47Peace 「つまり太陽の下」

「遠い昔、私には結婚を誓った男がいた」

 言いながらクレア嬢は、ソファの隣りに座る。

「その男は大戦の時代に生きていた」

 黙っていると、勝手に話し始める。

 クレア嬢はそういうところが多い、演奏もいる中でも。

 

「彼は、将校だった。

「何事も粛々と終わらせてしまうのに、思いやりを欠かさなかった。

「そういう爽やかさに惹かれたんだ。

「彼はきっと感受性が強かったせいだろう。

「ナチのヨーロッパ進行の時、出兵以前に知り合った。

「今のような錬金術がない時だ、これは私の記憶の話だな。

「その時代、たくさんの争いがあった。

「四季を跨いで何度も、一時帰宅を使って彼は会いに来たんだ。きっと多くの死を見たろうに。私の為に。

「当時の私に迫る勢いで、多くの死を見てきたはずなのに、会いに来た。

「私は惹かれて行ったんだ。不幸な運命だと歴史に知っていても、好きになった。

「何度も帰って来た、運命を錯覚するほど。

「私はきちんと付き合うことにした。

「時が経つと、彼は二度と私を触れられなくなった」

 そこで俺はクレア嬢の顔とコーヒーの黒い表面とを交互に見る。

 もしかすると、コーヒーには意味があるのではないかと。

「でも彼に似た、そういう優しい律儀さが、ティネスにもあるような気がしているよ

「―――。

「まぁ聞け、私はそれから兵士になった。一度はソビエト側の捕虜になった。

「終戦で命を繋いだ私が、戦いの中で得た物は、勲章だけだ」


 俺は語りのズルさに息を飲む。推積した地層の一端に。

 俺が廃村に篭っていた。言い換えれば拒絶していた数百年の時間を、クレア嬢は真正面から味わってきた。この違いの歯痒さがある。

 ここでクレア嬢は息を飲んだ。

「二つ、ルールを儲けたい。この夜の思い出に」

 言いながら二つ指を立てる。

 俺は分かったとだけ言った。

「この街に銃はない。それは銃が剣より強力で手加減がないからだ」

「つまりは銃を人に教えるな」

 俺が言う。

 クレア嬢は表情を変えずに頷いて、指を一つ折る。

「次は、お前の得意分野だ」

 呼吸の音が聞こえる。

「包括的に、知ることを辞めるな」

 今度は直接的に言った。と思った。

「あらゆる相手だ。あらゆる場所だ。己だ。なぜだ?」

 クレア嬢は自分で首を傾げた。

「集約された知恵は、世界を破る翼であるからだ」

 俺はコーヒーを一気に飲んで、カップを持ち上げたら見せながら逆さまにする。

「これが壊れるワケだ」

 そしてまた頷く。

「カップは知覚の皿で、翼は未来を広く見る」

 当たりだと知って、俺は頷く。

 心做しかクレア嬢をまた、理解した達成感が沸く。

「一万年で継承されてきたものの一つだ」

 そう聞くと、納得が出来る気がした。

「だから生きていられるのか?」

 頷いた。

「実は、私が政治、内政をしているのはローラが言い出したことだ」

 建築水道開発計画の全部がローラのせいだ。と加えた。

「だがよかったと思ったんだ」

 言いながらクレア嬢は笑った。心底、余りわかり易くて俺も笑った。

「俺はそのローラの想う、自由を助けたい。させてくれ」

 と言った。

 村に来た最初の時に、直接聞いた言葉が、頭に蘇る。

「私もだ」

 それで止まらなくなった。

 頷いて笑って、カップを机に置いた。

 お互いに。

「ティーカップは一つ増えたし、しがらみは2つも増えた」

 実は、ウチにカップは一つしかなかった。

 話の後で、今さら面白くてことさらに笑う。

「おいティネス、聞いたら砲煙より冷めてしまったじゃないか」

 また笑う。

「誰が冴えない一発屋だって?」

 ――そしてジョークの応酬がひと通り終わる。

「ありがとう、肩の荷が軽くなった」

 理解は未来を明るくすると、父に教わった気がするからだ。

 なぜか、ソファでクレア嬢との距離が近くなったと思った。本当に物理的に。

「私も、実を言えば寂しかったんだ」

 どうしただろう、俺はどんな顔をしていたか。

「ティネスには恋人っていないのか?」

 俺は鼓動しないが、体内の巡りが早くなった。触覚で分かる。

 どんな顔をして言えばいいのかと思った。

「いない」

 それから首を振った。

「けど、そうなりたい人がいる」

 クレア嬢はニコリとしながら言う。

「誰だ?」

「キミが5000回愛した人」

 即答した。

 クレア嬢はゆっくり身を起こす。ソファの背に両肩を広げて天井を仰ぐ。

「音楽も、暴力の理解も、平穏もあげたのに」

 クレア嬢はこちらを見ずに言った。

「分かっててもダメなのか?」

 見ない目。

「私が5000回愛した女より、一度失った男より、スゴいことをしたかもしれないぞ」

 俺は少しだけ考えた。

「じゃあキミが育てた英雄になるよ」

 今この時の俺がどんな顔をしているかなんて、一生知らないでいる風に言った。

「言ったな」

 クレア嬢は俺を指さして笑う。

 そして一人で一つづつ、台所にカップを運ぶ。

 帰り際にクレア嬢は言った。

「お前は翼になれ」

 同時に頷く。

「もちろん、約束も死守するよ」

 永劫に、という気持ちで。

 振り向かないクレア嬢に言う。

「キミを500回も愛してる」

「それでも、彼女の隣りにいたい」

 やっぱり、クレア嬢は振り向かない。


 そうしたら、朝になった。

 ディミトリが扉を叩く。別に探偵は終わったのに、毎朝来る。

 仕事に寝坊すらしたことがないのに。

「いたな奇傑きけつ者」

「生きてたな馬鹿野郎」

 並んで肘同士を当てる。朝は朝食をして巡回の時間だ。

 ただし、今日は作戦会議だ。

「会ったな、グレイ」

 思いの外、ディミトリは優しい声を出すと思った。

「やあ、今の私を見たら扱いが変わるでしょうね」

 誰に教わったのか察しが着く、捻くれた事を言った。

「望むところだ」

 俺にはディミトリの応えが一貫して見えた。

 今は、機微が分かる。それは。

『ずっと君を見ていたい』

 ディミトリもまた、成長しているということ。

 ディミトリはなんか、ボクシングとかをやっていたらしい。よく知らない。

 死んでくれなければそれが良い。


 電気もそこそこ使えるようになったわ。とグレイが言うし、かと思えばディミトリが、なら電池要らずだな。と皮肉る。

 それからクレア嬢からの、狙撃の話をすれば、グレイとディミトリで『太陽と風』の話のようになって騒がしい。

 俺が2人を会議の導線に戻してやらなきゃ行けなかった。

 でも、それほど2人は訓練の成果を実感しているのだろう。

 会議をしているのは、ご用達「喫茶 La Seine」だ。

 朝の太陽が、机の教会の間取り図を照らして眩しい。しかも雲がヘンに太陽の前を通り過ぎて度々影になる。

 俺は網膜に入れる光を調節する為に、コンタクトになる影のブラインドを忙しく動かした。

 内容はこうだ。

「狙撃は最終兵器、まずは自分たちが戦う」

 グレイは電気の性質上、吸血鬼の弱点になる。それに決意は固まったみたいだ。

「プランAは、3人でそれぞれタイミングを見て白兵戦をしかける」

 これで決着が着けば優しい方だ。作戦はタイミングを見て移行する仕組みだ。

「プランBは俺が2人をサポートする。それは足場や防壁、地形を作る」

 2人は得意分野で戦う。俺は援護と射撃に徹する。

 プランCは所見で難しい。

「プランCは、俺が積極的に出る」

 2人は攻撃の合間に援護を入れる。

「プランDは2人の撤退。俺の狂化、及び、最も最終段階における理性の放棄」

 俺の、ナイアーラトテップのクトゥルフ神話という現像の化け物を顕現させる。

 あの青いもやの狂犬と同種の、もっと上位の化け物を出す。そのあと始末は、きっとクレア嬢が付けるだろう。

 俺は納得して作戦に取り入れた。

「参謀は、アリナ・グレイス」

 最も教会の地理を知っているからだ。

「ディミトリは兎に角、虚を狙う」

 剣術では人を騙すことが得意分野だからだ。

「支持役は、最年長の俺だ」

 最年長だし、実戦経験に熟れた駒だ。

 そのようにして作戦は決まった。

 もともとグレイは戦闘の参加に志願したが、ここに来て要求があった。俺たちはそれを飲んだ。

 リスクがあった。けれど、クレア嬢の狙撃支援があることで、それを飲む余裕があった。

 作戦の開始は今夜だ。

 毎年に子供が居なくなることは、11月24日の他に起こらない。完全に一年に一度の連続失踪事件。

 それに神父様と子供たちは別施設に移送し、離しているのに。神父様は頑なに教会を離れない、それは夜間も。

 普段警護をする兵士の手もあったが、動かせなかった、らしい。

 そして賑やかな会議は、概ね有意義に終わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る