SS置き場
@yadoribi_haduki
第1話 二人の舞踏会
「あ、やっぱりここにいた」
後夜祭のキャンプファイアーが照らす空き教室に、出し物の演劇で使った品々に紛れるように花織はいた。
「ちょっとつかれちゃってね。みんなダンスに誘ってくるんだもの」
後夜祭のラストを飾るダンス。仲の良い友達や恋人同士が火を囲み、踊っている。
皆の期待に応え、王子様役をしっかり演じきったいつも完璧な彼女も、さすがにダウンしたらしい。
「じゃ、私も」
すこしぼーっとしている花織の隣に座る。
ふと、なんとなしに演劇で使ったあれこれを眺める。お城の背景に使った段ボールに、魔法の鏡、偽物の毒リンゴ。
そして、彼女が着ていた王子様の服とお姫様のドレス。
一つ、思いつく。
「ね、どうかな。似合う?」
幾分かサイズの大きな王子様の服。先ほどまでは彼女が着ていた服。裾は何度かおらなければならなかったし、袖からは指先しか出ていない。それでも、私は王子様になった。ちゃんと冠だってかぶっている。
「ずいぶんとかわいい王子様だね。一途はお姫様のほうが似合うんじゃないかな?」
「ううん、そっちは花織が着るんだよ」
そう言ってお姫様のドレスを花織に手渡す。
私は知っている。周囲の期待に応え王子様役をやっている花織が、少し羨ましそうにお姫様の服を見ていたことを。
現に服を着せようとする私に口では「僕はそっちの服のほうが」とか「こんなにかわいい服似合わないよ」とか言うくせにされるがままだ。
「ほら、こんなにかわいい」
魔法の鏡にしていた姿見にドレスを着せた花織をうつす。メイクも私の手で王子様風からお姫様へとアレンジ。
みんなの期待に応える王子さまは、私だけが知るお姫様になった。
お姫様役の子が小柄な子だったせいか、足首まであったスカートはひざ下くらいまでになってしまったけれど、それでも世界で一番可愛い私のお姫様。最後にティアラを載せればみんながうらやむお姫様の完成。
グラウンドの後夜祭も、ラストの一曲へと向かう。
「私と一曲踊っていただけませんか?」
「僕でいいのかい?」
「あなたがいいんだ、お姫様」
「喜んで、王子様」
ダンスは結局花織にリードされてしまった。でも、今の花織はだれが見たってお姫様。私だけが知るお姫様。
王子様になったお姫様と、お姫様にしてもらった王子様の舞踏会。手作りのちゃちな小道具や背景も今は本物のお城よりも、大粒の宝石よりも美しく見える。
初めてお姫様として踊る王子様の表情は、私だけが知る秘密にすることにした。
くるくるくるりと二人の舞踏会は続き、最後は疲れ切ってもつれる様に教室の床に倒れこんでしまう。
遠くからは後夜祭のしめの挨拶の声が聞こえてくる。
もう少しすれば、後夜祭も終わり残った生徒がいないか先生が巡回に来てしまうだろう。
だから完璧であろうとする花織は、王子様に戻ろうとするだろう。彼女のお姫様の時間を告げる十二時の鐘の音は、刻一刻と迫ってきている。
だから、二人だけのお城の舞踏会は終わりにしないと。
花織の心臓の音すら聞こえてきそうな距離。私の心音も聞かれていると思うと、少し恥ずかしいけれど、今はこの熱に体を任せていたい。
隣に横たわる花織の桜色の唇から、名残惜しそうな声が漏れた。
「後夜祭、終わっちゃうね」
「うん」
「ねぇ、最後に一つ、わがままを言っていいかな」
「わがまま?」
「今の僕はわがままなお姫様だからね、そんな僕をお姫様にした王子様は責任を取るべきなんだよ」
「そうだね。この王子にできることなら」
「また、僕をお姫様にしてくれる?」
随分とかわいらしいわがままだ。普段なら花織の口から出ることのない言葉は、私と同じ熱に突き動かされているから。
「ええ、いつだって」
「ほんとうに?」
「本当に」
「約束してくれる? お姫様じゃなくなった僕を、また王子様に出会わせてくれるようなガラスの靴を、僕にくれる?」
言葉でいうのは簡単だ。でも。花織は言葉でははなく、形に残る、それこそガラスの靴のような何かが欲しいのだ。
絶対の安心感。
この世に一つしかない唯一。
なら、私は。
二人の距離がゼロになった。聞こえそうな心臓の音は確実に聞こえる音に。
私か花織に渡せる唯一の確証。
一瞬とも、永遠とも思える時間の後、私は口を開いた。
「ガラスの靴の変わりは、王子様のファーストキスでどうかな?」
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