コイワズライ。
天漿琴季
Ep.1 煌めく桜花、水面に映るハナミヅキ
4月中旬、春の終わりがほのかに見えてくる頃
俺はこれからこの島で高校生活過ごす事になる
全寮制に整った設備、欠点は親族友人と会えない事くらいだが、年末年始と長期休業の時は本土へ帰れる
時刻にして7時前。早朝に宿を発った俺は、学園とその寮を目指しているのだ
混むと面倒だからね。一足早く行動すればその分得という事で、人気のない歩道を歩いているのだ
そしてそんな時、とあるものを視界に捉えた
倒れ込み、膝を抑えている人間。大荷物からして俺と同じ新入生、垂れた茶髪からして女か
俺は近づいて声を掛ける。なんせここは車すら通らないからだ。見殺しになりかねない
「あの、大丈夫ですか」
見れば腕と膝からは血が垂れていて、呼吸は浅く傷口を抑えてはいるが血は止まっていない
勢い自体はそこまでだが、絆創膏と消毒液では治らないだろう
「あ…いえ、お構いなく…擦りむいただけなので…」
「それが擦りむく判定はないですよ。診ますね」
荷物を下ろして中から500mlのペットボトルを取り出し、彼女の手をゆっくりどけて傷口を見る
彼女は俯いたまま俺の手を退けようとするが、その口から痛みに喘ぐ声がこぼれる
「大丈夫です…ゔ…このくらぃならぁ…1人で」
「無理でしょう。あ、お名前伺っても?」
足の傷口は浅く文字通り擦っただけだが、腕の方は酷い。複数の切り傷があり、内一つは深そうだ。脂肪が若干見えている
「……
その名前を聞いた時、俺の手は止まっていて、対象的に心臓は鼓動を早めていた
「…藍衣。藍衣?!早桜院の…?!」
「何か文句がっぁ…ちょっと洗うなら何か一言…」
俺は処置を続けながらも質問を変える
「後宮院って知ってるよな。中2の終わりに転校してった」
「……後宮院…なんで知って」
そこまで言って彼女は顔を上げた。その顔は痛みに歪みつつ、しかし驚きも含んでいた
「…あんたまさか」
俺もそうだった。彼女の顔は1年前の幼さを持ちつつも、より精悍さを感じさせていた
早桜院 藍衣。俺との関係は幼馴染で、婚約相手だった。そう、だった。過去の話である
彼女の家は戦国時代からの武家で、俺はその分家に当たる。
結局は婚約破棄。より近しい分家が有る事無い事言って破棄させたらしい
結局俺も転校、それに伴い関係も自然消滅した
だからもう2度と会うことはないと幼いながらに思っていたし、高校生となった今では昔の彼女の声も忘れていた
「ナギも、この学校来たんだ。そっか……」
彼女に声は少し寂しく、再び顔を俯けてしまった
俺は彼女の傷口にガーゼを当てつつ、包帯を少しキツく縛る、縫合はしていないので、下手に動かすと再出血するだろう
辺りを探れば、道の沿って倒れた木が見えた。付近に落ちた破片から見て、運悪く倒れた朽木の破片が刺さったか。確かあの学園の保健室は中々の設備だとか言ったな
「肩貸す。とりあえず学園まで行くぞ」
彼女の荷物を背負い、肩を持って立ちあがろうとする
「大丈夫だからっ!……包帯ありがと。でも大丈夫、一人で行ける」
「馬鹿だろ。昔から変わってねえな。無理して耐えて、いつか泣いて。それともなんだ、俺が嫌いか」
膝の傷から滲む血が、その足を伝っていく。
「ちがっ……そんなんじゃ…それに私はもう」
「四の五の言うな。立て」
荷物を担ぎ、彼女の肩をとって歩き始める。時折聞こえる喘ぎ声は、なんとも苦しそうで
それが鼓膜を揺らすたび、俺の胸が締め付けられる気がした
「お前、なんでここに来たんだ」
「いきなりなに…っっ…ぁぁ」
「いや不思議でな。早桜院家って政界の大物だろ。上手くやればもっと頭のいい高校行けただろ」
なにも答えない。沈黙が意味するものは理解できる
「もしかして…バカなのか、お前」
「バカじゃないわよ!ここなら色んな人間がいるからコネ作って来いって言われて!」
傷が酷いと言うのに、こいつは俺の肩を借りながら声を荒らげている
「あんただってなんで来たのよ。後宮院なら元々のコネで行けるでしょ。あ、もしかしてあんたの方がバカなんじゃないの?」
「叩き潰すぞ中間テスト153点」
「黙りなさい分家のガキが。日章旗に包んで本土に送り返してやろうか」
「豹変しすぎだろ二重人格かお前」
「…3年になって挽回したの。そもあの時はメンタルがやられてたから。仕方ないじゃない」
「んだ、やっぱお前努力家じゃねぇか」
歩道に落ちた枝木を踏みしめながら足を動かす
「当たり前でしょ。あんたみたいな化け物じゃないんだから。第一、あんたこの包帯とか何処から出したのよ」
「は?名家の者なら応急処置キットくらいカバンに入ってるだろ」
「何言ってんの???」
「え?入ってないんですか?ありえなーい」
そうこう話しているうちに、学園の正門が見えてきた。高さ数mの鉄柵に囲まれた、数階建ての大きな建物で、東に向けられた門には検問所がある
そこに差し掛かると、案の定一人の警備員が駆け寄ってきた
「どうされたんですか」
「事故で飛来した木片で腕に裂傷を負った。応急処置で止血はしてるが、縫合が必要だ」
「わかりました。中島、内線で今の事を伝えてくれ。君達、身分証はあるかな」
彼は素早く指示を飛ばしつつ
俺は保険証を取り出し、藍衣も何かを提示した
「よし、ありがとう。案内するからついてきてくれ」
━━━━━◆◆♡◆◆━━━━━┫
「ありがとうございます。失礼しました」
保健室で局所麻酔を受け縫合してもらい、結局彼女は最初の1時間を保健室で過ごすことになった。俺も付き添いで色々と聞かれたが、時間には結構余裕があった
昇降口に張り出された名簿から俺の名簿を探していると、不意に背後へ気配を感じた
そっと後ろを振り返れば、世間一般に言えば美少女と持て囃されるような人間がいた
銀髪に紫がかった虹彩、アルビノかとも思ったが肌は健康体の様に色付いている
「……
「あら、知ってるのね」
鎌倉時代から続いて遺伝的に、髪が白く虹彩が変色する特異な家系、破戒道家。そして破戒道財閥、その後継の破戒道グループを成した一族である
彼女は特段反応も見せずに俺の横へ立つと、同じくクラスの表を見ている
「破戒道 白月。あなたは?」
特段興味も見せず、ただ俺の名前を聞いてきた
「後宮院 波凪。早桜院家の分家です」
「後宮院…あら、同じクラスね」
「えっ見つけんのはや…」
俺より後に見始めた筈なのに、すぐ自分と俺の名前を見つけたらしい
「早いと言うか、貴方の見ているそれ。3年方の名簿よ」
「嘘つけ」
「本当よ?」
貼り付けられた紙面上に視線を滑らせると、そこに映ったのは第3学年の文字
「まぁ、うん。俺も人間だ。ミスはする」
「猿でもしないミスよ」
「酷くないすか白月さん」
畳み掛ける様な会話を繰り広げ、どうせならと教室まで一緒に行く事になった
「なんで1年生が昇降口から1番遠い教室に行かなきゃならんのだろうか」
「さぁ。それよりもあなた、なんでそんな格好してるの?」
「いや、暑いから」
俺は今、コートとスーツを脱いでネクタイを緩めている
「…いや、室温20℃だけど」
「馬鹿言え、俺の体感温度は90℃だ」
「全身のタンパク質固まって死ぬわよ」
「身体の90%が水分だから平気だ」
「あなたクラゲか何か???」
いや、実際暑いんだわ。朝は寒いからコート着てきたんだが、2人分の荷物担いで人に肩貸したら汗を掻くのも必然と言える。正直気分が悪い
「そうだ。この学園って全寮制よね。あなた部屋は?」
「あー…どこだったかな。D1210だったか」
「あ、やっぱり部屋近いのね」
寮、と言っても皆様の想像するようなものでは無い。ここの寮は13階建てトライスター型のマンションが各学年に3つ用意され、それぞれが三角形に位置し複数の空中連絡橋で接続されている
俺はその一年塔、通称D塔の12階に住むことになった
「あんたは?1217とかか?」
「D1213。変な事しないでよ」
「しねぇよ。カードキーと生体認証の二重ロック突破してまで行くヤツいないだろ」
「さぁ。過去には何例かあるらしいわよ」
「怖すぎんだろこの学校。帰っていいか」
「本土まで
「バタフライで行くわ」
「クロールの方がいいんじゃないかしら」
「泳ぎ方の問題なの???」
そんな他愛のない会話を交わし、高校生活の一端をほのかに感じていると直ぐに時間は過ぎ、そして教室にも人が増えてきた。これから3年を共にする仲間達は、教室に着くと…
「白月さん、本土でのパーティでは━━」
「破戒道財閥の方々には代々お世話になって━━」「もし良ければこの後お食事に━━」「連絡先を頂いても━━━」
真っ先に白月の元へ駆け出し、10何人かで彼女を囲んで大合唱。俺は肩身狭いし耳痛いししょうもない下心マシマシのお誘いに、聞いてるこっちもいたたまれなくなる。しかも男女問わずである。なんで?
こいつら順序と節操というものを知らんのか
俺は指数関数的に増加するストレスを無視しつつ、この馬鹿共が解散するのをゆったりと待っていた
結局、その解散を告げたのはHRの
コイワズライ。 天漿琴季 @Kaltzaf
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