。

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