橘 由梨
とても可愛い子。目に入れても痛くない、なんて言葉では足りないくらい。この子は私の全てだった。生まれてきてくれてありがとう、と何度思ったか分からない。指先の小さな爪も、泣き声ひとつも、愛おしくて仕方なかった。この子の為なら私は何だってできると思った。
ツナちゃんは私に何でも話してくれた。幼稚園での出来事、先生の話、友達との遊び。寝る前には「お母さん大好き」と言ってくれた。その言葉がどれだけ私を支えていたか。だから、私も全力で応えた。どんな願いも叶えようとしたし、どんな不安も取り除こうとした。彼女が安心して笑っていられるように、私は一瞬たりとも気を抜かなかった。
でも気づけば少しずつ、私から遠ざかっていた。小学生の頃は宿題を一緒にやるのが日課だったのに、「自分でやる」と言うようになった。友達のこともあまり話さなくなった。それが寂しくて仕方がなかった。私にはツナちゃんしかいないのに。
だから、もっと近づこうと努力した。学校の行事には欠かさず参加したし、ツナちゃんの友達の名前も全部覚えた。好きなもの、嫌いなもの、悩み。全てを知っておきたかった。そうしないと、この子がどこかに行ってしまう気がしたから。
高校生になった頃だった。「一人にしてほしい」と言われ、部屋のドアを閉められることが増えた。携帯をいじるツナちゃんの表情が、どこか遠くの世界にいるみたいで、凄く不安になった。何を見ているの?誰と話しているの?私に言えないことがあるの?胸の奥がざわざわして、眠れない夜が増えた。
だから、ドアをそっと開けて彼女の寝顔を見ることがあった。前はこんなに小さかったのに、もう私の手の届かないところにいるみたいだ。私が知らない彼女が、この先どんどん増えていくのだろうか。それがとても、とても怖かった。
ツナちゃんの部屋に入った時、机の上にテストが置いてあった。点数があまりにも低くて震えてしまった。どうして相談してくれないの?私が一緒に勉強してあげれば、教えてあげれば、こんなことにはならなかったのに。
興味が止められなくて、引き出しも開けてしまった。いけないことだと分かっていたけどもっとツナちゃんのことを知りたかった。友達とのメモ、写真、日記。それを見た瞬間、胸が締め付けられた。ツナちゃんには、私が知らない世界がある。入れない場所がある。
とても許せなかった。
愛しているから。だからこそ全てを知りたい。この子の苦しみも、悲しみも、喜びも、私だけが、共有するべきだと思った。だって、私はこの子を守るために生きているのだから。
私の愛に反比例するように、ツナちゃんの目に冷たさを感じる時がある。「お母さん気にしすぎだよ」と言われたこともあった。その言葉が悲しくなった。気にしすぎなんかじゃない。この子を愛している故の行動や言動なのに。
ツナちゃんが居ないとき、部屋にひとり立ち尽くすことがある。私はこの子にとって、何なんだろう。この子は私を必要としているのだろうか。そんなことを考えると、涙が止まらなくなる。
だけど、この愛はいずれツナちゃんにきっと伝わる。いつか気づくだろう。私がどれほどこの子を思っているかを。ツナちゃんが一人で立ち向かう世界は、絶対に厳しい。だから私はずっとそばにいる。この子が私を本当に必要とする時、必ず手を差し伸べる。そうやって、大切に、ずっと、永遠に守り続けるから。
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